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 平成16年版 犯罪白書 第3編/第2章/第1節/1 

第2章 刑事司法における被害者への配慮

第1節 刑事手続と被害者

1 刑事手続と被害者

 犯罪により害を被った者,すなわち被害者には,犯人の処罰を求めて告訴を行う権利等が認められているほか,検察官の不起訴処分に対する救済制度も設けられている。また,被害者の被害・処罰感情が,起訴便宜主義の下での訴追の要否の判断や裁判における量刑に当たって考慮されるなど,運用の面でも,被害者の立場・心情が配慮されている。さらに,加害者に賠償能力がないことなどから,被害者等が加害者から損害のてん補を受けられない場合に,所定の範囲内で国が直接被害者の救済に当たる制度等も設けられている。
 これらに加え,被害者等に対するより適切な配慮と一層の保護を図るため,平成12年5月19日,刑事訴訟法及び検察審査会法の一部を改正する法律(平成12年法律第74号。同年6月から13年6月にかけて施行。)及び犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(平成12年法律第75号。同年11月施行。)が公布され,被害者の意思の尊重と権利保護のための制度が更に拡充された。
 本章では,犯罪被害者の意思がどのように刑事手続に反映され,また,その地位・立場がどのように保護されるかなどについて概観する。

(1) 被害申告及び告訴

 被害者は,捜査機関に対して被害届を提出するなどして被害を申告することができるほか,検察官又は司法警察員に対して,犯罪事実を申告し,犯人の処罰を求めて告訴をすることができる。
 被害の申告及び告訴は,いずれも捜査機関にとって捜査の端緒となるものであるが,強姦,強制わいせつ,名誉毀損,器物損壊等の親告罪については,告訴が訴訟条件とされており,告訴がなされない場合又は告訴がなされた後に取り消された場合は,検察官は,公訴を提起することができない。
 親告罪の告訴については,原則として犯人を知った日から6か月の期間を経過したときは,これをすることができないと定められているが,強姦罪や強制わいせつ罪等の性犯罪については,犯罪によって被った精神的ショックのため短期間では告訴の意思決定が困難な場合があることなどから,これらの犯罪については,前記刑事訴訟法及び検察審査会法の一部を改正する法律により,告訴期間の制限が撤廃された。

(2) 事件の捜査処理

 捜査機関が,被害者から,参考人として被害状況等について事情聴取等を行う際には,名誉等を害しないよう注意するほか,その立場・心情に十分配慮するよう努めている。また,事情聴取等の際には,被害感情についても併せて聴取し,供述調書に録取することが多い。検察官は,起訴便宜主義の下で訴追について裁量権を有しているが,被害感情は,検察官が訴追の要否を判断する上で考慮する重要な要素の一つである。

(3) 不起訴処分に対する救済制度

 我が国では国家訴追主義が採られ,公訴権は原則として検察官のみに付与されており,また,検察官には公訴の提起について広い裁量権がある。しかし,検察官が判断を誤り,起訴すべき事件を起訴しないという可能性もあることから,告訴人,被害者等に,検察官の公訴を提起しない処分(不起訴処分)に対する救済の制度が法律上整備されている。これが,告訴人,被害者等による検察審査会に対する審査申立て及び管轄地方裁判所に対する付審判請求(準起訴手続ともいう。)の制度である。
 検察審査会に対する審査申立ての制度は,検察審査会法(昭和23年法律第147号)に基づくものであるが,同法律は,公訴権の行使に関して,できる限り民意を反映させ,その適正を図るという趣旨から,昭和23年7月,刑事訴訟法と同時期に制定・公布された(同月12日施行)。また,付審判請求は,公務員による各種の職権濫用等の罪について告訴又は告発をした者が,検察官の公訴を提起しない処分に不服があるとき,事件を裁判所の審判に付するよう管轄地方裁判所に請求することを認める制度である。
 なお,法律上の救済制度ではないが,検察官が行った不起訴処分について,被害者等が上級検察庁の長に対し不服を申し立てて監督権の発動を促すことがあり,上級検察庁がこれを受理した場合には,処分を再検討し,処理結果を不服申立人に通知している。

