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(1)我が国は,長らく世界一安全な国といわれてきたが,ここ10年ほどの間に犯罪情勢は急速に悪化し,今や,市民が安心して暮らせる社会をいかにして取り戻すかが重要な課題となっている。犯罪白書では,平成13年版,14年版及び15年版において,それぞれ「増加する犯罪と犯罪者」,「暴力的色彩の強い犯罪の現状と動向」,「変貌する凶悪犯罪とその対策」と副題を置いて特集を組み,犯罪増加の実態を明らかにするための分析を試みた。そして,安全で安心できる社会を実現するためには,刑事司法機関を始めとする関係官庁だけでなく,家庭,学校,職場,地域社会,ボランティア団体等が垣根を越えて知恵を出し合い,犯罪の防止に努めることが重要であると指摘した。また,刑事司法が果たすべき役割としては,犯人を迅速・確実に検挙し,悪質重大な事犯については,犯人の責任にふさわしい厳正な刑を科することをまず挙げた。
(2)しかしながら,刑事司法の役割は,犯罪者を捕らえて有罪を宣告することで終わるものではない。有罪とされた者のうち,ある者は刑務所において服役し,また,ある者は刑の執行を猶予されて,自らの努力で更生するチャンスを与えられる。いずれの場合であっても,罪を犯した者には,その罪にふさわしい処罰をしなければならないが,他方,彼らもまた,我々の社会の一員として,二度と罪を犯すことなく,立ち直ってもらわなければならない。このように,犯罪者の改善更生・社会復帰のための処遇を行うことによって治安の維持を図ることもまた,刑事司法に与えられた重要な役割なのである。 無論,そこに至るには長い道のりがあり,犯罪者の処遇に携わる者と,立ち直りを目指す彼ら自身のそれぞれの努力が必要である。その意味で,有罪の確定は,「犯罪者の処遇」という新たなプロセスの始まりであり,刑事司法全体から見れば,一つの通過点である。犯罪者の処遇は,検挙・処罰と併せ,刑事司法という大きなシステムの両輪をなすものであり,その重要性は,いくら強調してもしすぎることはないであろう。 (3)このように,犯罪者の処遇が重要な治安対策であることを考慮すれば,治安回復のための方策を探るに当たっても,処遇の問題を含めた幅広い視野からの検討が必要となる。例えば,現在,我が国の行刑施設においては過剰収容が深刻な問題として現れているが,刑務所が満員になっていることによって,受刑者処遇のいかなる部分にいかなる支障が生じているかを明らかにし,対策を講ずることは,治安回復を図る上で不可欠であろう。 (4)また,平成14年から15年にかけて明らかになった名古屋刑務所における受刑者死傷事案を契機として,行刑運営に関する様々な問題が指摘され,法務大臣において行刑改革会議を立ち上げて聖域のない議論を求めた結果,同会議からは,15年12月22日付けで,「国民に理解され,支えられる刑務所へ」と題する提言がなされている。同提言においては,[1]受刑者の人間性を尊重し,真の改善更生及び社会復帰を図る,[2]刑務官の過重な負担を軽減する,[3]国民に開かれた行刑を実現するとの観点から,行刑運営全般について様々な見直し及び改善が求められている。 このように,我が国の行刑は,多くの点において,新たな問題への対応を迫られている状況にあるが,その基本法となっているのは明治41年に制定された監獄法である。同法律については,長きにわたる運用の経験及び行刑の近代化の観点を踏まえ,法改正に向けた努力が行われてきたが,実現しないまま今日に至っており,同法律は,今や国際的な行刑理念にそぐわなくなっているほか,受刑者の改善更生・社会復帰の促進という刑事政策的観点からも不十分なものとなっている。監獄法は施行から間もなく100年を迎えようとしているが,それと呼応するかのように行刑改革が現実の課題として現れていることは,犯罪者処遇の在り方について,改めて検討すべき時期に来ていることを示しているといえよう。 (5)処遇プロセスの最後の部分を担うのは更生保護である。成人に対する保護観察は,仮出獄者及び保護観察付き執行猶予者について行われるが,いずれも実社会内において生活を営ませながら,必要な指導監督・補導援護を行うことによって,犯罪者の立ち直りを助けようとするものである。我が国における保護観察は,専門的知識を有する公務員たる保護観察官と,民間篤志家である保護司の協働態勢によって実施される点に特色があり,刑事司法に対する市民参加という観点からもとらえ得るものである。現在の更生保護の制度は戦後新たに設けられたものであるが,それから半世紀余りが経過した今日,更生保護の分野にも多くの課題があり,検討すべき事柄は多い。 (6)このような状況を踏まえ,本年の特集においては,成人犯罪者に対する矯正・保護をテーマとして取り上げた。そして,治安が良好であったかつての「平穏な時代」と対比させつつ,近年の「犯罪多発社会」における成人犯罪者処遇の現状を明らかにし,その課題を探るとともに,今後の議論に資するための資料を提供することとした。 なお,分析に当たり,現在と比較するための基点としては,昭和48年を選択している。我が国の治安は,戦後の混乱を脱した後,経済の発展とともに安定していくが,その48年は,高度経済成長が終わりを告げた年であるとともに,一般刑法犯の認知件数及び発生率が戦後最低を記録した年でもある(5-1-1図参照)。同年における一般刑法犯の検挙率は57.8%と高い水準で安定し,既決の収容率は82.4%(同年12月末日現在)で過剰収容とはほど遠く,当時の犯罪白書は「犯罪情勢は比較的平穏化している」と記している。平成15年から見てちょうど30年前に当たる昭和48年は,「平穏な時代」として,現在と対比するのにふさわしいと考えられるのである。 5-1-1図 戦後における犯罪情勢及び既決収容状況の推移 |