窃盗は,一般刑法犯認知件数の大半を占めており,国民が最も被害に遭いやすく,身近に不安を感じる犯罪の一つである上,窃盗事犯者は,5年以内累積再入率が覚せい剤取締法違反者と同程度に高く,窃盗を繰り返す傾向も認められる。
また,窃盗は,「再犯防止に向けた総合対策」において,再犯防止対策としてそれぞれの特性を踏まえた指導及び支援の強化が求められている「少年・若年者」,「高齢者」,「女性」といった類型に占める割合が高く,高齢者が万引きを繰り返す実態がある旨の指摘もなされている。
平成21年版犯罪白書においては,窃盗により初めて執行猶予判決を受けた者の再犯状況の調査等を実施するなどして窃盗事犯者の再犯リスク要因等をある程度明らかにし,また,これに先立つ平成20年版犯罪白書においては,高齢者の犯罪の実態等を分析する中で,高齢の窃盗事犯者の再犯防止策等にも言及している。しかしながら,窃盗は,手口,動機,背景事情等が多種多様であり,それぞれの問題性に応じた再犯防止対策を実施することが必要と考えられるところ,これらの白書においても,こうした問題性をも踏まえた対策の在り方を検討するために必要な実態把握までには至っていない。
また,窃盗罪については,平成18年に,罰金刑が導入されて以降8年が経過したが,窃盗罪により懲役刑に処せられる者の相当数が窃盗による罰金前科を経ているのではないか,あるいは,罰金刑に処せられる窃盗事犯者の手口の中心は万引きで,女子や高齢者も相当数含まれているのではないかとも考えられるものの,平成21年版犯罪白書の時点では,罰金刑の運用についてまで調査対象とするにはやや時期尚早であったこともあり,これまで,罰金刑に処せられる窃盗事犯者の手口・動機等の犯罪内容,前科前歴,属性等の実態や再犯状況等は明らかにされていない。
これらを踏まえると,窃盗事犯の中で認知件数も多く,再犯率が高いのではないかとの指摘もある万引き,侵入窃盗に焦点を当て,罰金刑に処せられた者を含めた比較的犯罪傾向の進んでいないと思われる者を中心に,その実態を明らかにするとともに,窃盗事犯者の類型等に応じた効果的な対策の在り方の検討に資する資料を提供することが必要かつ有益であると考えられる。
そこで,本白書では,本編において,「窃盗事犯者と再犯」と題し,窃盗事犯の動向や,窃盗事犯者に対する再犯防止の取組の現状を紹介するとともに,窃盗事犯についての再犯防止対策の前提となる実態把握に資する基礎資料を提供することとした。
本編の構成は次のとおりである。
まず,第2章において,警察,検察,裁判,矯正,更生保護の各段階における窃盗事犯の動向等を分析・紹介するとともに,窃盗事犯の増加と減少の要因分析をも試みる。
次に,第3章において,検察,矯正,更生保護等の各段階において,窃盗事犯者の再犯防止のために実施されている各種取組を紹介する。
続いて,第4章において,特別調査の調査結果の概要を紹介した上,平成18年に窃盗罪に導入された罰金刑の運用状況等を明らかにし,さらに,特別調査の対象である前科のない万引き事犯者及び前科のない侵入窃盗事犯者の実態について,それらの再犯状況と併せて明らかにする。
その上で,第5章において, 窃盗事犯者による再犯を防止するための方策について検討する。