(4) 検察審査会

 検察審査会は,全国に201か所設置されており,選挙人名簿に基づき,くじで選ばれた11人の検察審査員(任期6か月)をもって組織され,申立てにより又は職権で検察官の不起訴処分の審査を行い,「起訴相当」,「不起訴不当」又は「不起訴相当」の議決を行う。この審査申立権を有する者は,告訴人,告発人,請求人又は被害者に限られていたが,前記刑事訴訟法及び検察審査会法の一部を改正する法律により,被害者が死亡した場合においては,その配偶者,直系の親族又は兄弟姉妹が審査申立権を有するものとされたほか,審査申立人は,検察審査会に意見書又は資料を提出することができるものとされた。さらに,平成16年5月28日に公布された刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成16年法律第62号)によって検察審査会法の一部が改正され(同法律公布の日から起算して5年を超えない範囲内において政令で定める日から施行予定),検察審査会が「起訴相当」の議決をした後,検察官が再考をしても不起訴処分を維持したときは,検察審査会は,再審査を行い,起訴をすべき旨の議決をすることができ,この議決がなされた場合には,裁判所から指定された弁護士が公訴を提起し,その維持に当たるものとされた。
 3-2-1-1表は,平成6年から15年までの10年間における検察審査会の事件の受理・処理人員の状況を見たものである。

3-2-1-1表 検察審査会事件受理・処理人員

 平成15年の新受人員のうち,刑法犯は2,109人であり,罪名別に見ると,業務上過失致死傷が463人で最も多く,以下,文書偽造336人,「傷害・同致死」239人,詐欺214人,職権濫用208人の順となっており,特別法犯は186人で,労働基準法違反の61人が最も多く,次いで,公職選挙法違反の42人,政治資金規正法違反の9人となっている(最高裁判所事務総局の資料による。)。
 また,起訴相当又は不起訴不当の議決がなされた事件について,検察官が執った原不起訴理由別事後措置は,3-2-1-2表のとおりである。

3-2-1-2表 起訴相当・不起訴不当議決事件の原不起訴理由別事後措置

 なお,検察審査会法の施行後の昭和24年から平成15年までの間に,累計で,延べ14万397人の処理がなされ,延べ1万6,650人について起訴相当又は不起訴不当の議決がなされている。このうち延べ1,230人が起訴されて1,074人(自由刑366人,罰金708人)が有罪になっており,無罪(免訴及び公訴棄却を含む。)を言い渡された者は76人である(最高裁判所事務総局の資料による。)。

(5) 付審判請求

 地方裁判所は,各種の職権濫用等の罪について,告訴人又は告発人から,検察官の不起訴処分に不服があるとして付審判の請求があった場合,その請求に理由があるときは,事件を裁判所の審判に付する旨の決定を行う。この決定によりその事件について公訴の提起があったものとみなされ,裁判所は,公訴の維持に当たる者を弁護士の中から指定し,検察官の職務を行わせる。
 平成6年から15年までの間における付審判請求の受理・処理人員は,3-2-1-3表のとおりである。

3-2-1-3表 付審判請求受理・処理人員

(6) 公判

 被害者が証人として証言をするに当たり,被告人の面前では圧迫を受け充分な供述をすることができないと認められるときや,特定の傍聴人の面前で充分な供述ができないと認められるときは,被告人や特定の傍聴人を退廷させることができる。また,裁判所が,裁判官の全員一致で,公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあると決した場合には,裁判の審理を非公開とすることができる。さらに,必要があれば裁判所外での尋問や公判期日外の証人尋問を行うこともできる。また,前記刑事訴訟法及び検察審査会法の一部を改正する法律により,裁判所は,証人が著しく不安又は緊張を覚えるおそれがあると認めるときは,適当と認める者を証人に付き添わせることができ,証人が被告人の面前で供述するときは圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認める場合には,被告人と証人との間で,一方から又は相互に相手の状態を認識することができないようにするための措置(遮へい措置)を採ることができるものとされたほか,強姦罪等の被害者等を証人として尋問する場合において,裁判官及び訴訟関係人が証人を尋問するために在席する場所以外の場所に証人を在席させ,映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話する方法(ビデオリンク方式)によって尋問することもできるものとされた。
 このほか,証人等の氏名及び住居を知る機会を与え又は証拠書類等を閲覧する機会を与えるに当たり,証人等の身体等に害を加え又は証人等を畏怖若しくは困惑させる行為がなされるおそれがある場合には,検察官又は弁護人は,相手方に対し,証人等の住居等を被告人を含む関係者に知られないようにするなど,証人等の安全が脅かされることがないように配慮することを求めることができる。
 また,裁判所は,被害者等から被害に関する心情その他の被告事件に関する意見の陳述の申出があるときは,公判期日において,その意見を陳述させるものとされた。
 公判期日に心情その他の意見を陳述した被害者等の数は,平成12年は延べ22人,13年は延べ232人,14年は延べ457人,15年は延べ585人,16年は1月から5月までの間に延べ311人であった(最高裁判所事務総局の資料による。)。
 さらに,犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律により,刑事被告事件の係属する裁判所の裁判長は,被害者等から裁判の傍聴の申出があるときは,傍聴できるよう配慮しなければならないものとされた。

