国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI:United Nations Asia and Far East Institute for the Prevention of Crime and the Treatment of Offenders)は,日本国政府と国連の協定に基づき,昭和37年(1962年)に設置され,以降,共同で運営されている国連の地域研修所であり,刑事司法分野における研修,研究及び調査の実施を通じて,アジア太平洋地域を始めとする各国の刑事司法の健全な発展と相互協力の強化に努めている。
UNAFEIの活動の中心は,開発途上国の刑事司法実務家に対する研修業務であり,毎年,3回の国際研修と1回の汚職防止刑事司法支援研修を行い,それぞれのテーマに即した内外の最新の知見を提供している。これらの研修には,複数国からの海外参加者に加え,我が国の裁判官,検察官,矯正職員,保護観察官等も研修員として参加しており,比較法的観点から,相互理解の促進と経験の共有が図られるように工夫されている。国際研修は,毎回研修テーマを選んで行っており,近年では,汚職防止対策,人身取引対策,証人の保護及び協力確保策,刑事司法手続の各段階における被害者のための適切な施策の拡充,犯罪収益の剥奪及びマネー・ローンダリング対策,女性犯罪者の処遇,薬物犯罪者の処遇,実証的根拠に基づいた犯罪者の処遇,犯罪者処遇における社会との連携等を取り上げている。
また,複数の参加国を対象とする新たな取組として,平成19年(2007年)以来,毎年,グッド・ガバナンス・セミナーを開催するなどしている。
刑事司法分野における能力向上支援の重要性は,G8司法・内務大臣会議東京会合で採択された「キャパシティ・ビルディング支援に関するG8司法・内務閣僚宣言」(平成20年(2008年)6月)においても確認されており,UNAFEIが研修等を通じて果たすべき役割は,ますます重要なものとなっている。
UNAFEIは,平成24年(2012年)に創設50周年を迎えたが,これまで同所の研修・セミナーに参加した刑事司法関係者の中には,それぞれの国において,最高裁判所長官,法務大臣,検事総長その他の重要な地位に昇進した者が多数含まれている。UNAFEIのネットワークは,我が国が刑事司法分野における国際協力を推進していく上で大きな財産となっている。
さらに,UNAFEIは,国連の犯罪防止・刑事司法プログラムの一翼を担う立場から,毎年,犯罪防止刑事司法委員会に招へいされているほか,国連犯罪防止刑事司法会議の実施にも協力し,その第12回会議(平成22年(2010年)4月)においては,「矯正施設における過剰収容に対する戦略とベスト・プラクティス」をテーマとした公式ワークショップを企画運営した。
平成25年(2013年)1月,UNAFEIの第153回国際高官セミナー(テーマ:「女性犯罪者の処遇」)において,タイ王国パッチャラキティヤパー王女殿下による「バンコク・ルールズの実践:国際協力の枠組みについて」と題する特別講義が行われた。
王女殿下は,タイの検察官として活躍された後,現在は,在オーストリア・タイ大使兼ウィーン国連機関タイ政府代表部大使をされ,平成24年(2012年)には国連犯罪防止刑事司法委員会(コミッション)の議長を務めるなど,刑事司法分野において国際的に活躍されている。王女殿下は,特に刑事司法分野における女性の権利向上に熱心に取り組まれ,平成18年(2006年)からタイ国内の女性被収容者の処遇改善を目的とする「カムランジャイ・プロジェクト」を開始され,女性被収容者の心理面での支援,妊娠中や刑務所で子供を育てる被収容者に対する支援,職業訓練等に尽力されている。王女殿下のイニシアティブにより,平成22年(2010年)12月には,国連総会において女性被拘禁者の処遇及び女性犯罪者の非拘禁措置に関する国連規則(通称「バンコク・ルールズ」)が採択されるに至った。
王女殿下は,特別講義において,バンコク・ルールズ成立の経緯とその概要,バンコク・ルールズを世界各国で普及・実践していくためのタイ法務研究所を中心とする政府の取組等について紹介された。
開発途上国の中には,法制度やその運用体制の整備の遅れが,国民生活の安定と社会の発展の障害となっている国がある。このような国からの要請に基づき,その国が自らの法制度とその運用を改善しようとする自助努力を支援するのが法制度整備支援である。
この支援は,開発途上国において「法の支配」が確立され,法制度が適正に機能することにより,その国の政治・社会・経済が安定し,これらの国の持続的な発展につながることを目指すものであるが,支援を受ける開発途上国,ひいてはその国が属する地域全体の安定と発展にもつながり,国際社会の平和と安全に寄与し得るものである。したがって,この分野における支援は,我が国にとっても,開発途上国との友好関係の維持を超えた重要な意味を持っている。
