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 平成18年版 犯罪白書 第6編/第4章/第5節/4 

4 カナダ

(1) 性犯罪の概要

 カナダでは,連邦刑事法典(Criminal Code)がすべての州に適用される。連邦刑事法典上の性犯罪(sexual offences)は,「性的暴行(sexual assault)」及びその他性犯罪(性的暴行以外の性犯罪をいう。)に区分される。性的暴行とは,被害者である男女の意思に基づかないで,性交を含む性的接触を行うことをいう。性的暴行に対する処罰は,性的行為の強要手段である暴行の程度に対応して3段階に区分され,略式手続による刑事処分から無期の拘禁刑まで幅のある選択肢が用意されている。具体的には,[1]被害者に軽傷を負わせるか又は傷害を伴わない性的暴行(以下本項において,「レベル1」という。),[2]被害者に対して,武器を用いるなどし,脅迫を行い又は傷害([1]及び[3]の程度の傷害を除く。)を伴うなどの性的暴行(「レベル2」という。),[3]被害者に重度の負傷等や顔等の美観損傷を負わせ又は被害者の生命を危険にさらすことを伴う性的暴行(「レベル3」という。)に対応した処分が設けられている。
 その他性犯罪は,性的暴行とは別に規定が設けられている。18歳未満の児童に対するものとしては,[4]14歳未満の者に,性的な意図を持って,身体の一部又は道具を用いて接触すること,[5][4]を行うための勧誘,教唆等,[6]14歳以上18歳未満の者を扶養する立場等にある者が行うこれらの行為等がある。

(2) 性犯罪の動向

 カナダにおける性犯罪の認知件数の推移(最近10年間)は,6-4-5-4図のとおりである。性犯罪の認知件数は,総数及び各類型別,いずれも減少傾向にある。その中で,レベル1の比率が,一貫して85%以上を占めている。

6-4-5-4図 性犯罪の認知件数の推移(カナダ)

(3) 性犯罪対策

 カナダにおける性犯罪対策として,[1]長期間の拘禁によって社会の安全を確保するための特殊な不定期刑制度,[2]施設内での性犯罪者処遇プログラム,[3]性犯罪者に対する社会内処遇(保護観察),[4]仮釈放に基づく保護観察期間の満了後又は刑期の満了後の長期間社会内指導監督制度,[5]特殊な行為制限命令(Sureties to keep the peace),[6]警察による性犯罪の検挙を容易化するための性犯罪者情報登録制度を紹介する。

ア 特殊な不定期刑制度―「危険な犯罪者」認定制度

 一定の犯罪に対する有罪の認定後,刑の量定前に,検察官の申請により,裁判所が60日以内の鑑定留置を命じ,その鑑定結果を受けて,裁判所が「危険な犯罪者(Dangerous Offenders)」と認定した場合,刑期の上限の定めのない絶対的不定期刑を宣告する制度である。認定の要件は,性的暴行により有罪を認定された者の場合においては,自己の性的衝動を抑制できず,そのため将来他者への害悪を引き起こす危険性があると認められることである。この制度では,刑の執行開始後7年を経過すると,全国仮釈放委員会(National Parole Board)が,仮釈放の可否を審査し,仮釈放不可となった場合には,以後2年ごとに仮釈放の可否の審査を繰り返す。絶対的不定期刑制度であるため,仮釈放なき終身刑と同様の運用を行うことが可能である。2005年5月現在,「危険な犯罪者」に認定された者は,336名であった。このうち17名が仮釈放中,319名が拘禁中であった(連邦公共安全及び緊急事態準備庁の資料による。)。

イ 施設内における性犯罪者処遇プログラム(連邦刑務所)

