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 平成18年版 犯罪白書 第6編/第6章/1 

1 刑事政策に関連する新たな動き

 近時,一般刑法犯の認知件数が急増し,平成14年には戦後最多を記録するなど犯罪情勢が急速に悪化した。政府は,このような犯罪情勢やこれに伴う国民の犯罪に対する不安の深刻化等を背景として,15年12月,犯罪対策閣僚会議において,「犯罪に強い社会の実現のための行動計画(以下,「行動計画」という。)」を策定した。
 本特集においては,この行動計画の概要のほか,刑事政策や治安回復に関連する領域における新たな動きを広く紹介した。その主なものを概観すると,次のとおりである。
 犯罪情勢の急速な悪化や犯罪に対する不安の高まりを受け,地域社会においては,地域住民の自主防犯意識が高まり,地域住民による犯罪予防活動が活発化している。多数の防犯ボランティア団体が結成され,防犯パトロール等の防犯活動が盛んに行われている。そして,行動計画に基づき,こうした活動に対する関係諸機関の支援の強化と併せて,犯罪の生じにくい社会環境の整備という視点に着目した犯罪抑止対策も推進されている。
 一方,犯罪に対する刑罰に関しては,新たな情勢に対応した刑法等の改正が行われ,明治40年に現行刑法が制定されてから変更が加えられることのなかった有期刑の法定刑の上限及び加重又は減軽に係る処断刑の上限が引き上げられた。また,窃盗,公務執行妨害等の罪に罰金刑を新設する改正も行われ,これらの改正によって,犯罪情勢等に対応して幅の広い科刑や処分を行うことが可能となった。現に,裁判所の量刑に変化が生じていることがうかがえる。
 このほか,犯罪の国際化や組織化,少年非行に対する対応等に関し,新たな立法等に向けた取組が行われている。
 刑事政策上の重要課題である犯罪被害者等のための施策に関しては,その基本理念を明らかとする犯罪被害者等基本法が平成17年4月に施行され,同法律に基づき同年12月に犯罪被害者等基本計画が策定された。これにより,政府を挙げて総合的な犯罪被害者等のための対策が策定,実施されつつある。
 犯罪者に対する処遇の分野について見ると,まず,施設内処遇に関しては,明治41年に制定された旧監獄法を全面的に改める受刑者処遇法が平成18年5月から施行され,この法律において,受刑者の改善更生及び円滑な社会復帰を図ることが受刑者処遇の基本理念であることが明らかにされた。そして,受刑者処遇の中核として矯正処遇の概念が導入され,「作業」,「改善指導」,「教科指導」の3種類を中心として矯正処遇を実施すること1とされた。また,矯正処遇を受けることが受刑者の法律上の義務と定められ,矯正処遇の法律上の位置付けが明確なものとされた。
 この法律の下で,受刑者処遇の充実,強化のための取組が従前よりも更に強力に推進されつつある。
 次に,社会内処遇に関しては,保護観察対象者による重大再犯事件の発生等を受け,更生保護の現状,取り分け,その再犯防止機能に国民の厳しい目が向けられた。これを契機として,平成17年7月,法務省に「更生保護のあり方を考える有識者会議」が発足した。18年6月,同会議が法務大臣に提出した「更生保護制度改革の提言」は,現行の更生保護制度全般に関し,その改革の方向を具体的に示したものであり,これに沿って,強じんな保護観察の実現を目指し,社会内処遇制度の改革,見直しが進められようとしている。
 また,性犯罪前科を有する者による女児誘拐殺人事件の発生を機に,性犯罪者の再犯防止のための処遇の強化を求める声が高まり,これを受けて,法務省は,平成18年度から,矯正,更生保護を通じて,受刑者又は保護観察対象者である性犯罪者に対し,性犯罪者処遇プログラムの実施を開始した。同プログラムは,認知行動療法を取り入れた科学的,体系的な再犯防止プログラムである。このような処遇プログラムが全国的な規模で組織的に実施されるのは,我が国においては初めてのことである。
 以上のほかにも,来日外国人犯罪対策として不法入国・不法滞在対策等が推進され,また,犯罪や非行を犯した者の円滑な社会復帰を促進するため,矯正局,保護局及び厚生労働省が連携した就労支援対策が実施されるなど,様々な新たな取組が行われている。
 そして,刑事政策に関わる刑事司法の分野における動きとしては,司法制度改革の進展が挙げられる。刑事司法の分野においては,裁判員制度の導入が極めて重要な改革であり,間近に迫った同制度の実施に備え,裁判員が裁判に参加しやすくするための環境作り等の取組が進められている。