刑事施設における受刑者に対する性犯罪再犯防止指導は,性犯罪につながる認知の偏り,自己統制力の不足等の自己の問題性を認識させ,その改善を図るとともに,再犯をしないための具体的な方法を習得させることを目的とするものであり,性犯罪者調査対象者のスクリーニング,性犯罪者調査,各種プログラムの実施,メンテナンスの順に行われる。刑事施設における性犯罪再犯防止指導の概要は,6-3-1-1図のとおりである。
性犯罪再犯防止指導の対象者の選定に当たっては,新たに刑が確定した受刑者について,その者が在所する刑事施設(確定施設という。以下この節において同じ。)におけるスクリーニングと調査センター(第2編第4章第2節1項(1)参照)における性犯罪者調査の2段階があり,これらを組み合わせることによって,性犯罪の再犯リスクの高い受刑者を特定し,全国の指導実施施設の指導実施状況を勘案して,適切な受講対象者を振り分け,効率的に指導が行われるよう配慮されている。
新たに刑が確定した全受刑者について,確定施設において,「性犯罪者調査対象者」のスクリーニングが行われる。スクリーニングにおいては,事件名(強姦,強制わいせつ等)又は事件内容(前歴を含む。)から判断してわいせつ目的がうかがえるなど,「性犯罪受刑者」に該当する者について,<1>常習性・反復性が認められる者又は<2>性犯罪につながる問題性の大きい者であるか否かなどが判断される。
確定施設において性犯罪者調査の実施の必要性があると判断された者については,調査センターに移送され,詳細な性犯罪者調査が実施される。
ただし,身体疾患,精神疾患の治療が優先される,日本語能力等に問題がある,性犯罪再犯防止指導を受講するための刑期が不足しているなど,調査センターにおける性犯罪者調査の実施が明らかに困難であったり不適当であったりする者は調査対象者から除外される。
性犯罪者調査においては,前記スクリーニング項目に加え,対象者の<1>性犯罪の再犯リスク(再犯と結びつく要因),<2>処遇ニーズ(処遇によって変化させることで再犯リスクの低下につながると考えられる事項)及び<3>処遇適合性(対象者の知的能力,動機付けの度合い及び身体的・精神的問題の有無等によって判断されるプログラムの受講適性)をあらかじめ設定した客観的基準によって判断し,当該受刑者が性犯罪再犯防止指導を受講すべきと判断した場合には,特別改善指導のうちR3(性犯罪再犯防止指導。2-4-2-2表<1>参照)の判定を行い,その者について,必要な指導密度(本項(2)ア参照),受講させる指導科目の内容,受講させる施設,受講させる時期,受講までの間に必要な働き掛け等について処遇計画を作成する。
性犯罪再犯防止指導の受講が必要と判断された受刑者は,処遇指標(第2編第4章第2節1項(1)参照)及び指導密度等を考慮して全国19庁の指導実施施設のうちの一つの施設において当該指導を受講することとなるが,執行すべき刑期の長さ,実施すべき施設での受講人員等の事情によって,性犯罪者調査終了後直ちに指導実施施設に移送される場合と,一旦別の施設に収容された後に指導実施施設に移送される場合とがある。
性犯罪再犯防止指導における指導は,オリエンテーション,本科プログラム及びメンテナンス・プログラムの順に行われる。
本科プログラムの指導科目は,「自己統制」,「認知のゆがみと変容方法」,「対人関係と親密性」,「感情統制」及び「共感と被害者理解」で構成されている。指導対象者はその再犯リスク及び性犯罪につながる問題性の程度に応じて,本科プログラムの全科目を受講する「高密度」,必修科目に加えて本人の処遇ニーズに応じて必要な科目を選択して受講する「中密度」及び必修科目のみを受講する「低密度」の3種類の指導密度のいずれかに指定される。
