近年,殺人において70歳以上の検挙人員が増加傾向にあり,高齢者率が高まっている。
平成28年に全国の裁判所で殺人を含む罪により有罪判決を受け,調査時点で確定していた者を対象とする特別調査の結果によれば,殺人を犯した高齢者の約9割には自由刑前科が見られず,被害者との関係では親族殺が約7割を占め,親族殺は非親族殺と比べ既遂率が高い。親族殺の中でも,配偶者殺では,男性による犯行の割合が高く,約5割は被害者が精神・身体のいずれか又は双方の障害を有し,約3割は被害者が要介護・寝たきりや認知症の状況にあり,犯行の背景に,将来悲観・自暴自棄,介護疲れや問題の抱え込みといった事情がある。これらの特徴から,高齢者特有の将来に対する不安や,自身と同様に高齢である配偶者との生活に行き詰まりを感じながら,これを抱え込んだままでいることが,殺人という悲劇につながった例が少なくないことが看取される。一方,子殺しでは,女性による犯行の割合が高く,被害者に精神の障害等があるものの割合が約9割を占めていることに加え,配偶者殺よりも犯行の動機・背景に,問題の抱え込み,家庭内トラブルが多く見られ,配偶者殺にはほとんど見られない被害者からの暴力・暴言への反撃が過半数を占めており,障害等を抱えた子の対処を,誰にも相談できないままに抱え込んだり,子の暴力・暴言に思い余って犯行に及ぶ状況が推察される。子による高齢の親殺し事案では,加害者である子が精神の健康問題を有するものが7割を占めており,子の精神障害等が加害・被害の両面で高齢の親に影響を及ぼしている。
裁判内容を見ると,非高齢者では,既遂未遂を問わず,約9割が実刑であるのに,高齢者の親族殺では,既遂であっても約3割が全部執行猶予であり,殺人という重罪であってもなお服役させることをためらわせる事情が存在することを物語っており,事後的な処遇よりも未然予防策を講じることが重要である。今回の特別調査によって得られた知見を踏まえ,刑事司法機関において,社会福祉を担う地方公共団体との間で,高齢の配偶者介護に伴う殺人事犯が後を絶たない実情を共有することなどにより,配偶者殺の背景にある要介護・寝たきりや認知症の高齢配偶者を介護する高齢介護者の物理的・心理的負担を,地方公共団体や地域の福祉機関,医療機関等が協力して軽減・解消するよう促していく必要があろう。また,子殺し及び子による高齢の親殺し事案については,コラム11で示されているように,障害を有し,暴力に及ぶ子に,高齢者が家庭内のみで適切に対応するには困難があり,障害や犯罪に係る専門的な知見を有する機関への早期かつ十分な相談を行うことが不可欠である。その際,犯罪や非行に関する専門的知識に加え,発達の問題や精神障害にも専門的知見を有する法務技官(心理)や法務教官を擁する少年鑑別所の地域援助が,一定の役割を果たすことも期待される。