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平成29年版 犯罪白書 第7編/第2章/第2節/コラム10

コラム10 熊本地震の被災者に対する支援〜熊本刑務所における避難所の運営〜

平成28年4月14日午後9時26分,熊本県熊本地方を震源とする地震が発生し,その後同月16日午前1時25分にも続けて地震が発生した。同月16日の地震(以下「本震」という。)では熊本市で震度6強を観測し,同市内に所在する熊本刑務所においても,外塀の一部剥落,刑務作業を行う工場のプレス機の転倒や蛍光灯の落下等の大きな被害を受けた。幸いにも被収容者に死傷者はいなかった。

こうした中,熊本刑務所では,本震発生から15分後の午前1時40分には,被収容者の収容区域外に位置する武道場を地域住民の避難所として開放した。避難者の数は同日午前2時に約80人,午前7時に約130人,午後1時には200人を超えた。同刑務所の職員は,施設内の規律と秩序を維持する一方,時間を追うごとに増え続ける避難者への対応に当たった。同日午後には福岡矯正管区等の管区機動警備隊に所属する職員20人が,順次,同刑務所に到着し,避難者の支援等に加わった。

避難者の数は,同月17日にピークの約250人に達し,その後,近隣地域のライフラインが復旧したことや,避難者が親族のもとへ身を寄せるなどしたため,徐々に減少していったが,熊本刑務所では,身寄りのない人や高齢で自宅を片付けることができない人等,全員が無事退所できるまで支援を継続し,5月24日に避難所を閉鎖した。

この間の支援内容としては,4月16日に武道場を開放した直後から,避難者への毛布の配付,浄水装置の設置,防災テントの設営等を行うとともに,同日夕方には非常食230食を避難者に配給した。非常食は熊本刑務所の備蓄に加え,他の複数の矯正施設から合計約3万9,000食を確保した上で,被災地における混乱を避けるため,その一部を近隣施設に一時備蓄するなどし,配給体制を整えた。また,衛生上の理由から,レトルト食品等に限られたが,なるべく温かいものを提供するように配慮したほか,子供や高齢者のためにもできるだけメニューを工夫した。水は井戸水を浄水装置に通して飲料水として備蓄し,毎朝,水質検査をした上で提供した。また,本震直後の断水のため,避難所や庁舎のトイレが使用できるまでの間,簡易トイレを設置したほか,屋外に仮設入浴場を設置し,刑務所の中の炊事工場からお湯を職員が運んで浴槽にためて入浴を実施できるようにした。その後,簡易シャワーシステムも設置した。医療面では,刑務所の医師による回診を1日に2回行うとともに,寝たきりの高齢者には医療用ベッドを提供するなどし,避難者の心身の状況に応じた健康管理に努めた。衛生面では,避難者にも協力を要請して,清掃・消毒を徹底し,ノロウイルス等による感染症の発生防止に万全を期した。また,精神的なサポートのため,熊本少年鑑別所から心理技官が派遣され,心理相談を行った。

避難所の運営に当たっては,食料の配給数,毛布の数,生活スペース等ができる限り公平になるよう配慮したが,身体の不自由な人等を優先する場合には,職員が他の避難者に丁寧に説明して理解を求めた。消灯時間,ごみの捨て方,禁酒・禁煙,食事時間等の生活ルールについても避難者に理解を求め,互いに協力し合って生活できるように努めた。不審者の避難所への入所を防ぎ,日中も避難所で生活する高齢者や子供たちの安全を確保するため,制服を着た職員を配置して警備に当たるなど,防犯面にも配慮した。

避難所における支援の終盤では,最後まで避難生活を余儀なくされた高齢者等の自宅の片付け支援を行ったほか,退所後の孤立を心配する人には,その不安を取り除くため,自治体職員からサポート体制を説明してもらう場に熊本刑務所の社会福祉士も同席し,熊本刑務所と自治体が連携し支援がつながっていることを理解してもらうなどして,約40日間にわたる支援を終了した。

本震後間もない4月18日から避難所を閉鎖するまでの間,現場で避難所運営の指揮を執った法務省矯正局成人矯正課企画官は,当時を振り返り,「矯正施設は,災害時に一定期間自給できる体制を整えているほか,職員は,非常事態に備えて迅速に対応するための訓練を日頃から重ねている。また,矯正施設には,医師,心理技官,社会福祉士等のスタッフもそろっている。そのような中,避難所の運営に当たっては,こうした職員・スタッフと気持ちを一つにして,避難されている方と共に頑張り,一日も早く日常の生活に戻っていただけるよう努めた。日頃,地域の人々に支えられている刑務所であるからこそ,こうした災害時には少しでも恩返しができればと考えている。今回の熊本刑務所の試みは,矯正施設の新たな地域貢献のかたちの一つとして捉えることができる。円滑な支援を実施するには,まずは,矯正施設が地域から信頼される存在であることが重要であるが,同時に,避難者の中でも,女性や子供,高齢者等への支援に当たっては細やかな配慮を忘れないことも重要であり,その点,更衣室等の設備の充実,女性職員による応援態勢の強化等といった課題や検討事項がある。今後も引き続き,関係機関との連携を強化しつつ,地域との共生をより一層推進していけるよう努力していきたい。」と述べている。

なお,同企画官が震災から8か月後の12月に開催された熊本刑務所矯正展で同所を訪問した際,震災当初,避難所において度重なる余震で不安におびえていたが,日に日に笑顔を取り戻し,元気になっていった子供たちが会いに来てくれて,非常に感動したという。

このような地域貢献の取組により,全国の刑務所が地域と共生し,その住民の信頼に支えられ,罪を犯した人の立ち直りへの支援の輪が地域において広がっていくことを期待したい。

心理相談の風景【写真提供:法務省矯正局】
心理相談の風景
【写真提供:法務省矯正局】
非常食の配給風景【写真提供:法務省矯正局】
非常食の配給風景
【写真提供:法務省矯正局】