「社会的企業」(social enterpriseという概念の和訳)とは,事業利益を事業主や持分所有者等へ分配することよりも,福祉や地域振興,環境保全等,何らかの「社会的」な目的を実現するために用いる事業体を総称する用語として,主にヨーロッパで用いられているものである。社会的企業は,各国の法制度における協同組合,社団,財団等様々な組織形態において生まれ,それぞれ独自の発展を遂げてきたため,1990年代後半頃から,欧州連合(European Union),OECD等の国際組織や学際的な集まりによって,「社会的企業」の定義や分類化が進められている。
なお,労働市場において不利な立場に置かれることの多い障害者や犯罪歴を有する者等の就労支援や直接雇用を目的とする事業体を,特に「ソーシャル・ファーム」(social firm)と呼ぶこともあるが,この章ではより一般的な用語である「社会的企業」を用いる。
イタリアにおける社会的企業は,財団,伝統的な「協同組合」等多様な組織形態を利用しつつ発展してきたが,1991年に制定された社会協同組合法により,同法の下で「社会協同組合」(cooperativa sociale)として設立されることが一般化した。
社会協同組合法では,社会協同組合の事業内容として,保健や教育等の社会サービスを提供するといった支援型事業(同法1条1a。「タイプA」と呼ばれる。)と,「不利な状況にある人々」(persone svantaggiate。同法4条1)を雇用するために行う何らかの事業(同法1条1b。「タイプB」と呼ばれる。)の2種類を規定しており,いずれのタイプの事業においても,当該地域社会全体の公益を図ることを目的とする事業体であるとされている(同法1条)。
また,「不利な状況にある人々」を雇用する,タイプB型社会協同組合の場合,同組合における就労者の30%以上は「不利な状況にある人々」でなければならないところ(同法4条2),ボランティアが組合員の過半数を超えてはならない(同法2条2)ため,単なる慈善活動にはとどまらず,事業体として利益を上げた上で,これら被用者に賃金を支払うことが求められているといえる。ただし,社会協同組合は,「不利な状況にある人々」への賃金支払状況に応じ,義務的な社会保障費の組合負担を免れることができる(同法4条3)という形で,「不利な状況にある人々」を雇用する事業を行うことにインセンティブを与えられている。また,タイプにかかわらず,組合員への給与の支払負担が事業活動における経費の一定割合を超える場合は,その割合に応じて,法人税の減免が認められている。
同法が「不利な状況にある人々」とする者のうち,犯罪歴を有する者としては「拘禁に代わる措置」(misure alternative alla detenzione。保護観察措置,部分拘禁(日中に刑事施設外における外部通勤・通学が許可される措置)等)として社会内処遇を受ける者が該当する(同法4条1)。
「拘禁に代わる措置」は,自由刑の宣告を受けた者又はその代理人が,矯正処分監督裁判所に申請し,同裁判所が,社会内刑執行事務所(ufficio di esecuzione penale esterna)による調査や,検察官及び弁護人が関与する審理を経て決定する。同措置は社会内での受入先が決まっていない場合には認められないため,刑の言渡しを受けた者,その家族又は弁護士が受入先を確保する必要がある。刑の言渡しを受けた者やその家族等で受入先を探せない場合,社会内刑執行事務所の支援を受けることが可能であり,社会内刑執行事務所が紹介する受入先の中に,就労先等としての社会協同組合が位置付けられている。対象者は,実際に社会内で拘禁に代わる措置の適用が始まると,社会協同組合で就労しながら,社会内刑執行事務所の指導・監督を受けることになる。
トリエステ市に1999年に設立された社会協同組合であるコンフィーニ・インプレーサ・ソチャーレ(Confini Impresa Sociale)は,公募により同市のコールセンター業務を受託して運営しているほか,港町である同市の観光資源を活用し,一年のうち4月から10月までの期間は,海沿いでレストラン等の運営もしている。2015年末現在で,55人の組合員のうち,12人がボランティアで,43人は賃金支払対象の被用者であるが,更に,レストラン運営期間中だけ,約30人を雇用している。被用者のうち,犯罪歴のある者は,年間25人前後であった。元犯罪者を含む「不利な状況にある人々」の採用は一般の就職希望者の場合と変わらず,履歴書と面接で決定される。ただ,採用後,例えば,対人恐怖のある人に接客の業務を担当させないなど,個々の特性と目標に応じて業務を割り当てる配慮をするよう努めている。
