「先行き不透明な時代にある今こそ,人と人とが支え合い,ぬくもりのある互助の地域社会を構築することが,基礎自治体の使命と考えている。厳しい社会経済情勢の下,市が率先垂範することで,雇用の輪が大きく広がり,同様の取組が他の自治体に波及してほしい。」。これは,平成22年,大阪府吹田市と吹田地区保護司会との間の「就労支援に関する協定書」の調印式における当時の吹田市長による挨拶の言葉である。
吹田地区保護司会が,当時の厳しい経済情勢の中,保護観察対象者等の就職が一層困難になっていると吹田市長に相談し,同保護司会と大阪保護観察所が吹田市関係部局に検討を依頼した結果,同市が就労支援として,全国に前例のなかった少年の保護観察対象者の直接雇用を始めることになった。対象は,吹田地区保護司会が就労支援が必要であると推薦した市内在住の15歳以上の保護観察対象少年(保護観察処分少年及び少年院仮退院者。以下「対象少年」という。)で,吹田市役所が,臨時雇用員として6か月間(ただし,6か月を超えない範囲で更新可能)任用する。同時期の採用は2人まで。一日7時間45分,市役所内の管理部門で職員を補助する事務を担当するが,週一日は民間企業等への常用雇用を目指す就職活動のための休暇の日として保障され,就職活動の報告書を提出すれば有給となる。当該対象少年が他の臨時雇用員と比べて特別扱いされることはなく,他の勤務条件や懲戒についても規定され,勤勉に任用期間を終了すれば,勤務状況を記した市長名の「勤勉証明書」の交付を受けることができる。
更生保護の側においては,吹田市への推薦段階で,対象少年の担当保護司や大阪保護観察所の地区担当保護観察官が十分協議し,対象少年の就労意欲や協定に違反するおそれなどを吹田地区保護司会として判断している。同市は,同保護司会を信頼して,対象少年の罪名・非行名,その他の経歴,家族構成等の個人情報を尋ねることなく受け入れている。同保護司会 和泉愼次 会長によれば,推薦段階では保護司会内で市役所勤務が勤まるか若干の不安が指摘される事案もなくはないと言うが,「特に若者は,そもそも何がしたいというのがはっきりしていない子が多い。とりあえず市役所で勤めるという経験を意識改革のきっかけにして,自助努力でやり直していくことができる。彼らが将来を作る手助けになるようにという意識で,積極的に推薦している。」と,姿勢を語る。また,任用開始前に,担当保護司が対象少年に対して社会人としてのマナー等について指導をしたり,任用開始後も,通常より密に連絡を取って就労意欲の維持に努めたりするといった具体的な手当ても行っているという。
同市総務部人事室によると,直接雇用の取組の開始当初,受入部署の不安は大きく,同保護司会と同保護観察所により,受入部署の職員を対象として,非行少年を受け入れるに当たっての心構え等についての研修会を開催するなどして,不安の解消に努めたという。しかし,雇用実績を重ねた現在は,「実際接してみれば皆普通の子。活発な子も大人しい子も個性は様々で,今では問題なく受け入れている。」とのことであった。平成29年3月末までに延べ9人の対象少年を受け入れ,うち3人が6か月の任用期間を満了し,期間内に退職した者についても,長期の休暇後の無断欠勤等による離職事案はあるものの,多くが年度末での復学や次の勤務先を見付けたことなど,前向きな理由によるものだったという。受入部署で対象少年の同僚として働いた経験を持つ同市職員は,「勤務開始前は戸惑いもあったが,いざ働きに来てみると真面目な子だった。簡単な作業から始め,やがてパソコンでの複雑な作業などで十分な戦力になってくれ,他の臨時雇用員ともよく話すようになった。」と振り返る。同人事室担当者は,保護観察対象者もまた一人の吹田市民であり,「皆で支え合う」という同市の公的な責任を果たすべく,市議会等の理解も得て継続的に直接雇用の取組に対する予算措置を続けてきたという。現吹田市長のリーダーシップの下,今後はさらに,パソコンを使ったデスクワークや書類整理といった事務補助以外の,道路・公園等の維持管理などの現場に出て行くような受入部署を用意することなどを検討しているとのことだった。
前記の和泉保護司会長や同保護観察所の就労支援担当者は,「市役所で働く緊張感はあるだろうが,勤勉に任用期間を終了した者は充実感や自信を得て,その後,定職に就き問題なく社会生活を送っており,関わった保護司にとっても大きな喜びとなっている。」と話す。たとえ短期間で任用期間を終えた者であっても,他の希望の職場にすぐに就職し,市役所勤務で規則正しい生活習慣を身に付けたことが就労の継続に効果的であった事案もあるという。また,保護観察対象者の就労を困難にする要因の一つに,矯正施設在所期間により履歴書の空白が生じてしまうことが挙げられるが,市役所という信頼される場所での勤務歴を履歴書に記載できることは,対象少年の就職を大きく促進する意義もあるという。「市役所という行政だからこそ,保護観察中の少年を雇うということを許容範囲に収められる。非行をしたことが分かっているのに,経歴も聞かず,求職活動のための有給も出す,そんなことは民間企業だったら怖くてとてもできないし,効率の面を考えてしまう。今後は行政がもっと就労の機会を作るようにしていくことが必要だと思っている。」という和泉保護司会長の言葉は,現場での経験に基づく生の声であり,直接雇用の取組を吹田市と二人三脚で行ってきた先駆者としての重みが感じられた。
本取組の開始から7年,地方公共団体による直接雇用の輪は着実に広がりつつある。