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 昭和40年版 犯罪白書 第一編/第二章/六/2 

2 精神障害の意義および種類

 精神障害とは精神機能の障害のことであるが,それが身体機能ことに中枢神経系の機能の障害と密接に関連していることはいうまでもない。しわし,精神機能そのものはむしろ心理学的にとらえられるもので,精神障害の臨床や行政的対策に際しては,心理学,教育学,社会学などの知識が広く応用されなければならない。
 精神障害に対する理解に関する沿革をたずねると,すでに古代ギリシャ時代,ヒポクラテスは精神の座が大脳にあることを指摘して,これが神秘的なものであるとする考え方を否定するとともに精神病が大脳の病気であることを述べている。しかるに,中世期に入ると,宗教的迷信が強く一般を支配し,精神障害者は悪魔にとりつかれたものとして,すべてが死刑に処せられる時代が長く続いた。精神障害者が人道的取扱いを考慮され,他方,科学的研究の対象と考えられるようになったのは,一八世紀後半以後のことである。したがって,精神障害を自然科学的にとらえる方法の歴史は比較的浅く,今日なおいくつかの学説が相対立していて各学派の間に共通した疾病分類は確立されていない実情にある。このような事実を前提とした上で,今日一般に用いられている精神障害の分類を示すと次のとおりである。
(1) 「外因性器質性」 伝染病,アルコールその他の薬物の乱用,外傷,内分泌障害,老年性変化などの身体疾患に起因するものをいう。これをさらに急性および慢性の二つに分けるが,精神障害としてとりあげられるのは,主として後者である。
(2) 「内因性」 主として遺伝的に条件づけられた精神障害で,狭義の意味で精神病とよばれているのはニの群である。精神分裂病と繰欝病がこれに属するが,なお,他の群とオーバーラップするいわゆる非定型精神病をこれに加える学者が多い。
(3) 「精神身体症」 心理的刺激による感情の動揺が身体症状として現われる場合をいう。甚だ多彩な症状を現わすものであるが,消化器障害を示すものを典型例としてとりあげることが多い。
(4) 「てんかん」 てんかんは,その主たる原因によって,前に掲げた外因性器質性精神障害または内因性精神障害に含ませられることもある。臨床的には,一過性の意識変化や反復する意識喪失を伴う痙攣発作で特徴づけられる。しかして,精神運動発作,人格変化およびてんかん性の慢性精神病が,精神障害としては特に問題になる。
(5) 「神経症」 主として生育史の上で形成された対人的感情の障害が素地となり,些細な困難に際して適応し難くなった状態を神経症とよぶ。これをさらに不安・恐怖・強迫などの諸症状群に分けるてとができる。
(6) 「精神薄弱」 種々の原因により精神発育が遅滞し,そのため自己の身辺のてとがらの処理や社会生活への適応が著しく困難になったものをいう。
(7) 「精神病質」 人格構造に関する発達障害やその他の異常傾向を精神病質と呼ぶ。しかし,精神病質は精神医学の分野で最も整理の遅れた概念で,時に精神障害のくずかでとこすらいわれる。精神身体症や神経症の多くはその素地に人格構造の異常を伴っており,またその他の精神障害も,しばしば発病前より著しい人格上の偏りを示している。そのどれを精神病質と呼び,どれを他の概念で処理するかは理論的にも臨床的にもむずかしい問題である。なお,精神病質という用語を用いず,異常人格あるいは人格障害とよぶ学者も多い。
 ところで,現行の精神衛生法(昭和二五年法律第一二三号)第三条では「精神障害者とは精神病者(中毒性精神病者を含む),精神薄弱者及び精神病質者をいう」と規定している。ここに掲げられている三種の精神障害と右に述べた七種の精神障害との関係はどうかといえば,右の七分類のうちの「外因性器質性」および「内因性」が同法にいう精神病に該当し,七分類のうちの「精神薄弱」および「精神病質」が同法にいうそれぞれ同名の精神障害に該当するものと解される。また,七分類中の「てんかん」は,その主症状により同法の精神病,精神薄弱または精神病質に当るものと解される。ところが,七分類中の「精神身体症」と「神経症」が,同法所定の精神障害に当ると解することには疑義がある。しかし,運用面では精神身体症者と神経症者も自傷他害のおそれある時には同法の適用(同法第二九条以下)を受けているように思われる。おそらくその症状の重い者は精神病者として,また病前性格にかたよりの認められる者は精神病質者として取り扱われていることと思われ,いまこのような運用を実質的に不当とはなしえないと考えるが,法解釈上疑義を有するので,現在この点をも含めた法改正措置が検討されているとのことである。
 なお,本書の説明においては,精神衛生法第三条の定義によることが多い。