我が国による具体的な支援は,その多くが政府開発援助(ODA)の枠組みで,独立行政法人国際協力機構(JICA)や関係者の協力により行われてきたが,法務省も,これを専門に手がける部署として法務総合研究所内に国際協力部を設置し,職員の派遣,支援対象国の関係者の研修等の支援活動を活発に展開している。我が国は,平成6年(1994年)にベトナムに対する支援を開始して以来,カンボジア,ラオス,インドネシア,東ティモール,中国,モンゴル,ネパール,ウズベキスタン等の主としてアジア諸国に対して支援を行ってきたほか,現在,ミャンマーに対する支援を準備中である。支援の内容としては,民商事法分野のものが中心であるが,刑事法分野でも,これまで,ベトナムの検察官向けの実務マニュアルの作成支援及び刑事訴訟法改正のための知識・情報の提供を目的としたセミナー・研修,ラオスの刑事訴訟法教材作成に対する支援,ネパール政府の「刑事法改革改善委員会」の委員等を対象とした「逃亡犯罪人引渡法」及び「麻薬取締法」を題材とした法案起草能力の向上を目的とした研修等を実施している。
法務総合研究所は,平成23年(2011年)3月の民政移管を受け,ミャンマーに対する法制度整備支援を開始し,日本留学中のミャンマー裁判官及び検察官等を交えた勉強会,ミャンマー現地での調査,ミャンマー民法,民事訴訟法,会社法等の民商事法に関する調査等を通じ,ミャンマーの法制度の調査・研究を行い,その結果をホームページ上で発表したほか,JICA主催の現地セミナーに協力するなどした。また,平成24年(2012年)7月には元ヤンゴン大学法学部長及び元連邦最高裁判所国際研究部長を,同年11月には慶應義塾大学との共催でミャンマー連邦最高裁判所長官を始めとする一行を,平成25年(2013年)6月にはJICA及び公益財団法人国際民商事法センターとの共催でミャンマー連邦法務長官及びミャンマー連邦議会(下院)法案委員会委員長を始めとする一行を,それぞれ日本に招へいして,両国の法制度等に関する公開シンポジウムを行うなど共同研究を実施した。今後,連邦最高裁判所(民法,民事訴訟法,刑法,刑事訴訟法などの基本法を含む52の法律を所管)や連邦法務長官府(日本の法務省,検察庁及び内閣法制局の役割を兼務)をカウンターパートとする本格的な支援開始に向けて,現地調査・協議・現地セミナー等の準備活動を実施していく予定である。
法務総合研究所は,平成6年(1994年)から,JICAのプロジェクトに協力するなどしながら,ベトナムの司法改革への協力を継続して行っている。
刑事関連の分野では,JICAプロジェクトのカウンターパート機関であり,刑事訴訟法等の刑事手続関連法の法案起草を担当しているベトナム最高人民検察院が,現在,公判審理の充実及び捜査活動の適正化,検察官の機能強化,弁護人の地位強化等を目指して刑事訴訟法等の改正を進めており,法務省派遣の長期専門家と法務総合研究所国際協力部が連携してこれに協力している。
JICAプロジェクトでは,平成25年(2013年)3月,支援の集大成とも言い得る「ベトナム六法」を発刊した。「ベトナム六法」は,刑法や刑事訴訟法を含む多くの基本法令の日本語訳と,他の関係機関から提供を受けた法令の翻訳情報を集約したものであり,今後の法制度整備支援活動の基礎となるのみならず,ベトナム進出を考える日本企業等に有益なものである。その他の特記事項として,同年が,日本ベトナム友好年(日本ベトナム外交関係樹立40周年)及び日・ASEAN友好協力40周年という二重の意味での記念年であることを踏まえ,司法分野における交流を深めるため,ベトナム最高人民検察院長官一行を日本に招へいし,両国の法制度に関する比較共同研究を行ったことが挙げられる。
このように,法制度整備支援における我が国とベトナムとの関係は,近年,緊密さの度合いをますます増している。
ユーロジャストは,テロや薬物密輸,人身取引,コンピュータ犯罪等のEU加盟国にまたがる重大犯罪に対応するため,刑事共助を促進し,連携を強化するための組織として,EU理事会の決定によって平成15年(2003年)にオランダのハーグに設立された機関である。EU内部での国境をまたがる犯罪へのEU加盟国間の協力の構築の必要性については1990年代から具体的に議論されていたところであり,そうした議論に基づいてユーロジャストが設立されている。
EU加盟国は,ユーロジャストに常駐検察官らを派遣する義務を負担しており,加盟各国から派遣されてきた検察官は,加盟国間,つまり,主にEU域内での共助の要請や,その執行の調整を行ったり,複数の加盟国が合意によって設立する共同捜査チームの支援や,訴追への協力を行うなどの業務を行っている。最近では,我が国やアメリカ等のEU非加盟国との間でも24時間のコンタクトポイントを設けて連絡を取り合うなど,連携を図っている。ユーロジャストは,EU加盟国にまたがる重大犯罪に対応するEU加盟国の法執行機関であるユーロポール等とも緊密な連携関係を維持している。