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 昭和39年版 犯罪白書 第四編/第一章/二/6 

6 行為者の特質と問題点

 (1) 成長,成熟の加速現象 最近わが国では,青少年,ことに思春期にある者の体位の向上は,まことに目を見張らせるものがある。文部省の学校保健統計書(昭和三七年度)によれば,今日,一五才の男子の身長平均は一六二・二糎大正八年の二〇〜二三才の一六二・一糎,昭和四年の一八才の同じく一六二・一糎より高い。また,一四才の女子は平均一五一・六糎で,昭和初期の二〇才の女子より大であり,一三才の女子の平均は一四九・〇糎で,大正初期の二〇才の女子より高い。しかも,成長は年ごとに促進の傾向を示し,性成熟もまた早くなっている。これを成長・成熟の加速現象と呼んでいるが,その速度はIV-3図(1)(2)に示すとおり,一四,五才のローティーンに著しい。

IV-3図

 また,わが国の非行少年について,その身体状況を調べてみると,体位は年をおって向上しており,昭和三六年度の東京少年鑑別所収容者では,一般少年の全国平均をしのぐ勢いにあるが,成長促進の傾向はIV-4図に示すとおり,とくに年少者に著しいものがある。

IV-4図 非行少年と一般少年の身長の比較

 女子の初潮年齢についてみても,ここのところ年ごとに早くなっており,昭和三六年度は全国平均一三才六か月で,昭和三〇年頃には平均一五才二か月と報告されていたのに比較し,きわめて顕著な進み方である。昭和三二年頃の東京都の女子生徒の初潮年齢の平均が一三才五,六か月といわれているから,それに追いついたことになる。しかし,最近の大都市における一般女子の初潮年齢はさらに早くなっているから,それにはまだおよばない。
 このように,身体的発育や性的成熟が早くなったにもかかわらず,精神的,社会的成熟がそれに伴わないで,両者の間に発達の不調和ないし,不均衡のあることが,この頃のわが国の少年非行の増加,とくにローティーンにおける性的非行や粗暴犯の増加の原因とみなされている。たしかに,性的非行や粗暴犯は,体力や性欲の発達と関係の深いもので,両者の間の密接な関係は否定できないけれども,原因はけっしてそれだけではない。たとえば,体力のすぐれた者,発育の進んだ者,性的に早熟な者が粗暴犯や性的非行に陥るとはかぎらないのであって,身体的に劣弱な少年がその劣等感を補償するために,ことさら暴力的にでたり,精神身体的発達の遅れたものが,幼女に性的ないたずらをすることは少なくない。また,性的非行を行なった少年の体位は,すでに述べた全国少年院収容者についての調査でも,非行のない一般少年の全国平均と比べてみたばあい,統計上有意の差がみられていない。また,女子の性的非行者(主として売春)の初潮年齢も,一般の非行少女の平均より早くないばかりか,わずかではあるが遅れが認められる。すなわち,不適応の原因は他に考慮すべきものがいろいろあるのである。
 一般的にいわれている精神的ないし社会的成熟はその概念が明らかではない。むしろ問題は,身体的成長や性的成熟が早くなり,すくなくとも身体的に一人前に成熟する年齢が早くなっているのに,かれらを一人前として扱う社会的要請や期待が,社会生活の複雑化とともにしだいに延長されつつあるという矛盾や,そこからおこるかっとうが,今日の青少年の重要な問題になっているとみなければならない。
 このような身体的,性的成熟の年次的促進現象がなぜ起ってきたのかの原因については,戦時中から戦後にかけての一般的栄養状態の低下や精神的不安定が,最近急速に回復しつつあることから起っていると説明する者もあるが,一般的にいって,(イ)栄養状態の改善を第一に,(ロ)生活様式の近代化,(ハ)文明や文化の発達に伴う刺激の増加,(ニ)宗教的,倫理的抑制の低下などがあげられ,これらの要因はさらに(ホ)都市化の現象の中に集中的にみられる。わが国の少年非行が都市に集中し,それが都市化現象と密接な関係にあると考えられるところから,少年非行の発生や増加の原因は,いろいろの要因が複雑にからみあっていて,一つや二つの原因によって説明しつくそうとすること自体に無理があることがわかる。
 (2) 精神薄弱の割合 本稿執筆当時,ライシャワー大使を刺傷した犯人が,一九才の精神障害者であったことから,精神障害者の反社会的行動とそれの対策が一般の関心を呼んでいる。
 少年犯罪と関係のふかい精神障害は,精神薄弱と精神病質である。
 精神薄弱は,主としてアメリカの学者によって,犯罪や非行の原因として重くみなされたことがある。その理由として,青少年の矯正施設に収容されている者の中で三〇%から九〇%におよぶ高率の精神薄弱が発見されたことがあげられる。そのため,精神薄弱に対する一般の関心がたかまり,その早期発見と早期対策,特殊教育や保護育成など一連の精神衛生対策が推進されたため,かれらが犯罪や非行に陥ることはしだいに少なくなり,したがって,非行少年の中における精神薄弱の割合もしだいに低下してきた。
