ア 職業訓練
(ア)職業訓練の意義・目的等
刑事施設では,職業訓練を実施している(第2編第4章第2節2項(5)参照)。職業訓練は,受刑者に職業に関する免許や資格を取得させ,又は職業上有用な知識や技能を習得させることを目的としており,矯正処遇である作業として実施され,受刑者の釈放後の就労に役立たせ,職業人として更生させることを目指して行われる。
再犯防止のためには,刑務所出所者等の就労を確保し,釈放後の社会生活の基盤を安定させることが不可欠であるため,平成18年度から,法務省と厚生労働省とが連携し,「刑務所出所者等総合的就労支援対策」を実施しているところであるが(2項参照),刑事施設内での就労支援策の一つとして,刑務作業の分野においては,「雇用情勢に応じた職業訓練」を実施することとし,既存の職業訓練の内容を確認して見直しを図るとともに,有効求人倍率等を参考に,将来的に雇用が見込まれる職種を新たな職業訓練の種目として取り入れ,社会の雇用ニーズに合致した訓練を順次開設している。さらに,今後は,雇用する側の企業や雇用主が,どのようなスキルを有する受刑者であれば雇用するかといった視点も含め,職業訓練の充実に努めることとしている。
職業訓練に対する受刑者の意識は,平成21年度の「受刑者に対する釈放時アンケート」(法務省矯正局)によると,職業訓練を受けた者のうち,「職業訓練を受けたことが社会復帰に役立つ」と回答した割合は,男子が約65%,女子が約74%に及んでおり,職業訓練を受けなかった者も,「職業訓練を受けたかった」との回答が,男女ともに6割を超えている。また,受けたかった職業訓練の種目は,男子では,コンピュータ関係が約33%と最も高く,次いで建築関係,自動車関係であり,女子では,福祉関係が約38%と最も高く,次いでコンピュータ関係であった。
なお,職業訓練の実施に当たっては,高度な技術指導が必要となることから,主に作業専門官(作業の技術指導等を行う刑事施設職員)や民間の専門家が指導に当たっており,受刑者の職業的技術・能力の向上を図っている。
(イ)職業訓練の沿革,発展
職業訓練の沿革を見ると,明治41年に施行された監獄法下において,職業教育の一態様として,建築土木,ブリキ工等の実習訓練が行われるようになったのが始まりである。この時点においては,その訓練の目的は,刑事施設における作業運営のために必要な技能者の養成というものであったが,次第に社会復帰に有益な方策の一つとして職業訓練が拡大されていった。
昭和33年に「職業訓練法」(昭和33年5月2日法律第133号)が公布され,技能検定が国家検定制度として規定された。受刑者の職業訓練修了者に,同法に基づく技能検定を受験させるためには,受刑者の職業訓練が一般社会における職業訓練と同等に扱われる必要があったことから,作業専門官に同法に基づく職業訓練指導員の免許を取得させるなど,指導体制等を向上させた結果,34年9月,労働省告示をもって,受刑者職業訓練修了者に対しても,同法に基づく技能検定試験の受験資格が与えられることになり,一般社会の職業訓練と同等に扱われるようになった。
職業訓練の種目数の推移を見ると,昭和50年度には,理容科,美容科など12種目,定員1,072人であったが,60年度には,13種目(1種目廃止,2種目追加,定員は同じ)となり,平成10年度には,20種目(7種目追加),定員1,500人,15年度には,21種目(1種目追加),定員1,684人となった。
平成18年度からは,「刑務所出所者等総合的就労支援対策」の一環として,「雇用情勢に応じた職業訓練」を実施することとなり,溶接科,情報処理技術科,ホームヘルパー科(従来は「介護サービス科」の名称で実施)等の種目について,順次,訓練内容を見直して充実化を図るとともに,定員が大幅に増員された。また,最近の新設種目を見ると,21年度には,電気工事士免許の取得を目指す電気通信設備科(従来の電気工事科から移行),内装リフォーム業等の技術を習得する内装施工科(左官科から移行)及び建築塗装科(木工科から移行),22年度には,建設現場での雇用ニーズが高い多能工を養成する建設く体工事科,23年度には,クリーニング科が開設されるなど職業訓練の充実強化を図っている。同年度には,刑事施設60庁において31種目の職業訓練を実施し,その訓練定員は4,559人となっている(PFI手法により運営されている刑事施設を除く。)(7-2-1-1表参照)。また,資格・免許の取得状況は,7-2-1-2表のとおりである(PFI手法により運営されている刑事施設を含む。)。
