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 昭和40年版 犯罪白書 第一編/第二章/一 

第二章 特殊な犯罪および犯罪者

一 選挙犯罪

 選挙犯罪とは,公の選挙に関して行なわれる犯罪で,これに対する罰則は,主として公職選挙法に規定されている。この法律は,衆議院議員,参議院議員ならびに地方公共団体の議会の議員および長の選挙などに適用されるが,このほかに,たとえば漁業法が海区漁業調整委員の選挙に公職選挙法を準用するとさだめているように,他の法律でこれを準用するものにも適用される。
 ところで,昭和三四年から昭和三八年までの五年間に施行された各種選挙のうち,その規模が全国的ともいうべきものは,
(1) 昭和三四年四月の統一地方選挙
(2) 同年六月の参議院議員通常選挙
(3) 昭和三五年一一月の衆議院議員総選挙
(4) 昭和三七年七月の参議院議員通常選挙
(5) 昭和三八年四月の統一地方選挙
(6) 同年一一月の衆議院議員総選挙
であり,最近五年間に検挙された選挙犯罪の大部分は,右に掲げた六つの選挙に関して行なわれたものである。そこで,これらの選挙に際し,全国の検察庁が受理した選挙犯罪の総数(通常受理のほか移送および再起によるものを含む)と,違反罪種別の内訳をみてみると,I-34表のとおりである。この表によると,受理人員数は,衆議院議員総選挙の際のものが約五万二千人ないし約五万三千人,参議院議員通常選挙の際のものが約一万六千人ないし約二万七千人,統一地方選挙の際のものが約八万九千人ないし約九万五千人となっているが,衆議院議員総選挙を除くその他の選挙においては,違反者の受理人員が選挙ごとにいずれも増加しているのが注目される。選挙違反の罪種別の内訳をみると,衆議院議員総選挙および統一地方選挙については,買収(供応,利害誘導,言論買収その他の買収を含む)が八八%ないし八九%を占めていて圧倒的に多く,文書違反(新聞紙,雑誌の頒布,掲示違反を含む)が二%ないし四%であるのに対し,参議院通常選挙については,買収の占める割合が四五%ないし六二%と,前者にくらべ少なくなっている反面,文書違反の占める割合が一八%ないし三九%と大きくなっているのが目だっている。このような相違は,参議院議員選挙の場合,一般に選挙区がひろく比較的に買収が困難で,その結果違法な文書による運動に走ろうとする傾向があるためと考えられる。なお,いずれの選挙においても,選挙犯罪中,最も悪質とされている買収の占める割合が逐年増加していることは憂慮すべき傾向といえよう。

I-34表 選挙違反の検察庁新受人員と率

 さらに,これら選挙犯罪の検察庁における終局処理人員について,違反者の資格別内訳をみると,I-35表のとおりである。

I-35表 選挙違反の資格別人員と率(昭和34〜38年)

 これによると,衆議院議員総選挙においては,選挙人が六四%ないし六八%と過半数を占め,一般選挙運動者(二九%ないし三三%),候補者(〇・二%)がこれに次いでおり,統一地方選挙も,ほぼ右と同じ割合を示している。これらと比較し,参議院議員通常選挙の場合は,一般選挙運動者が五〇%ないし五八%と多数を占め,選挙人がこれに次いで四〇%ないし四四%となっているが,かような相違も,すでに述べたような選挙区の広狭などの差違にもとづく選挙運動の方法の違いによるものであろう。
 次に,昭和三四年から昭和三八年までの五年間に全国の検察庁で終局処理した公職選挙法違反被疑者の総数と,その処理区分別をみると,I-36表のとおりである。この表によると,起訴率は最近五年間を通じ四〇%前後であり,また公判請求される者は総数の五%ないし七%である。この起訴率は,右五年間における道交違反を除く特別法犯の起訴率が五〇%前後であるのにくらべ,約一〇%程度低くなっているが,これは,検察庁の選挙犯罪に対する処分が,悪質事犯に対しては厳重処分の方針をとる反面,軽微な事犯に対しては処理がいたずらに苛酷にわたることのないよう留意されている結果と思われる。

I-36表 公職選挙法違反被疑者の終局処理人員と率(昭和34〜38年)

 次に,昭和三四年から昭和三八年までの五年間における選挙犯罪の裁判結果別の人員をI-37表でみると,第一審の有罪人員のうち自由刑に処せられた者は約〇・二%ないし約〇・八%で,うち約九六%は執行猶予つきである。このような高率の執行猶予は,刑法犯と特別法犯とを通じて,他にその例をみない。なお,選挙犯罪で罰金以上の刑に処せられた者に対しては,一部の軽微な事犯を除き,当然にまたは原則として公民権を停止すべきものとされているが,最高裁判所の資料(法曹時報第一六巻一〇号,昭和三八年における刑事事件の概況)によると,昭和三八年の有罪人員のうち公民権不停止の言渡を受けた者の割合は,通常第一審で一六・四%,略式手続で七・四%となっており,昭和三四年ないし昭和三六年の公民権不停止の割合が三〇%ないし四〇%であったのにくらべ,いちじるしく低下している。これは,昭和三七年五月の公職選挙法の一部改正により,買収等の悪質事犯について,公民権不停止を言い渡すことができなくなったことによるものと考えられる。

I-37表 選挙犯罪の第一審有罪人員(昭和34〜38年)

 また,右の公職選挙法の改正によって,検察官にいわゆる連座的当選無効訴訟の提起義務が認められたが,昭和三九年一二月三一日までに,この訴えの提起があったのは一三件である。このうち,第一審の高等裁判所で当選無効の判決のあったものが八件,被告本人に対する公職選挙法違反の判決が確定し,公民権が停止され,公職にある資格を失なったため訴えを取り下げたものが二件である。