 わが国の非行少年については,少年院および少年鑑別所の収容者について,信頼のおける全国的なデータがある。そのほか,専門家の手によるおもな調査結果を整理してみると,少年院では精神薄弱の割合が,戦前では,おおよそ二五%から四〇%の間にあったものが,戦後には二〇%前後に下り,その後,さらに年ごとに減ってきて,最近ではだいたい一二%前後になっている。少年鑑別所収容者についても,その制度のできた翌年の昭和二五年には一八%であったのが,しだいに減少して,今日では八%前後である。ただ,女子では精神薄弱の比率が高く,少年院収容者の二〇%,少年鑑別所収容者の一六%である。
 また,少年院に収容された者について,出院後の再犯状況をフォローアップした結果によると,従来は精神薄弱の再犯率が一般の非行少年のそれより高いという報告ばかりであったが,最近は,むしろ逆になっている。
 このように,非行少年の中に精神薄弱の割合が減少してきていることや,その再犯率が一般の非行少年のそれを下回ることは,わが国においても,精神薄弱に対する一般的理解,保護育成,精神薄弱非行少年に対する医療矯正対策などが進歩したことによるものであろう。
 (3) 精神病質精神病の割合 精神病質は精神薄弱とおなじように,病気ではなく,知能の発育も普通であるが,性格ないしは人格に異常傾向または病的なところのあるもので,その異常ないし病的状態は,通常,生まれつきと考えられている。
 このような精神病質者が,少年院や少年鑑別所に収容されている者の中で,どのような割合を占め,最近どのような推移をとっているかを全国的な規模でとらえることは困難である。法務省矯正局の発表している矯正統計年報および矯正関係資料によれば,昭和三七年の全国少年院収容者の一〇・八%,(三六年は一二・九%)全国少年鑑別所収容者の六・二%,(三六年は六・五%)が精神病質とみなされている。しかしまた昭和三一年および三二年に犯罪精神医学の専門家が,法務省矯正局と共同して,東京矯正管区内の三つの特別少年院および二つの中等少年院で総合的実態調査を行なったところによると,これらの少年院での精神病質の割合は,三五%から五〇%であった。また少年鑑別所収容者では二〇%から三五%ぐらいと報告した精神医学専門家の研究がある。また,一般的にいって,非行を反復する少年には精神病質が多く,軽い非行者には少ない。
 非行少年の中の精神病の出現率は,精神薄弱や精神病質などに比べるとはるかに低く,少年鑑別所で鑑別を受けた少年の一%前後である。
 この,非行少年にいちばん多くみられる精神病は精神分裂病で,その次に多いのはそう病とてんかんである。精神分裂病は,思春期から二〇才台にかけて発病することの多い精神病であり,精神病の中でもいちばん数が多い病気であるから,非行少年の中に多いのも当然である。精神薄弱ばかりでなく,精神病質や精神病に対する早期発見と早期処遇という一連の精神衛生対策が,さらに徹底して推進されれば,このような精神障害者による犯罪や非行の発生は未然に防止されることになろう。
 わが国では,青少年の犯罪や非行が逐年増加しているが,精神障害者による行為が増加しているというデータはない。精神薄弱の比率はむしろ減少してきている。このことを裏返していえば,精神的に異常がないか,あっても軽い少年の非行が年ごとに増加していることになる。
 (4) 初犯少年と累犯少年の増加 少年刑法犯検挙人員の中で,犯罪または非行の前歴のある者は,昭和三七年には四四,〇四七人で,全数の二七・〇%にあたる。すなわち,三割近くの者が,犯罪または非行の経歴のある累犯少年である。これを最近七年間の推移をみると,IV-24表にみるように,前歴を有する者の検挙人員は累年増加の一途をたどり,七年間に一二,八七一人と四一%をこえる増加率を示している。しかし,検挙人員中に占める割合では,わずかながら逐年減少の傾向を示している。これは,前歴を持たない少年すなわち初犯者の増加の方が上回る傾向を示すものであって,さきにのべた精神障害のない者の非行化傾向と軌を一にするものである。

IV-24表 少年刑法犯検挙人員中前歴のある者の割合(昭和31〜37年)

 一般的にいって,少年犯罪や非行とよばれるものの中には,精神資質の面では異常がないのに,思春期における一過性の逸脱として起るばあいが少なくない。最近の少年犯罪増加には,そのような一過性ないし機会性のものが多いと考えられるが,その中の少なからざる者が累犯化してゆく傾向もあるようであって,わが国の少年犯罪対策にとって看過できない現象といわなければならない。