結果として,昭和50年度と平成23年度について,職業訓練計画を比較すると,種目数が19種目,訓練定員が約3,500人増加するに至っており,また,受刑者の一日平均収容人員に対する職業訓練定員の比率を比較すると,昭和50年が2.8%(一日平均収容人員3万7,850人,職業訓練定員1,072人)であったのに対し,平成23年は7.3パーセント(同6万2,432人,4,559人)となっており,受刑者の職業訓練受講機会の拡大が図られている(矯正統計年報及び法務省矯正局の資料による。)。
平成22年度に開設された建設く体工事科職業訓練は,足場組立・型枠組立・鉄筋組立及び各解体の技能に加え,初歩的な図面の読み書き,測量機器の操作方法について学ばせるほか,小型移動式クレーン技能講習修了証及び玉掛け技能講習修了証の資格を取得させることにより,建設く体工事に関する一連の知識や技能を習得させることを目的とした職業訓練である。
同訓練においては,仮設工事,型枠工事,鉄筋工事,測量基礎等における関係法令や製図の基礎等の学科及び実習により,社会需要の高い「多能工」を育成するための実践的なカリキュラムを実施している。また,これら訓練カリキュラムの実施に当たっては,高度に専門的な知識や技能が必要であるため,民間講師(技術指導者)の協力を得て実施している。平成23年度においては,刑事施設5庁で58人に対して同訓練を実施した。
PFI施設(第2編第4章第5節参照)においては,民間のノウハウを取り入れ,特徴のある職業訓練を実施しているが,社会復帰後に職業人として生活する上で基本となる項目等について,全受刑者を対象とした職業訓練も実施している。例えば,播磨社会復帰促進センターにおいては,全受刑者を対象に,作業安全衛生,ビジネスライティング,職業人の常識などの知識の付与・意識付けを行うための学科並びにタッチタイピングやパソコン基本操作能力を付与するための実技から成る共通基礎コース科職業訓練を実施している。
イ 就労に関する指導
(ア)刑執行開始時の指導・釈放前の指導
刑事施設では,刑執行開始時の指導(第2編第4章第2節3項(1)参照)において,就労支援の制度について説明して周知し,入所の早い段階から,釈放後の就労や生活基盤の確立に向けた動機付けを行い,受刑生活を通して就労について考えさせ,改善更生と円滑な社会復帰へ向けた目標達成の努力を促している。
また,釈放前の指導(第2編第4章第2節3項(4)参照)においても,社会復帰後の就労に関し,就労に当たっての心構えや,職業安定法等の関係法令,雇用・賃金等の経済状況,公共職業安定所(ハローワーク)の概要などについて指導をしている。
(イ)一般改善指導
刑事施設においては,後記(ウ)以外の改善指導として,一般改善指導を実施している(第2編第4章第2節3項(2)参照)。その一つとして,釈放後の生活設計に必要な情報について理解させるとともに,職業生活において求められる協調性,規則を遵守する精神,行動様式等を身に付けさせるため,社会復帰支援指導(通信教育,実務講座,面接等の方法による資格取得,職業意識・知識の付与,生活設計・社会復帰への心構えに関する指導)や対人関係円滑化指導(生活技能訓練(SST),面接等の方法による家庭,職場等で円滑な人間関係を維持するために必要な対人スキルの指導)等を行っている。
(ウ)特別改善指導
刑事施設においては,就労が安定しないことなどにより,改善更生及び円滑な社会復帰に支障があると認められる受刑者に対して,特別改善指導として,次のとおり「就労支援指導」を実施している(第2編第4章第2節3項(2)参照)。
刑事施設においては,職業訓練を受け,釈放後の就労を予定している者,又は,釈放の見込日からおおむね1年以内で,稼働能力・就労意欲を有し,公共職業安定所による就労支援を受ける意思がある者のうち,本指導が必要であると認められる者に対して,社会復帰後に就労した職場で円滑な人間関係を保ち,仕事が長続きすることを目的として,就労支援指導を行っている。