同じくトリエステ市内にある社会協同組合,ラ・コッリーナ(La Collina)の前身は,イタリア国内での精神病院改革を踏まえて,1988年に,精神障害者等の自立支援を目的として設立された「協同組合」であったが,現在では,社会協同組合法に基づくタイプB型の社会協同組合として,美術館・博物館・図書館等の運営,文化イベントの企画・運営,書籍等のデジタル化サービス,出版・印刷等,文化的事業を中心に幅広く事業を展開している。これらの専門性を要する事業の運営には被用者の訓練が求められるため,地元の大学等の教育機関との提携を進め,被用者に様々なコースやセミナーを受講させること等により,提供する各種サービスの水準を向上するよう努めている。業務を受託し,又は共同事業を遂行する行政機関もトリエステ市にとどまらず,近隣のムッジャ市,両市が所在するトリエステ県及びフリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州等多角化している。その結果,ラ・コッリーナの2014年時点での事業売上高は200万ユーロを超え,120人以上の職員を雇うなど,社会協同組合としては大きな規模を誇っている。その潤沢な資金を背景に,他の社会協同組合に対する買収・資本参加,業務提携等を通じて,地域の社会協同組合業界全体をけん引するとともに,組合員へ無利子貸付けを行うなど,内部への利益還元にも努めている。ラ・コッリーナが,拘禁に代わる措置を受ける人を採用するに際しては,社会内刑執行事務所と対象者の受入れ可能性について協議した上で面接を行い,採用を決めている。社会内刑執行事務所からの紹介でラ・コッリーナに就職した人数は,2013年が2人,2014年が5人であった。社会内刑執行事務所との共同プロジェクトとして立ち上げた「ボランティア修復活動」を通じて職業訓練にも協力している。
なお,イタリアでは,社会協同組合に限らず,一定の事業に限定して活動し,法律上の利益分配や事業内部管理にかかる条件等を充足している組織体について,「社会的企業」として認定する制度を2006年に始めたが,社会的企業として認定されても,前述の社会協同組合に対するような税制優遇措置などは認められていない。また,法制度としての「社会的企業」や社会協同組合ではないとしても,財団その他多様な企業形態を採りつつ,事実上社会的企業として活動する組織は,2014年時点までに2万を超えているとされている。
英国では,1840年代に生活協同組合が発祥するなど,古くから社会的な目的を掲げた民間事業活動が活発であったが,2004年会社法(Companies Act 2004)により,コミュニティ利益会社(community interest company)という新しい会社形式(組織形態としては従来の会社と同じだが,事業目的が社会的事業に限定され,資産の処分や利益配分に制限がある。)が導入され,資金調達手段や営利活動に制約があった従来型公益組織の事業活動を拡大させる契機となり,2016年3月時点で約1万2,000社がコミュニティ利益会社として把握されている。
ただし,英国においても,コミュニティ利益会社以外に,通常の会社形式,従来型の公益組織,協同組合など多様な組織形態の下で社会的事業が展開されており,2012年の推計では,個人事業形態も含めた「社会的企業」は28万を超えるとされている。これら事業体の事業内容は多様であり,社会的企業のネットワークである,Social Enterprise UKの加盟組織のうち800組織に対する2013年の調査では,14%が就労支援(技能訓練も含む。)事業を行っており,8%が働く場の提供自体を当該社会的企業の「事業」であると回答している。
さらに,英国では,社会的企業としての起業支援だけではなく,各種社会投資ファンドの設立や,社会投資への税制優遇など,社会的事業へビジネスとして参入する際の障壁を緩和するための官民の動きがある。同国が,世界初のソーシャル・インパクト・ボンド(social impact bond。民間資金によって公的事業を実施し,一定の成果を達成した場合に,公的資金によって成功報酬を投資家に還元する枠組み)を導入したのも,2010年にピーターバラ刑務所における再犯防止事業の資金調達のためであった。社会内更生会社の導入等(本節1項(1)参照)以前から,元犯罪者の社会復帰支援という「社会的」目的事業において,民間資金・事業体との連携・協力が進められてきていたといえる。
犯罪者の社会復帰支援の中でも,特に就労支援を重視して設立された社会的企業の例として,ブルー・スカイ(Blue Sky Development and Regeneration)が挙げられる。ブルー・スカイはロンドン郊外のアクスブリッジに2005年に設立され,組織形態としては,保証有限責任会社(company limited by guarantee)であり,2007年には公益団体(charity)としても登録をしている。2014年には,薬物依存者の回復支援に当たっているRAPt(the Rehabilitation for Addicted Prisoners Trust)と組織を統合した。
