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平成24年版 犯罪白書 第7編/第2章/第4節/1

第4節 刑務所出所者等の社会復帰支援における民間の協力・参加
1 特定の問題性に対応した処遇における連携

矯正施設に収容中の者や保護観察対象者には,薬物,アルコール,性犯罪,暴力団関係等様々な問題性が認められる。矯正施設や保護観察所では,こうした特定の問題性に対応した処遇を実施しているが,その問題性によっては,外部の機関や民間団体の援助,協力を得ることで,より大きな効果が期待できるため,従来から連携の拡充を模索してきた。

ここでは,その対象となる者が多く,また,近年特に他機関・団体との連携を進めている薬物事犯者にまず焦点を当て,次いで,アルコール及び窃盗癖の事例を紹介することとする。

(1)薬物事犯者に関する連携

薬物事犯者に対する処遇は,刑事施設においては特別改善指導のうち「薬物依存離脱指導」によるもの(第2編第4章第2節3項(2)参照),保護観察所においては「覚せい剤事犯者処遇プログラム」によるもの(第2編第5章第2節2項(3)イ(イ)参照)が,それぞれ中心となっている。これらの実施に当たっては,刑事施設と保護観察所が緊密な連携を図りつつ,大学・研究機関,ダルク(DARC:Drug Addiction Rehabilitation Center)等薬物依存症リハビリテーション施設や自助グループ(以下この項において「ダルク等」という。),精神保健福祉センター,医療機関等様々な民間の組織・団体の協力・参加が重視されている。

刑事施設及び保護観察所における指導・援助は,裁判で言い渡された期間内においてのみ実施できるものであり,受刑者はいずれ釈放されて地域の中で生活することとなる。また,保護観察対象者もその期間が経過した後は,保護観察官,保護司,更生保護施設職員等の指導下から離れる。薬物事犯者における,満期釈放後又は保護観察期間終了後における薬物に関連した問題に対しては,ダルク等,精神保健福祉センター,医療機関等民間の組織・団体における支援が必要に応じて行われることとなる。そのため,刑事施設や保護観察所では,受刑者又は保護観察対象者が地域支援へ移行した後を見据えて,指導・援助の一貫性や継続性を維持すべく,その指導・援助に当たっている。

以上の連携の概要を図にまとめたものが,7-2-4-1図である。


7-2-4-1図 薬物事犯者の処遇における連携
7-2-4-1図 薬物事犯者の処遇における連携

ア 刑事施設及び保護観察所における大学・研究機関との連携

刑事施設における薬物依存離脱指導,保護観察所における覚せい剤事犯者処遇プログラムは,いずれも標準化されたプログラムが策定されているが,その開発は,大学や研究機関に所属し,薬物依存の治療や研究に携わる心理学や精神医学の研究者,専門家の参画を得て行われた。また,処遇プログラムを効果的に実施するために,職員研修の講師としてこれらの研究者等を招くことも多い。

このほか,薬物依存離脱指導を実施する刑事施設に配置された臨床心理士等の薬物事犯者処遇カウンセラーは,受刑者に対する指導や薬物依存離脱指導を実施する刑事施設職員に対する助言を行っている。


イ 刑事施設におけるダルク等との連携

刑事施設においては,特別改善指導の一類型である薬物依存離脱指導を,矯正局が定めた標準プログラムに基づき,各刑事施設の実情に応じた実践プログラムを策定して実施しており,受刑者の問題性に応じて,ダルク等を招へいしてグループワークを中心とした指導や視聴覚教材とワークブックを組み合わせた指導が実施されている。

また,一部の施設においては,欧米諸国で実施され一定の効果が認められている認知行動療法に基づいた薬物依存回復プログラムを試行し,プログラムの充実を図っている。しかしながら,薬物依存からの回復は刑事施設の中だけでできるものではなく,断薬をした状態を維持し,更なる回復に向けて,出所後に対象者が関係機関の支援につながることが重要であり,現在も,ダルク等の協力を得て,社会の支援につなげられるよう努めており,今後も引き続き,関係機関との連携の拡充が不可欠である。


ウ 保護観察所におけるダルク等,精神保健福祉センター及び医療機関との連携

保護観察所においては,覚せい剤事犯者処遇プログラムによる指導や自発的意思に基づく簡易薬物検出検査の実施を通して断薬意志の維持等を図っているが,薬物依存の問題に対応するためには,保護観察所の行う処遇に加えて,地域において行われている覚せい剤等に対する依存の改善に資する援助等を受けさせたり,薬物依存のある保護観察対象者の引受人や家族に対して効果的な支援を行う必要があることから,近年,外部の専門家や民間の協力が重要視されている。

