高齢受刑者等の中には,高齢又は障害のために自立した生活をすることが困難であるのに,身寄りがなく,福祉的支援が必要な状況にありながら,適切な支援体制が確保されないまま出所し,社会復帰を果たす上で困難な状況に陥っている者が少なからず存在する。そこで,矯正施設及び保護観察所においては,厚生労働省の地域生活定着促進事業により設置された地域生活定着支援センターを始めとする多くの機関と連携し,平成21年4月から,高齢者又は障害を有する者で,かつ,適当な帰住先がない受刑者等について,釈放後速やかに,必要な介護,医療,年金等の福祉サービスを受けることができるようにするための取組として,特別調整(第2編第4章第2節5項及び同編第5章第1節2項参照)を実施している。具体的には,福祉サービス等を受ける必要があると認められる,その者が支援を希望しているなどの特別調整の要件を全て満たす矯正施設の被収容者を矯正施設及び保護観察所が選定し,各都道府県が設置する地域生活定着支援センターに依頼して,適当な帰住先の確保を含め,出所後の福祉サービス等について調整を行うものであり,生活環境の調整(第2編第5章第1節2項参照)等について特別の取組を行うことから「特別調整」と呼称される。
特別調整における多機関連携の概要は,7-5-1-2図のとおりである。
高齢受刑者等に対する特別調整の終結人員(少年を含む。以下同じ。)の推移(統計の存在する平成23年度以降)は,7-5-1-3図のとおりである。29年度の特別調整の終結人員のうち,半数以上が高齢者であった(重複計上による。)。また,特別調整の終結人員は24年度から増加傾向にあり,29年度の総数及び高齢者の終結人員は,23年度(509人,214人)と比べ,それぞれ約1.6倍,約2.0倍であった(CD-ROM 参照)。
7-5-1-4図は,平成28年度の特別調整の終結人員について,特別調整の要件(高齢又は身体障害,知的障害若しくは精神障害があると認められること)に係る属性を,高齢・非高齢別に見たものである。高齢者において,更に何らかの障害が認められる者が約3分の1を占めている。高齢者・非高齢者共に,最も多い障害は知的障害であるが,高齢者では,これに次いで身体障害が多いのに対し,非高齢者では,精神障害が多い。また,特別調整要件として何らかの障害が認められる者のうち,複数の障害が認められる者の占める比率は,高齢者(10.4%)において,非高齢者(21.4%)と比べて低い。
高齢受刑者等に対する特別調整の結果,釈放時までに福祉施設等の受入先が確保された人員の推移(統計の存在する平成23年度以降)は,7-5-1-5図のとおりである(非高齢者を含む。以下(2)の各図において同じ。)。同人員は,24年度から26年度まで大きく増加し,27年度以降はおおむね横ばいとなっており,29年度は23年度(274人)の約1.8倍であった(CD-ROM 参照)。また,同人員の特別調整の終結人員(取下げ及び死亡を除く)に占める割合は68.5%であった(法務省保護局の資料による。)。
特別調整を実施したものの,釈放時までに福祉施設等の受入先が確保されなかった高齢出所受刑者等について,必要に応じ,更生保護施設等が一時的に受け入れ,その後も地域生活定着支援センター等が受入先の調整を続けている。7-5-1-6図は,平成28年度の特別調整及び出所・出院後の調整の状況について法務省保護局が行った調査の結果を見たものである。釈放時まで特別調整を実施した人員の9割以上が,最終的に福祉施設等での受入れに至っている。
こうした福祉施設等の調整を始め,福祉サービス等の利用に係る支援等においては,地域生活定着支援センターが大きな役割を果たしている。同センターは,<1>保護観察所からの依頼に基づき,矯正施設の被収容者を対象として,福祉サービス等に係るニーズの確認等を行い,受入先となる社会福祉施設等のあっせんや福祉サービスの申請支援等を行うコーディネート業務,<2>そのあっせんにより特別調整対象者を受け入れた社会福祉施設等に対して,福祉サービスの利用等について助言等を行うフォローアップ業務,<3>刑務所出所者等の福祉サービスの利用等に関して,本人又はその他の関係者からの相談に応じて,助言や必要な支援を行う相談支援業務等を実施している。
地域生活定着支援センターによる業務別実施件数の推移(全ての都道府県に同センターが設置された平成24年度以降)は,7-5-1-7図のとおりである。29年度におけるコーディネート業務の実施件数を見ると,高齢者を対象とした事案が過半数を占めている。また,コーディネート業務の実施件数は,26年度に若干増加し,その後はおおむね横ばいであるのに対し,フォローアップ業務の実施件数は,25年度から29年度まで増加し続けている。
矯正施設,保護観察所及び地域生活定着支援センターでは,平成21年度の取組の開始以降,連絡協議会の開催や法務省と厚生労働省の主催による事例研究会への参加等により相互理解の促進と連携体制の構築に努めており,そこでの意見や各種実績等を踏まえ,法務省と厚生労働省との間で,高齢受刑者等に対する特別調整の運用等について改善に向けた協議が重ねられている。
法務総合研究所では,高齢受刑者に対する支援の状況や再犯の実態等について明らかにすることを目的に高齢出所受刑者の調査を実施した。調査対象者は,平成26年2月1日から同年3月14日までの間に刑事施設から出所した高齢出所受刑者である。これらの者につき,基本的属性や特別調整の状況等について刑事施設に対する調査を行うとともに,調査時点から27年5月末日までの間における,再犯による刑事施設への再入所の有無及び再犯期間等について,刑事確定記録等に基づく調査を行った。
7-5-1-8図は,調査対象者の基本的属性及び出所事由を,特別調整の有無別に見たものである。特別調整の有無については,<1>特別調整対象者(刑事施設を出所する時まで特別調整を継続して実施していた者をいう。以下この項において同じ。),<2>特別調整辞退者(特別調整の対象とすることが相当であると認められたが,特別調整の対象となることを希望しなかった者又は特別調整を実施するために必要な個人情報の提供に同意しなかった者をいう。以下この項において同じ。)及び<3>その他高齢出所受刑者に分けて分析した。
基本的属性について見ると,年齢層では,特別調整対象者は,特別調整辞退者やその他高齢出所受刑者と比べ,70歳以上の者の占める割合が高い。入所度数では,特別調整対象者は,入所度数が6度以上の者の占める割合が,その他高齢出所受刑者より高い一方,特別調整辞退者と比べると低い。罪名では,特別調整対象者は,特別調整辞退者やその他高齢出所受刑者と比べ,罪名が窃盗である者の占める割合が高い。また,特別調整辞退者では,罪名が覚せい剤取締法違反である者の占める割合が窃盗に次いで高いのに対し,特別調整対象者では,罪名が覚せい剤取締法違反である者はいなかった。
出所事由について見ると,特別調整対象者は,仮釈放により出所した者の占める割合が,その他高齢出所受刑者より著しく低く,特別調整辞退者では,仮釈放により出所した者はいなかった。
7-5-1-9図は,調査対象者の刑事施設への再入所状況を,特別調整の有無別に見たものである。特別調整対象者では,再入所なしの者の占める割合が9割を超え,特別調整辞退者やその他高齢出所受刑者と比べて高い。これに対し,特別調整辞退者では,再入所ありの者の占める割合が半数近くに及んでおり,再犯期間が3か月未満の者が約3割を占めた。