本科プログラムは,認知行動療法を基盤とし,性犯罪等の問題行動に至った要因及びその行動に至るパターンを検討して,自らが早期にそのパターンに介入することによって問題の再発(リラプス)を防止するスキルを学ぶ,リラプス・プリベンションの技法を用いている。
また,指導の期間は個々の指導対象者の必要性や指導実施施設の実情によって異なるものの,最長の高密度においてもおおむね8か月であり,受講を終了したとしても,出所まではかなりの期間が経過したり,一般施設に移送されて受刑する者も多いことから,円滑な社会復帰を図る目的で,出所前に本科プログラムで学んだ知識やスキルを復習させるメンテナンス・プログラムを実施している。
性犯罪者の中には事件の責任を認めようとしなかったり,自らが性犯罪者であることを秘匿しようとするなど,性犯罪再犯防止指導を受講する動機付けが低い者がいることが指摘されており,これに対処するために,平成23年から動機付け面接の理論を活用して個別面接の形式で事前指導(プレ・プログラム)を実施してきたが,これをグループワークの形式で行う,「準備プログラム」が開発され,26年からは高密度及び中密度の指導対象者に本格的に実施している。また,知的能力に制約がある者に対して,本科プログラムの内容をイラスト等の視覚情報を効果的に取り入れるなどして理解しやすくした上で,SSTや金銭管理等の補助科目を必要に応じ実施する「調整プログラム」のほか,刑期が短いなどの理由で受講期間が十分に確保できない者を対象に各指導科目の内容を効率的かつ効果的に理解できるよう中心的指導内容を集中させた「集中プログラム」などを開発し,実施している。
実施の単位は,標準的には,指導者2人と対象者8人による,1回100分程度のグループワークとしている。また,必要に応じて個別面接等を組み合わせることもある。
なお,性犯罪再犯防止指導の実施人員の推移については,2-4-2-3表のとおりである。
当該指導の実施に当たって,多くの施設において,職員と民間の処遇カウンセラーを組み合わせて指導に当たらせる,健全な男女関係のモデルを学習させるなどのねらいから男女をペアとして指導に当たらせるなどの工夫がなされている。
平成24年,矯正局において,「刑事施設における性犯罪者処遇プログラム受講者の再犯等に関する分析」が公表された。これは,刑事施設を出所した「性犯罪受刑者」2,147人(うちプログラムを90%以上の出席率で受講した者1,198人及び受講しなかった者949人)を最長3年間追跡し,再犯の内容を「全ての犯罪」,「性犯罪」,「性犯罪を除く粗暴事犯」及び「その他の犯罪」に類型化して調査したものである。性犯罪再犯防止指導を受講した者と受講しなかった者の出所後3年間の再犯率(推定値)を算出し,それぞれの再犯リスクの程度の差を統制した上で比較したところ,当該指導を受講した者については,受講しなかった者に比較して「全ての犯罪」において再犯率が低く,同指導に一定の効果が認められた。
今後は,逸脱した性的関心へのより効果的な介入,迷惑防止条例違反事犯者(特に痴漢)に対する効果的なプログラムの開発,個々の受刑者の処遇ニーズに対する介入の在り方,社会内でのフォローアップ等が課題であるとされた(法務省矯正局の資料による。)。
性犯罪再犯防止指導は現在19庁で実施されているが,その実施環境には差異があり,限られた人的・物的資源を有効に利用するために,施設全体が実施環境を整えたり,指導者の養成を全国レベルで行ったりする必要性が指摘されており,毎年,全国の施設において指導者となった職員に対する集合研修や経験の豊富な指導者による他施設への巡回指導が行われている。また,各施設の指導者が他施設での指導に関する話し合い(事例検討)に参加することを通して,効果的な指導につながる方策等を考察し,自施設での指導効果の向上に活用する「施設間事例検討」が行われているほか,大学等から専門家を招へいして助言を受けたりするなどして,指導者の知識や指導技術の向上に努めている。