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 平成17年版 犯罪白書 第4編/第7章 

第7章 おわりに

1.少年非行を特集として取り上げた昭和56年版犯罪白書は,我が国と欧米諸国の少年非行の動向について国際比較を試みている。その結果,戦後の少年非行のピークを迎えつつあった昭和50年代半ばにおいても,少年非行の統計数値を比較する限りでは,当時の我が国は,欧米諸国よりも低い水準にとどまっていた。同白書は,この理由について,「犯罪発生率が低く,治安が良好な我が国の現実を反映するものであろう」とし,「民族的・文化的同質性,家族・地域社会など社会集団の連帯性,経済の発展と雇用機会の増大,教育の高い水準と機会均等,国民の勤勉性と上昇指向,全般的な社会的安定性など我が国固有の社会的・文化的特質によるものであろう」と述べている。ここからは,少年非行のピーク時であっても,なお欧米諸国と比較して,我が国固有の社会的・文化的特質によって少年非行が低い水準に抑制されているという「安心感」が存在していたことがうかがわれる。
 しかし,同白書が「最近の少年非行の実情から見ると,我が国固有の前記社会的・文化的特質も,現代の社会的変化とともに,変容を余儀なくされつつあるようにも見受けられる」と指摘し,将来への強い危惧を表明していた点にも注意しなければならない。
2.昨年の平成16年版犯罪白書では,国民の価値観や生活様式の多様化,家族的結合や地域社会の連帯意識の希薄化等から,社会それ自体の有する犯罪抑止機能が多くの点で低下し,かつての「平穏な時代」から現在の「犯罪多発社会」へと我が国の社会がこの30年間に大きく変化してきていることを指摘した。
 青少年を取り巻く環境も大きく変化し,消費社会化,情報化等の急速な進行により,青少年も消費社会の一員として大人社会に否応なしに組み込まれ,物質的な欲求充足への刺激・誘惑を強く受けている。また,経済環境の激しい変動の下,非正規雇用や転職の増加等,労働面における多様化及び流動化が進んでいる。
 こうした我が国社会の変化は,かつて非行抑止機能として働いた我が国固有の社会的・文化的特質を変容させ,青少年の社会的な自立の遅れ等の新たな問題を生じさせた。これに加え,社会の耳目を集める少年による特異な凶悪犯罪が散見されること等から,少年非行に対する国民の不安感が広がってきているように思われる。
3.こうした状況を踏まえ,本特集では,まず我が国の少年非行の動向と非行少年の資質等を分析することが重要であると考えた。
 我が国の少年非行の現状は,少年刑法犯検挙人員の人口比(本編第2章第1節1参照)を見ると,昭和50年代後半ころに次ぐ高水準にあり,量的には,今後も予断を許さない状況にあると思われる。
 また,法務総合研究所が実施した調査に基づく非行少年の質的分析では,人に対する思いやりに欠けるなどの資質面での問題性が大きくなっていること,甘えの通用する狭い人間関係の中にとどまろうとするなどの対人関係面での問題性がうかがわれること,指導力に問題のある保護者が増えてきていること等を挙げ,これらを踏まえ,[1]人の痛みに対する共感性を育てる処遇[2]集団場面を活用した処遇[3]保護者の自発的対応を促す働き掛けが重要になっていることを指摘した。
4.本特集は,こうした非行少年の量的,質的な状況に,刑事司法がどのように対応しているのかを,できるだけ分かりやすく説明し,有益な情報を国民に向けて発信することをねらいの一つとした。次代を担う少年を非行から立ち直らせるために,刑事司法が,事案の全容をどのように解明し,どのような処分を行っているのか,保護処分又は刑事処分となった少年に対して矯正施設内又は社会内でどのような処遇を行っているのか,少年の保護者に対してどのような働き掛け等を行っているのかなどについて,具体的データを多数取り上げて説明し,併せて,諸外国における少年非行の動向,少年非行に係る司法制度等を紹介した。
5.本特集で取り上げた少年非行問題は,国民の関心も高く,現下の刑事政策上の最も重要な課題の一つである。本年3月には,少年非行の現状に適切に対応するため,14歳未満の少年の少年院送致を可能とすること等を盛り込んだ少年法等の一部を改正する法律案が国会に提出されるなど,少年法制についての議論が続いている。平成12年の改正少年法は,政府が施行後5年を経過した場合にその施行の状況について国会に報告するとともに,検討を加えること等を規定しており,施行後既に4年を経過した同法律の運用状況を振り返ることには,重要な意義があると考えた。
 そこで,本特集では,故意の犯罪行為により被害者を死亡させたいわゆる重大事犯少年について,法務総合研究所が実施した調査結果を基に,事案の実態と処遇の実情等を明らかにした。この調査結果が,今後行われる少年司法制度に関する議論の基礎データとなることを期待するものである。
6.少年非行は,家庭,学校,地域社会等の問題が複雑に絡み合って生じている。自分の都合や願望ばかりを子供に押しつけようとする保護者,少年を利用し,犯罪に引き込もうとする大人が存在することも社会の現実である。非行少年の多くが学業の不振やいじめに遭うなどして学校生活から早期にドロップアウトし,地域社会にも溶け込めないまま,同じような境遇の仲間と結び付きを強めて非行に走っていることがうかがわれ,学校にも地域社会にも所属意識を持てないでいることの問題は大きいものと思われる。
 このように,少年非行が家庭,学校,地域社会等の在り方の問題の反映であることを,まず大人自身が直視し,反省しなければならない。それとともに,少年に社会の中で所属意識を持たせることによって,非行を食い止める手段を考えていかなければならない。少年非行の防止及び非行少年の更生は,もとより刑事司法の枠内での取組だけで全うできるものではない。非行少年は,刑事司法の中で更生の機会を与えられるが,これは更生への第一歩であり,いずれは,家庭や地域社会に戻り,自らの努力で非行から立ち直り,自立していかなければならない。過去の非行を反省し,地域社会の中に新しい居場所を見いだして立ち直ろうとする少年を地域社会の中に積極的に受け入れていく必要がある。そして,少年に対して,地域の人々と共に生きていこうとする意欲を持たせ,それを持続させていくことは,大人たちの重要な役割であり,責任でもある。そのために,非行少年処遇の専門機関だけではなく,関係諸機関・団体が有機的に連携し,地域社会と協働して総合的な非行対策を推進する必要があるものと考える。
7.今日,次代を担う青少年の育成に関する施策について,幅広く検討が進められ,各方面で様々な取組が行われている。本特集では,非行に陥った少年に対して,矯正,更生保護等の諸機関がどのような立ち直りのための働き掛けを行っているのかを,できるだけ具体的に示してきた。こうした非行少年処遇の専門機関における取組の実情を,可能な限り,国民に明らかにすることによって,国民が少年の健全育成のためには何が必要なのかを自らの問題として考え,地域社会の中で少年の非行防止や非行少年の更生のための様々な取組を進めていく上で,少しでも参考になることを願うものである。