(7) 刑事訴訟手続における和解

 犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律により,民事上の争いについての刑事訴訟手続における和解の制度が導入された。これにより,刑事事件の被告人と被害者等は,両者の間における当該被告事件に関連する民事上の争いについて合意が成立した場合には,共同して,この合意の公判調書への記載を求める申立てをすることができ,これが公判調書に記載された場合は,その記載は,裁判上の和解と同一の効力を有するものとされた。
 この制度による申立てが公判調書に記載された事例数を見ると,平成12年は延べ6件,13年は延べ55件,14年は延べ60件,15年は延べ54件,16年は1月から5月までの間に延べ12件であった(最高裁判所事務総局の資料による。)。

(8) 被害者の身辺等の保護

 捜査及び公判段階における被害者の身辺等の保護については,正当な理由がないのに面会を強請し,又は強談威迫の行為を行うことを防止するために,証人等威迫罪の規定が設けられている。また,被告人が被害者やその親族等の身体等に害を加え又は畏怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるときは,保釈を許さないことができ,被告人が実際にこのような行為に出た場合には,保釈を取り消すことができる。

(9) 被害者に対する情報提供

 刑事事件の公判期日における審理は公開の法廷で行われ,被害者は,これを傍聴することができるほか,事件処理結果等が被害者に通知されることや,訴訟記録等の閲覧・謄写が認められることなどにより,被害者に対する情報提供が行われる。

ア 告訴人通知及び被害者等通知制度

 検察官は,告訴のあった事件について,公訴を提起し,又はこれを提起しない処分(不起訴処分)をしたときは,速やかにその旨を告訴人に通知しなければならず,また,不起訴処分をした場合において,告訴人の請求があるときは,速やかにその理由を告げなければならないとされている。
 さらに,被害者等の一定の者に対し,事件の処理結果や裁判結果等を通知する被害者通知制度が,平成3年以降各地の検察庁で導入されるようになり,11年4月からは,全国的に統一された被害者等通知制度が実施されるに至っている。同制度では,被害者が死亡した事件又はこれに準ずる重大な事件や検察官等が被害者等の取調べ等を実施した事件において,被害者等に対して通知の希望の有無を確認し,被害者等が通知を希望する場合,あるいは被害者等から照会があった場合等に通知を行うとされている。通知の内容は,事件の処理結果,公判期日,判決結果等であり,被害者等が希望する場合には,公訴事実の要旨,不起訴理由の骨子,公判経過等を通知することができる。
 平成13年3月1日からは,「被害者等通知制度実施要領」に基づき,被害者等又はその代理人である弁護士や目撃者等が希望する場合において,懲役,禁錮又は拘留の刑の執行終了予定時期,仮出獄又は自由刑の執行終了による釈放及び釈放年月日について通知することができるとされ,同年10月1日から,更に受刑者の釈放予定時期についても通知することができるとされた。
 平成15年においては,捜査処理について延べ3万3,376件,公判について延べ1万7,981件,裁判結果について延べ2万6,715件の通知がなされており,釈放予定等についても,被害者,目撃者等250人に対して通知がなされている(法務省刑事局の資料による。)。
 警察においても,平成8年7月から,殺人事件等の被害者等に対し,捜査状況等を連絡する「被害者連絡制度」が実施されている。