 性犯罪者処遇プログラムは,再発防止(relapse prevention)を主たる目標とした認知行動療法の理論に基づくアプローチを中核として多彩なプログラムから構成されており,グループワークを中心として実施され,必要に応じて個別処遇が追加される。
 性犯罪者は,刑務所入所時に行われる性犯罪者危険性評価(Sex Offender Risk Assessment, SORA)の結果に応じ,高密度,中密度又は低密度の性犯罪者処遇プログラムを受ける。性犯罪者危険性評価は,性犯罪者の静的再犯危険性を評価するStatic-99,動的再犯危険性を評価するStable-2000(長期的可変要因を測定)及びAcute-2000(短期的可変要因を測定)という3つの評価基準から得られる評価点数について,最後に統計的な統合処理を行って,性犯罪者処遇の緊急度及び密度を決定する。

ウ 性犯罪者に対する社会内処遇(保護観察)

 保護観察所が性犯罪者に対して行う社会内処遇には,仮釈放者に対する処遇,仮釈放後,通常の保護観察に移行する前の中間処遇施設(halfway house)における処遇及びプロベーション命令を受けた者に対して行う処遇がある。プロベーション命令対象者に対しては,保護観察官が専門家の支援を受けて自ら再発防止プログラムによる処遇を行うほか,医療機関に委託して薬物療法を併用する場合等が含まれる。
 カナダの仮釈放制度は,全国仮釈放委員会により個別に仮釈放が決定される正式仮釈放(Full Parole)と一定期間の経過によって,全国仮釈放委員会の決定を経ることなく,自動的に仮釈放される法定釈放(Statutory Release)に大別される。法定釈放の場合,法定期間(刑期の3分の2)を経過した時点で受刑者は仮釈放され,保護観察所による処遇の対象となる。しかし,この例外として,連邦矯正保護局から勧告を受けた受刑者に関して,児童を対象とした性犯罪等を行うおそれがあると全国仮釈放委員会が判断した場合は,同委員会は,法定釈放日を超えて当該受刑者の拘禁を続ける旨の決定をすることができる。性犯罪者等の仮釈放に際しては,この厳格な手続が適用される場合がある。

エ 長期間社会内指導監督制度

 この制度は,一定の性犯罪者等について,刑期満了後も,裁判所の命令に基づいて10年以下の期間,社会内での指導監督の対象とする。対象となるのは,前記の「危険な犯罪者」の認定基準を満たさなかった者のうち,仮釈放期間満了後又は刑期満了による釈放後も相当期間社会内での指導監督を継続する必要があると認められたものである。具体的には,「危険な犯罪者」の認定基準は満たさないが,一定の性犯罪等により有罪を認定された者について,同種再犯により,将来他者への害悪を引き起こす危険性等があり,「長期犯罪者(Long-term Offender)」と認定した場合,裁判所は,最低2年以上の拘禁刑の言渡しと併せて「長期指導監督命令(Long-term Supervision Order)」を期間を定めて言い渡す。残刑執行主義の仮釈放制度が抱える限界を克服して,社会内において必要と認められる期間,刑期満了後も指導監督を継続することができる。2004年度(会計年度)においては,長期指導監督命令の対象者は94名であった。このうち,性犯罪者の比率は,81.9%であり,最近4年間おおむね80%を超えている(全国仮釈放委員会の資料による)。長期指導監督命令の対象者が釈放される際,全国仮釈放委員会は各種の遵守事項を定めることができ,その違反は,新たな犯罪として,10年以下の拘禁刑等の処罰の対象となる。

オ 性犯罪者等に対する特殊な行為制限命令

 14歳未満の者に対し,将来,性犯罪に及ぶ危険性のある者等に対して,その危険性を恐れる者又はその代理人の申請に基づき,裁判官は,対象者に正式誓約書(recognizance)を提出させて,12か月以下の期間,遵守事項を課することができる。遵守事項に違反すると,犯罪として,2年以下の拘禁刑等の処分の対象となる。

カ 性犯罪者の情報登録制度

 連邦性犯罪者情報登録法は,2004年4月1日に成立し,同年12月15日に施行された。この法律は,警察による性犯罪捜査の支援を目的としており,登録された情報を一般へ公開することを目的とするものではない。この制度は,一定の性犯罪につき有罪の宣告を受けた者に対して,住所等の届出義務を課すもので,届出義務の存続期間は,宣告刑の重さに応じて10年,20年又は終身となっている。届出義務に違反すると,処罰の対象となる。