指導の時間は,5日間を標準に,1単元50分の指導を10単元実施している。指導者は,刑事施設の職員のほか,外部のSST指導者等の協力を得ており,指導方法は,SST,講義,視聴覚教材視聴等を適宜組み合わせて実施している。
標準となるプログラムは,次のとおりである。<1>初めに,受講の目的と意義,職業人として社会生活を営む上で必要な基礎知識(賃金・求人求職の状況等)を理解させる(講義),<2>これまでの就労生活を振り返らせ,自己の問題点について考えさせる(講義,討議),<3>職業人として社会生活を営む上で必要な基本的スキル(円滑なコミュニケーションの方法等)及びマナー(あいさつ,身だしなみ,電話応対の仕方等)について習得させる(講義,演習,視聴覚教材の視聴,SST等)。また,職場で危機的な場面に陥った場合の対処法について,SSTを通じて,具体的・実践的に習得させる,<4>最後に,就労に向けての取組として,履歴書の書き方,面接のポイント等,出所後の就職活動における手続に関する知識や技能を習得させ,実際に就労生活を始めてからの心構え等について理解させる。さらに,出所後の生活計画を立てさせ,その実現のための具体的な方法を考えさせる(講義,演習,視聴覚教材の視聴,SST,課題作成,意見発表,討議)。
(エ)就労支援スタッフ
矯正施設においては,平成18年度から,キャリアコンサルタントや産業カウンセラー等の資格を有する就労支援スタッフを配置し,受刑者等に対して,仕事に対する正しい理解や自己の職業適性の理解を促し,今後の職業生活や能力開発に関する目標設定の援助や動機付けを行うとともに,個々のニーズに応じた職業情報の取得,職場での人間関係の在り方など具体的な就労場面を想定した助言指導や,公共職業安定所や企業との連絡調整などを行っている。就労支援スタッフは,前記(ア)の刑執行開始時の指導・釈放前の指導や,(ウ)の特別改善指導「就労支援指導」における指導等にも従事している。
就労支援スタッフの配置状況は,7-2-1-3表のとおりであり,順次拡大されている。
ウ 基礎学力の付与
入所受刑者の教育程度の推移は,7-2-1-4図のとおりである。学校基本調査(文部科学省の統計)によれば,平成23年度の高等学校等及び大学・短期大学への進学率は,それぞれ98.2%,56.7%であり,一般と比べて受刑者の教育程度は極めて低い水準にある。教育程度の低さは,例えば高等学校卒業資格のないことが就職の妨げになったり,学校教育において身に付けるべき社会生活に必要な基礎学力・知識の不足が就労に必要な技術・技能を身に付ける上で困難を生じたり,対人関係の面で職場不適応を招くなど,安定した就労を確保する上で問題となりやすい。
このような状況を改善するために,犯罪対策閣僚会議の下に設置された再犯防止対策ワーキングチームにおいて平成23年7月に決定された「刑務所出所者等の再犯防止に向けた当面の取組」においては,就労に資する基礎学力の向上策として,専門的知識を有する元教員等の外部の専門家(受刑者教育支援スタッフ)の拡充や,高等学校卒業程度認定試験等資格取得の実施体制を強化することが挙げられた。受刑者教育支援スタッフが配置されている刑事施設は,24年度には従来の32庁から64庁に拡大され,補習教科指導や特別教科指導の充実が図られている(第2編第4章第2節3項(3)参照)。
また,刑事施設においては,相当と認めるときは,当該受刑者を刑事施設内に設置した中学校に入学させることや,通信課程の高等学校又は大学に入学させることができるとされており,平成24年度は,中学校入学者が8人,高等学校入学者が19人であった(法務省矯正局の資料による。)。
松本少年刑務所には,我が国唯一の刑事施設内に設置された中学校である「桐分校」と,通信制課程の高等学校が設置されている。
1 桐分校
全国の刑事施設に収容されている義務教育未修了者のうち希望者を中学3年生に編入している。地元公立中学本校教諭及び法務教官(松本少年刑務所職員)等が,文部科学省が定めるカリキュラムに従って,週5日,1日7時間の指導を行っているほか,夜間には自主学習も課せられている。中学校卒業が認定された者には卒業式が行われ,地元中学校長から一人ひとりに卒業証書が手渡される。対象者は,基礎学力の向上だけでなく,地道な努力の積み重ねの大切さや達成時の喜びなどを実感し,更生意欲の向上にも貢献している。
