平成29年に万引きで検挙された高齢者は約2万6千人に上り,微罪処分となった高齢者のうち,万引き事犯者は1万5千人を超える(詳細は本編第3章第1節参照)。高齢者による万引きの未然予防や,常習化を防止する方策を探るためには,このような規模に上る微罪処分となった高齢万引き事犯者について,犯行の要因や背景等を解明する必要がある。そこで,東京都が最近実施した,万引きにより微罪処分となった高齢者に関する実態調査について紹介する。
東京都が平成28年に設置した「万引きに関する有識者研究会」は,高齢者の万引きについて,非高齢者や一般高齢者との比較等を踏まえてその実態を把握することを目的として,聞き取り調査や自記式のアンケート調査を実施し,その結果を「高齢者による万引きに関する報告書」(以下「報告書」という。)にまとめている。
ここでは,実態調査のうち,<1>万引きをして微罪処分となった高齢被疑者(以下「高齢被疑者」という。)56人,<2>万引きをして微罪処分となった高齢以外の被疑者(以下「非高齢被疑者」という。)73人,<3>無作為抽出された一般の高齢者(以下「一般高齢者」という。)1,336人の回答を比較した結果を紹介する。
調査の主な結果は以下のとおりである。
高齢被疑者は,一般高齢者と比べて世帯収入がやや低いものの,生活保護の「受給なし」が87.5%,住居の「持家(家族所有含)」が50.0%と,客観的に生活困窮レベルにある者の割合は低い。一方,主観においては,「現在の生活が苦しい」と感じている者の割合が,一般高齢者の17.7%に対し,高齢被疑者では44.6%と高い。
高齢被疑者は,一般高齢者と同程度の規範意識を有しているが,自己統制力が低い。
また,非高齢被疑者と比べて万引きで捕まるリスクの認識が低い(「万引きをするときに捕まると思わなかった」が,非高齢被疑者47.8%に対し,高齢被疑者では64.2%)。
高齢被疑者は,一般高齢者と比べて独居の割合が高く(「同居者なし」が,一般高齢者14.1%に対し,高齢被疑者では46.4%),家族がいても連絡の頻度が少ない者の割合が高い(家族との連絡頻度について,「ほとんどない」・「家族はいない」の合計が,一般高齢者1.9%に対し,高齢被疑者では35.3%)。また,「一日中誰とも話さないことがある」(一般高齢者13.6%に対し,高齢被疑者では44.6%),「相談に乗ってくれる人は誰もいない」(一般高齢者2.1%に対し,高齢被疑者では25.0%)者の割合も高く,周囲から孤立している傾向が見られる。
報告書は,前記の実態調査の結果に加えて,国内外の先行研究等を踏まえ,社会学,老年学,犯罪学,コミュニティ福祉等の幅広い視点から高齢者の万引きについて分析し,高齢者の万引き防止のため,将来的な課題も含めた施策を提言している。以下,幾つかを紹介する。
警察,司法については,微罪処分や不起訴処分による処理が高齢被疑者の社会復帰を容易にする反面,釈放後に本人をサポートする制度がないことを指摘しており,被疑者が処分後に「この程度の処分で済んでしまうのか」といった誤った認識を持つことなく,自分の行為の重さを十分に自覚できるよう,警察署での初期対応やその後の支援の在り方を課題として提示している。
行政による取組としては,生活困窮者に対して現行のセーフティネットの枠組みの中で適切な生活支援を行うことが犯罪防止にも役立つこと,生活困窮による万引き事犯者を,生活再建に向けた福祉的な対応につなげることの必要性を強調している。
また,店舗等による万引きしにくい環境整備の取組や,高齢万引き事犯者の家族や近隣住民,福祉機関等が家族や地域の中で見守ることの重要性や,その前提として,万引きを社会問題として広く周知するための効果的な広報啓発活動の推進についても提言している。
(出典)「高齢者による万引きに関する報告書―高齢者の万引きの実態と要因を探る―」平成29年3月 万引きに関する有識者研究会