平成23年度から始まった,緊急的住居確保・自立支援対策(第2節2項(3)参照)に関連し,住居が定まらない薬物事犯の保護観察又は更生緊急保護の対象者については,自立準備ホームとして登録されたダルク等に宿泊場所の供与等を委託する取組が行われている。これに加えて,24年度からは,薬物依存回復訓練も委託できるようになった。これは,覚せい剤等の使用経験のある者のグループミーティングにおいて,保護観察対象者等が自らの体験を発言し,そして他者の体験を聴くことによって,薬物依存に至った自分の問題性について理解を深めるとともに,覚せい剤等に対する依存の影響を受けた生活習慣等を改善する方法を習得することを目的として,入所又は通所の形態で行うものである。

また,全国の保護観察所では,覚せい剤等の自己使用によって受刑中の者の家族その他の引受人を対象とした家族会・引受人会を実施している(第2編第5章第2節2項(3)イ(ア)参照)。平成23年度は,全国50全ての保護観察所において合計118回実施され,引受人や家族等関係者1,591人が受講した。また,講師等の協力者として,ダルク等の代表者・スタッフ,精神保健福祉センター職員,医療機関の精神科医・職員,薬物依存症の専門家(大学教授等)等の協力を得ている(法務省保護局の資料による。)。

(2)その他の連携事例

ここでは,アルコール及び窃盗癖の問題性を有する保護観察対象者の指導,援助に関して,他機関・団体と連携した事例を紹介することとする(なお,事例の内容は,個人の特定ができないようにする限度で,修正を加えている。)。


事例1 アルコールの問題性を有する保護観察付執行猶予者に関する連携事例

A男(30歳代)は,傷害(飲酒の上で職場同僚を殴ってけがを負わせた。)及び道路交通法違反(飲酒運転)の罪により,保護観察付執行猶予の判決を受け,特別遵守事項により飲酒運転防止プログラム(第2編第5章第2節2項(3)イ(イ)参照)の受講が義務付けられた。保護観察官との面接により,アルコール依存症の疑いが高いと判断されたが,プログラム開始当初,A男はそれを認めようとしなかった。第3回プログラムにおいて,保護観察官は,アルコールが心身にもたらす影響を丁寧に説明した。また,アルコール依存症者のための民間自助グループに関する情報を提供するとともに,次回プログラムまでに,自宅近くのグループについて自分で調べてくるように指示した。第4回プログラムの際,「自宅近くの公民館で,断酒会を実施していることを知り,早速参加してみました。」と報告した。第5回の最終プログラムにおいて,「第3回プログラムでアルコール依存症の勉強をしたのがとても印象に残り,このままではだめだと思い,断酒の決意を新たにしました。これからも,断酒会に参加し続けます。」と述べていた。


事例2 アルコールの問題性を有する仮釈放者に関する連携事例

B男(40歳代)は,窃盗及び道路交通法違反の罪(飲酒の上で自動車を盗み,その状態で運転した。)により,実刑判決を受けて受刑した。家族とは疎遠であり,受刑前に通所していた,特定非営利活動法人であるC県内のマック(MAC:Maryknoll Alcohol Center)が運営するアルコール依存症リハビリテーション施設を居住すべき住居として仮釈放が許可された。仮釈放後,施設における1日3回のミーティングに参加するとともに,2週間に1回の頻度で保護観察所に出頭して,特別遵守事項により義務付けられた飲酒運転防止プログラムを受講した。また,保護司が定期的に施設を訪問して,スタッフと面談した。仮釈放から2か月後に,施設のスタッフ及び保護観察官の勧めにより,アルコール依存症の診察のため県立精神医療センターを受診し,同センターの精神科医から「ここに来るだけで気持ちが引き締められるので,まずは定期的に診察を受けることが,断酒の第一歩である。」との説明を受け,B男はそれに従い,受診を継続した。その後飲酒はなく,施設での生活において特段問題もなく経過し,保護観察期間満了直前に就職先が決定し,保護観察が終了して間もなく,施設から退所して住み込みで働き始めた。


事例3 窃盗癖の問題性を有する保護観察付執行猶予者に関する連携事例

北関東に位置するD病院(アルコール及び薬物依存症専門治療施設)に入院又は通院する患者の中には,摂食障害(いわゆる拒食症,過食症,むちゃ食いといった食行動に関する障害)を合併している者が多く,その中には,更に,万引きを繰り返す窃盗癖(クレプトマニア)を合併している者も多い。そこで,D病院では,毎週2回,窃盗癖の患者向けのグループミーティング(うち毎月2回は,窃盗癖からの回復者が講師となる。)を取り入れている。

西日本に居住するE子(50歳代)は,アルコール依存症と摂食障害を有しており,食料品の万引きにより何度も検挙され,5回目の事件により保護観察付執行猶予の判決が言い渡された。そして,夫のもとを離れて入院したD病院を住居として保護観察が開始された。毎月2回,保護観察官がD病院を訪問してE子と面談するとともに,担当のケースワーカーと協議を続けた。E子の治療プログラムは,当初3か月間の予定であったが,入院3か月後に,他人の病室に勝手に入り冷蔵庫の食料品を無断で食べたため,治療プログラムが延長された。その後は順調に推移し,入院9か月後にD病院を退院し,夫のもとに転居した。