三 犯罪を発生しやすい環境 環境の面から犯罪原因を究明しようとした従来の研究には,種々の立場がある。フェリーは,ロンブローゾの人類学的犯罪理論を受けつぎつつ,これを発展させたが,社会的原因をも重要視するに至った。すなわち,気候,風土などの自然的環境(たとえば,強かん,幼女かん淫などが一年のうちで夏期に比較的に多いなどといわれること),人口密度,家族組織,教育制度,工業生産,宗教,政治,経済などの社会的要因をとりあげた。これは犯罪発生に影響力を有すると考えられるすべての環境的要因を考慮しようとする立場で,アシャッフエンブルク,エクスナーなどもこの考え方を発展させた。これに対し,家庭とか地域社会とか経済とかの特定の要因をとくに重視する立場がある。そこで,何を対象とし,またどのような方法でその究明を試みるかということによって,立場の差が生ずることになる。しかし,どの立場をとるにせよ,環境に優越的な犯罪発生の影響力を認めようとする人々の主張の要旨は,「犯罪者を除いたすべての人に罪がある」とか,「犯罪は一つの社会現象であって,その最も根本的な防止は,正しい社会の形成にある」という趣旨の命題に帰着する。 犯罪発生に作用する環境的要因の数は多い。また,一口に環境といっても,その構造は複雑である。エクスナーは,環境的要因を,人格生成的作用を有するもの,人格発展的作用を有するもの,心理的体験による人格形成的作用および行為誘発的作用を有するものなどに区別した。これを簡単に区別すると,犯罪を行ないやすい人格形成に作用する比較的持続的な要因(学者あるいは,これを犯罪性人格環境という)と,犯罪の直接的動機または原因と考えられるいわば一時的な要因(学者あるいは,これを犯因性行為環境という)の二つに大別しうると思う。しかしながら,具体的要因がこの両者のいずれに属するかは,場合により必ずしも判断が容易ではない。 次に,環境的要因は常識的には人が出生後に経験する事実(これを後天的環境という)と考えられるが,科学的研究の立場においては,胎児またはそれより前の生殖細胞に作用した事実(これを先天的環境という)にまでさかのぼるべきものとされている。たとえば,胎児の時に脳疾患を伴う病気にかかって出生した者が,精神障害のために罪を犯したとすれば先天的環境に属する事実が犯罪原因とされるのである。しかし,この節では,先天的環境の問題は割愛する。 なお,ついでにいえば,後天的な脳疾患や,麻薬,覚せい剤,アルコールなどの中毒も,犯罪発生の環境的要因となりうるが,これらについては,別に説明した(四六頁,八九頁) 以下,犯罪ないし非行の発生に関連ありとされている若干の環境的要因について,従来の研究の一部を紹介する。
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