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平成29年版 犯罪白書 第7編/第3章/第2節/コラム25

コラム25 フィンランドの開放刑務所における社会復帰支援プログラム

フィンランドの首都ヘルシンキ市の中心部からフェリーで15分ほどの位置にあるスオメンリンナ島は,18世紀に建築された海上要塞の遺跡が残され,島全体がユネスコの世界遺産に登録されている。スオメンリンナ刑務所は,同島の中にひっそりとたたずむ開放刑務所である。施設は開け放たれた低い柵に囲われ,その外観はおよそ刑務所には見えない。収容棟の内部もデザイン性が高く,受刑者専用のサウナも設置されている。

同刑務所には約100人の受刑者が生活しており,全員が閉鎖刑務所から移送されてきた者である。その中には暴力事犯者や薬物事犯者も含まれる。大半の者が,日中,同刑務所から外出し,刑務所周辺の遺跡の補修や園芸等の作業及び職業訓練に従事する。外出・外泊制度を利用し,釈放前から公共雇用サービスを訪れて求職活動を行う者も珍しくない。ほかにも,受刑中でありながら,日中はフェリーで島外に外出し,社会内の一般企業の仕事をしたり,後記のKUVAプログラム等の特別な活動に従事したりする者もいる。

KUVAプログラムは,ヘルシンキ市の刑務所及び保護観察所を管轄する南部刑事制裁管区とヘルシンキ市社会福祉局,依存症専門の民間医療機関等が連携して行っている,就労支援と薬物・アルコールに対する依存症からの回復支援とを組み合わせた取組である。地方公共団体である同市が多機関連携の中心となり,受刑中から刑期終了後まで一貫して対象者を支援する体制が整えられている点がプログラムの特徴である。

プログラムの対象となることを希望する者は,同市又は同刑務所のソーシャルワーカーの面接等を経て同刑務所へと移送されることを要する。同刑務所の受刑者としての通常の作業は行わず,最初の4〜6週間は,刑務所外にある同市の運営する職業リハビリテーション(障害者等が適当な雇用に就き,かつそれを継続できるようにすることなどを目的とした職業指導・職業訓練等のサービス)のための作業所で森林の樹木のせん定作業等に従事しながら,ソーシャルワーカーから個々の支援サービスの必要性に関する調査を受ける。その結果を踏まえ,同市は関係機関との連絡調整を行う。次の6週間には,対象者はフェリーや鉄道,バスを利用して同市内の邸宅の修理・改修工事に従事し,社会内での元犯罪者のピアサポート(同じ立場にある仲間同士でのグループによる話合い)に参加したり,民間医療機関の提供する薬物依存者向けプログラムを受けたりする。この間も同市又は同刑務所のソーシャルワーカーが定期的に対象者と面接を行い,監督付自由による早期釈放の可否を見定めるとともに,必要に応じて釈放後の住居の手配を行う。監督付自由が許可されると,同市と対象者の間で労働契約が結ばれ,給与として月約1,500ユーロが支払われる。この段階で,対象者を公共雇用サービスにつなげ,KUVAプログラム終了後の就業先の確保に向けた端緒とする。そして,刑期終了後も,対象者は同市民として同プログラムへの参加を続け,釈放から通算して1年ほどで,薬物・アルコールを再び乱用することのない,就労による自立した生活へと移行することが期待されている。

同市社会福祉局及び同刑務所の担当者によれば,同プログラムの対象者は薬物・アルコールに対する依存の問題だけでなく,受刑回数が多く,平均年齢も高いなど幾つもの面で就業上の困難を抱えているが,多くの者は徐々に働くことへの喜びを見いだし,自発性が高まっていくという。重要なのは,刑務所からの釈放時点でサービスを途切れさせず,就労や住居などの段階的な支援を刑期終了後まで続け,徐々に対象者の自立の度合いを高めていくことであるとのことだった。

受刑者による遺跡の修復作業の様子
受刑者による遺跡の修復作業の様子