2 特別教科指導
全国の刑事施設に対して希望者を募集し,通信制課程の高等学校教育を実施しており,所定の課程を修了した者には,高等学校の卒業証書が授与される。通信制課程の運営に当たっては,県立高等学校の非常勤講師の発令を受けている教育専門官(松本少年刑務所職員)が中心となって指導を行っているほか,高等学校教諭が来所してのスクーリングも実施されている。対象者は,熱心に学習に取り組んでおり,高等学校卒業後は,職業訓練に進む者が多い。
少年院では,在院者を社会生活に適応させるため,規律ある生活の下で,矯正教育の一領域として職業訓練を含む職業補導を実施している。職業補導の目的は,職業についての知識・技能及びこれを応用する能力を付与することだけでなく,勤労意欲の喚起や勤労を重んじる態度を培うことなどにもある。7-2-1-5図は,平成23年の出院者の職業補導受講種目を示したものである。出院者の94.8%(3,435人)の者が何らかの職業補導を受けている(第3編第2章第4節2項(2)イ参照)。なお,職業訓練は,職業能力開発促進法に定められた職業訓練を行うほか,電気工事士,自動車整備士等の関係法令等に基づく技能訓練,技能講習を行い,その資格取得を目指すものである。特に,指定された一部の少年院においては,一年間の長期職業訓練を実施しており,ガス溶接,アーク溶接のほかステンレス鋼等の溶接実習を行うなど他の少年院に比して高度な職業訓練を実施している。
また,少年院では,施設内での職業補導のみならず,製造業や福祉施設等の事業所に通勤して行う院外委嘱職業補導も実施しており,平成23年の出院者のうち82人の者が経験している(矯正統計年報による。)。ある少年院では,出院の近い少年を対象に2週間程度の院外委嘱職業補導を近隣の事業所において実施している。事業所では,一般の社員に準じた勤務時間や勤務内容が用意されており,院外委嘱職業補導を経験した少年たちからは,「働くことの厳しさを学んだ。」,「出院後の生活の具体的なイメージがつかめた。」などの感想が聞かれ,出院後の就労に向けた意識の向上に大きく役立っている。
少年院在院者には,家庭環境に恵まれず,学校教育からも早期に離脱してしまった者が多く,本来であれば,家庭や学校教育の場で身に付けることが期待されている社会生活を営む上で必要とされる常識や基本的なマナーが身に付いていない者が少なくない。逸脱した生活の中で,ゆがんだ対人関係の持ち方やルーズな金銭感覚等を身に付けてしまっている者もいるため,これらの問題を解決して再非行を抑止し,将来職業人として安定した社会生活を営むために,出院後の生活において直面する問題解決場面や危機対処場面を想定し,社会生活を営む上で必要とされる常識や基本的なマナー,職場や学校,家庭等における適応の仕方を学ばせるため,SSTやグループワーク等を活用した社会適応訓練を活発に実施している。
そのほか,社会人としての意識を高めさせるため,<1>社会には多様な職業があることを学ばせ,職業選択の幅を広げさせるとともに,職業人としての心構えや在り方について考えさせるキャリアカウンセラー等の外部講師による職業講話,<2>一般社会の職場で体験的に働くことによって,責任をもって仕事をやり遂げることや,上司や同僚と協力しあうことの大切さを理解させ,職業意識を向上させる職業体験実習,<3>対価を求めずに人のために行動することの尊さや,社会的弱者へのいたわりの気持ち,助け合って生活していくことの大切さ等を学ばせ,社会の一員として責任感を醸成する社会奉仕活動等を,それぞれの施設において実施している。
さらに,在院者の更生には保護者の果たす役割も大きいことから,保護者に対しても,入院後の早い段階から保護者会や面会等の機会を利用して,就労の意義や重要性,求職活動の方法等について説明し,保護者の積極的な協力が得られるように働き掛けている。
なお,少年院においても,平成18年度から就労支援スタッフが配置され,在院者に対する就労支援を行っている(本項(1)イ(エ)参照)。