ブルー・スカイの就労支援の取組においては,元犯罪者を6か月間,ブルー・スカイ又は協力企業(Blue Sky Agency)において通常の賃金体系と同等の賃金で雇用することが中心となっている。職種としては,屋外清掃,倉庫・配送,ケータリング,建設,運転等,必ずしも専門性や熟練を要するものではないが,6か月間に,資格取得のための職業訓練の機会も与えられる。そのほか,銀行口座開設や身分証明書の取得,住宅を確保する上での無利子貸付といった生活上の支援も行い,被用者がブルー・スカイ又は協力企業からの賃金を貯金しながら6か月後までに安定した就職先を確保することを目指している。
6か月の間に各種就労支援プログラムを実施するに際しては,意図的に異なる生活歴,性別,年齢,民族等を組み合わせたチームとして活動させることで,多様な考え方に接するようにして,忍耐力とチームとしての責任感を磨くことができるよう工夫している。さらに,このチームには,ブルー・スカイが常勤職員として採用した元犯罪者が運営側の者として参加しており,その経験をいかして被用者の再犯の兆候の有無等を把握することに努めることで,ブルー・スカイとして適時適切な支援・介入ができるようにもされている。
ブルー・スカイは,2014年度には二つの刑務所(ブロンズフィールド及びハイ・ダウン)内でも,宝飾品製造などの作業機会を提供したほか,社会復帰支援のための職業訓練等も提供しており,受刑中のプログラムにおいて支援していた受刑者の帰住予定地が両刑務所の近隣である場合は,出所後,ブルー・スカイにおける就労支援プログラムで支援を継続している。また,一時的な所外作業先を用意するブロンズフィールド刑務所とのパイロットプロジェクトも実施し,女性受刑者のために,公園内で飼育されている馬の世話係の仕事を確保した。
ブルー・スカイは,6か月雇用を完了する時点で40%以上の者が次の雇用先を確保すること,支援対象者のうち再犯に及ぶ者が20%を超えることがないよう,15%程度に抑えることなどの目標数値を設定しているが,2015年3月末までの1年間での成果としては,社会内に190人分,刑務所での作業として50人分の就労機会を確保した上で,マンチェスター地域における提携組織と共に就労支援に当たった16人も含め, ブルー・スカイの支援から離れる者のうち37%はその後の雇用先が決まっており,また,同年間における再犯状況は目標値内であった。
同じく社会的企業であるバック・オン・トラック(Back on Track)は,1992年にマンチェスターで設立された保証有限責任会社・公益団体であり,元犯罪者に限らず,社会的に不利な立場に置かれた者に対し教育・訓練及び就労経験の提供等の支援を行うことを目的としている。バック・オン・トラックは,約20人の職員と約40人のボランティアで運営されており,職員の約20%,ボランティアの約50%は,バック・オン・トラックが提供してきた多様なサービスの利用経験者から構成されている。
2015年度においては,年間約800人の利用者のうち約60%に犯罪歴があり,薬物乱用歴のある者が約60%,精神的な課題を抱えた経験のある者が約40%であった。また,保護観察サービス又は社会内更生会社から委託されたケースは65人で,その他のケースはホームレス・シェルター,薬物・アルコール問題の支援サービス等から受託した。
マンチェスター市の中心部にあるバック・オン・トラックの本部兼研修センターには,同センターが置かれている歴史的建造物の名称を冠したスワン・キッチンズというカフェが設置されており,採用した支援対象者に接客やケータリングを学ばせるための職業実習の場であると同時に,収益事業として運営されている。
同センターには,そのほか教育や訓練に使用する教室が設けられている。提供される教育・訓練は,新規参加者向けの,生活の立て直しや余暇活動の充実等に関するコース,基礎学力の習得に向けたコース,就労開始・継続のための生活技能等訓練や資格取得のための職業訓練等多様な内容のものとなっている。
また,バック・オン・トラックは,当時の全国犯罪者管理庁(本節1項(1)参照)が主導し,10刑務所,5保護観察トラスト,地元の各種支援団体等によって開始された「犯罪者の就労機会を増やすためのサービス」プロジェクト,通称,Achieve North Westに参加しており,同プロジェクトを通じて,2015年3月末までに,201人の支援に当たっている。2014年度においては,バック・オン・トラックは4刑務所の受刑者の就労支援に関わり,20人を就労につなげた。
バック・オン・トラックでは,一人の元犯罪者等に対して,多様な専門性を持つスタッフがチーム制で対応することで,スタッフ側の心身の消耗を避けつつ,質の高い処遇や支援を継続的に提供することに努めている。また,地元の企業経営者に,訓練課程における模擬採用面接に協力を求めたり,元犯罪者等に対する先入観を解消するよう様々な働き掛けを行うほか,元犯罪者等が自立する手段として,雇用されることだけにこだわらず,自ら社会的企業を立ち上げて経営者となることも積極的に支援するための,専任コーディネーターを職員として置いている。