千葉県地域生活定着支援センターの職員が自宅を訪ね,食事会の案内状を手渡すと「これだよ,これ。」と破顔する人がいる。食事会の開催を待ちきれず,半日前に同センター近くまで来てしまう人もいる。食事会の場で,「ごちそう食べに来た訳じゃないから。胃は(手術で)半分以上切ってるんだもの。」と食事より四方山話に花を咲かせる人がいる。全員が高齢者で,かつて何らかの罪を犯して刑務所に入り,同センターの支援を受けて釈放後に社会に定着することができた人たちだ。「皆,孤独感やさびしさがあって,話がしたいから参加する。本当は社会の中で,自分で仲間が作れれば良いが,特におじいちゃんはそれが難しい。」と岸恵子センター長は言う。同センターでは,一人で来る子供のために食事と団らんを提供する「こども食堂」にならって,この食事会を「おとな食堂」と名付け,フォローアップ業務の一環として,年数回開催している。
一口に高齢出所者といっても,ニーズは様々であるという。高齢出所者に認知症や知的障害がある場合,被害者にもなりやすい。受刑中,知人に年金を勝手に引き出される被害に遭っていたが,同センターが弁護士の協力を得て地方公共団体と交渉し,年金振込口座を替えて被害を終わらせた人がいた。出所後知人から食事をおごってもらい,その代償に携帯電話を3台契約させられて取り上げられたが,同センターが助言してようやく解約できた人もいた。福祉支援者の関わりがあれば,彼らに困りごとが起きていることに気付けるという点が重要だ。
障害等を持たない高齢出所者でも,生活保護を受け,アパートで単身生活を送る中で借金の督促状が来たり,生活費を使いすぎたり,急に病気になった場合,相談相手がなく困ることがある。そこで,同センターでは,彼らの相談に乗ってくれるような面倒見の良い大家のいる賃貸住宅等を紹介することも心掛けているという。「きっと,そういう資源は社会に一杯あるはず。それを探していかないといけない。」と岸センター長は語る。その言葉のとおり,県内各地に出て行って色々な人と話をし,直接犯罪や非行をした人に関わったことがない人にも関心を持ってもらえるよう,同センターのSNSで日々の活動やエピソードを紹介する。そうした積み重ねが,地域の人々の理解とネットワークを形作り,厚みのある見守りを可能にすると確信してのことだ。
比較的元気でも,高齢出所者が仕事に就くのは難しい中で,短時間勤務ながら就職して地道に働くこと1か月,同センター職員も同席し,前歴を明かしつつ本人がどのような支援を必要としているかなどを伝えた社員向け研修会の場で,職場の若い人から「(本人の真面目な仕事ぶりで)助かっています。」と感謝され喜んだ人がいたという。高齢出所者の「何かやりたい,社会の役に立ちたい。」という願いが叶った瞬間だった。
これまで特別調整から仮釈放となった人を十数名見てきた岸センター長によると,彼らには特に,地域生活定着支援センターや矯正施設・保護観察所の職員,保護司等の受刑中の自分の姿を知っている人に,「頑張っている姿を見てもらいたい。」という思いがあり,保護観察官等が,出所後も特別調整を受けた人に関わる意義の一つはここにあるという。もちろん,いつ仮釈放になるか分からない特別調整対象者のために,福祉施設等が長期間空き室を確保しておくことは,容易ではない。それでも仮釈放の許可を受けた人は,自分が認められたと感じ,「これから頑張ろう。」と前向きになれるし,受入先となる福祉施設等も,保護観察所が出所後も継続して関わることで,安心して本人を受け入れることができる。
そして,刑務所の入所や出所で区切って考えるのは法務省側の発想であり,福祉の立場からは刑事施設に入所中も出所後も,更には満期後も途切れず支援が続くことが大切だと岸センター長は指摘する。社会で待つ人がいることの大切さを考え,受刑中の本人からの手紙の宛先になる。「心を支える支援」を意識し,つながりを大事にする同センターでは,刑務所在所中から同じ職員が担当となって,手紙のやりとりや所内行事への参加を行い,出所後も関係を持ち続ける。
同センターが被疑者・被告人の段階での支援に関わるのも同様の考えに基づくという。本人が刑事司法のどの段階にあるか,入口も出口も関係なく,関わった時点から同センターは支援を始める。昨日は出口に立っていた人が,再犯をして今日は入口に立っている。そうした人に,入所する前から待っている人がいると伝えられる。「出てくるところで待っているよ。」というだけで良いのかとも思う。受刑して罪を償うべき人もいる一方,認知症や様々な障害の影響もあり再び盗みをして捕まった人などは,再度の受刑を経るよりも,最初からより本人に合った環境で社会生活を送れる方が幸福なのではないか。近年,刑事施設が高齢者のための福祉的な環境の整備に力を入れていることは評価しつつも,あくまでそれは,受刑よりも福祉的な支援を必要とする人を早期に発見して支援につなげられるような社会内の体制が整うまでの,過渡的なものであるべきではないかと岸センター長は考えている。
同センターが県から地域生活定着促進事業の受託を始めて8年が経った。県内全ての市町村の障害や福祉部門担当者に案内を出して開催する関係機関会議などの取組もあり,同センターの存在は広く知られるようになった。地方公共団体の窓口に足を運び,担当者と膝を付き合わせ,他県にまたがるような福祉等の措置を実現するなど,固い慣例の扉をこじ開け続けてきた。こうした実績を通じて,難しい問題を抱えた人の調整であっても前例がないからと断られることは少なくなった。それでも,まだまだやれることは残されていると岸センター長は考えている。
その一つが地域の福祉関係者間の連絡調整を行い,会議の主催等を含め連携を主導していくコーディネーターの育成であるという。同センターがフォローアップ業務を通じて本人に寄り添う期間は永遠ではない。出所直後は最初の福祉の手続や通院等への同行等相当密に本人を支援し,受入先の福祉施設等で落ち着いてからは月に1回会うかどうか,それがやがて数か月に1回になり,おおむね1年程度かけて地域のネットワークに徐々にバトンを渡していく。これを実現していくには,実際の成功体験を積み支援に携わることを喜びとするコーディネーターの力が必要である。地域のネットワーク拡充のためにいくら新しい制度ができ,優秀な専門家を集めても,コーディネーターがいなければ会議等が空中分解してしまう。地域でいかにコーディネーターを育て,罪を犯す高齢者を孤独にさせないネットワークを作り上げていけるかが重要だと,岸センター長は熱意を込めて語る。