5 睡眠薬遊び 睡眠薬遊びとは,健康を保持するために必要とされる睡眠薬を,本来の使用目的からはずれた誤った考えから,少年たちが乱用し,あるいは悪用する行為で,あたかも酒に酔ったような陶酔気分や発揚気分を味わうことをそのおもな目的とするものである。 この睡眠薬を悪用する行為は,すでに昭和二五,六年頃から,盛り場のぐれん隊仲間や沖仲士などの労務者が,焼ちゅうやビールにブロバリンやバラミンなどを混入して飲み,酔を強めていたことに始まり,しだいに非行少年の間にも広まってきた。 睡眠薬をもてあそぶ少年たちが,警察の補導線上に現われたのは昭和三五年の五,六月頃で,東京都内の盛り場で補導された一部の青少年の間に,睡眼薬を服用して不純異性交遊にふける者などがみられた。 その後,睡眠薬を飲みすぎて自殺騒ぎを起した少女をめぐって,睡眠薬を常用する不良グループのいくつかが明るみに出たり,睡眠薬を服用した三人組の少年の強盗傷人事件や窃盗,脅迫,暴行などの非行があいついで起って,睡眠薬遊びが大きな社会問題化したが,一部週刊誌などで興味本位に扱われたりしたため,ますます少年達の好奇心をあおり睡眠薬遊びの風潮は全国的に波及するにいたった。警視庁防犯部少年課の調査によれば,昭和三六年から昭和三七年一二月までの間に,管下の警察で補導された睡眠薬服用少年は一,九四二人におよび,睡眠薬を他人に飲ませて非行を行なった者が二三人補導されている。なお,警察庁で,昭和三七年一月から五月までの間に,全国から報告を求めた睡眠薬服用少年の補導数は一,六六五人で,そのうち警視庁管下のものは五八%におよんでいるところから,東京都に集中していたことがわかる。 このような情況にかんがみ,法務総合研究所においては,昭和三八年一一月中に全国の少年鑑別所に収容された非行少年の中で,睡眠薬を使用した経験のある者について,使用情況の実態や,このような行為に陥る少年の特性を明らかにするための調査を行なった。 その結果によると,睡眠薬の使用経験を持つ者は,全収容者の九%であり,男子収容者の八・一%,女子収容者の一八・五%にあたっている。 このうち,東京少年鑑別所の収容者についてみると,睡眠薬を使用した経験のある少年の比率は一〇・二%であり,全国平均よりわずかに高い程度である。なお,東京少年鑑別所においては,昭和三八年一月から二月にかけて,同所に収容された四三九人の少年について同様の調査を行なったが,その際には,睡眠薬使用者の比率は実に三三・七%(男子三二・三%,女子四七・五%)にのぼっていた。したがって,一〇か月足らずの間に,すくなくとも東京都内においては,著しい減少をみせているということができる。 使用されている薬品ではハイミナールが最も多く,五一・三%におよび,ブロバリンの二〇・四%,ドリデンの四・二%などがこれに続いている。さきの東京少年鑑別所の調査では,ハイミナールが八一・八%におよんでお力,東京ではハイミナールの割合が高い。 服用の動機では,「友人にすすめられて」,「誘われて」というのがもっとも多く,あわせて三三・八%である。次は「好奇心」で二六・三%であり,「眠れなくて」というのは二五・八%にすぎない。 睡眠薬の入手経路は,友人からもらいうけたり,不良グループの分配を受けている者が五〇%,自分で薬屋から直接購入している者が五〇%である。 かれらが睡眠薬を服用する場所は,主として喫茶店,バー,グループのたまり場などであるが,自宅,友人宅というのが三六%あり,学校というのが五・三%みられた。 服用の日数ないし期間をみると,一回きりというのが三一・三%,二ないし三回というのが三二・九%で,六三%の者が一,二回位の試みでやめていることになる。しかし,服用が三か月以上にわたる者も二一%におよんでいる。 服用したあとの気分としては,発揚性,そう快性など軽いめいてい時の気分を味わう者が多いが,なかには「無責任な気分」「乱暴したい気分」「落ちつかず興奮した気分」などを訴えるものも少なくなく,服用して犯罪を行なっている者は一五%におよんでいる。この睡眠薬を服用して行なった犯罪には,暴行,傷害,恐かつ,器物損壊などの粗暴犯的な暴力犯罪が多く,強盗,強かん,わいせつ,道路交通法違反などもみられ,社会的に危険な行為が多い。 したがって,睡眠薬の乱用も,そのまま放置すれば,かつての覚せい剤の乱用と同じように,非行少年の間にまん延し,重大な事態をひきおこす危険性が十分にみられた。さいわいに,服用少年に対する補導の強化,とくに非行グループの解体,補導の励行,医薬品販売業者に対する取締りの強化と業者の自粛,一般社会の強い関心と熱心な協力などによって,そのまん延がある程度鎮圧できたことは,少年非行防止のあり方に有力な示唆を与えるものであろう。
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