イ 刑事事件記録の閲覧等

 刑事確定訴訟記録については,原則として閲覧することができるとされている。これに加え,犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律により,刑事被告事件の係属する裁判所は,裁判確定前の訴訟記録について,第1回の公判期日後当該被告事件の終結までの間において,被害者等から当該被告事件の訴訟記録の閲覧又は謄写の申出があり,正当な理由があって相当と認める場合には,申出をした者に閲覧又は謄写をさせることができるとされた。
 一方,不起訴事件記録については,原則として非公開とされているが,公益上の必要その他の事由があって,相当と認められる場合に開示し得る旨が定められている。近時,被害者の問題に対する社会的関心が高まり,被害者に対する配慮とその保護のために諸方策を講ずることが重要な課題となっていることにかんがみ,被害者等に対する不起訴事件記録の開示について,被害者等が民事訴訟において被害回復のため損害賠償請求権その他の権利を行使するために必要と認められる場合に,関連事件の捜査又は公判の運営に支障を生じたり,関係者のプライバシーを侵害しない範囲内で,実況見分調書,写真撮影報告書,検視調書等の客観的証拠について,交通事故以外の事件についても証拠の閲覧又は謄写に応ずる運用が行われた。その後,[1]民事裁判所から,不起訴事件記録中の特定の者の供述調書について文書送付嘱託がなされた場合に,[2]当該供述調書の内容が,当該民事訴訟の結論を直接左右する重要な争点に関するものであって,かつ,その争点に関するほぼ唯一の証拠であるなど,その証明に欠くことができない場合であり,[3]供述者が死亡,所在不明,心身の故障若しくは深刻な記憶喪失等により,民事訴訟においてその供述を顕出することができない場合,又は当該供述調書の内容が供述者の民事裁判所における証言内容と実質的に相反する場合で,[4]当該供述調書を開示することによって,捜査・公判への具体的な支障又は関係者の生命・身体の安全を侵害するおそれがなく,かつ,関係者の名誉・プライバシーを侵害するおそれがあるとは認められない場合などすべての要件を満たしたときには,不起訴事件記録中の供述調書を開示することとされた。

(10) 被害者支援員制度

 平成11年から,全国の検察庁に被害者支援員が配置されており,被害者からの相談の受付,法廷傍聴の案内や付添い,記録閲覧請求の援助,刑事手続等の説明,被害者支援機関・団体とのネットワークの構築などの業務に当たっている。

(11) 配偶者暴力相談支援センター

 配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律により,各都道府県は,その設置する婦人相談所その他の適切な施設において,配偶者暴力相談支援センターとしての機能を果たすことになり,被害者からの相談に応じ,同法律に規定された保護命令制度についての情報を提供するなどの業務を開始した。また,配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律の一部を改正する法律(平成16年法律第64号)が,16年6月2日に公布され(同年12月施行),市町村も,当該市町村の設置する適切な施設において,配偶者暴力相談支援センターとしての機能を果たすことができるとされた。

(12) 少年事件

 少年事件については,平成13年4月に施行された少年法等の一部を改正する法律(平成12年法律第142号)により,被害者への配慮の充実を図るため,被害者等による記録の閲覧及び謄写,被害者等の申出による意見の聴取,被害者等に対する通知等について,新たな手続が設けられた。
 すなわち,家庭裁判所は,審判開始決定後,被害者等から申出があるときは,犯罪少年又は触法少年に係る保護事件の非行事実に係る部分の記録について,損害賠償請求権の行使のために必要があるなど正当な理由があり,少年の健全な育成に対する影響,事件の性質,調査又は審判の状況その他の事情を考慮して相当と認めるときは,審判係属中の場合も含めて,被害者等にその閲覧又は謄写をさせることができるとされた。
 また,事件の性質,調査又は審判の状況その他の事情を考慮して相当でないと認める場合でない限り,犯罪少年又は触法少年の被害者等から申出があれば,家庭裁判所は,自ら被害に関する心情その他の事件に関する意見を被害者等から聴取し又は家庭裁判所調査官に命じてこれを聴取させるものとされた。
 さらに,犯罪少年又は触法少年に係る事件の終局決定をした場合において,被害者等から申出があれば,家庭裁判所は,被害者等に対し,少年の健全な育成を妨げるおそれがあり相当でないと認められるものを除いて,少年及びその法定代理人の氏名及び住居並びに決定の年月日,主文及び理由の要旨について通知することとされた。