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5 少年凶悪犯罪の増加の背景 凶悪犯罪のうち強盗においては,若年犯罪者,その中でも取り分け少年犯罪者が急増していることが明らかとなった。犯罪の発生には,犯罪者の個人的素質や規範意識の程度,その育った家庭や教育環境,犯行時の社会的環境等多様な要因が絡み合っており,その一義的解明には困難が伴うが,その背景となっている事情を明らかにすることにより解明の糸口が得られると思われる。今回は,様々な要因のうち,特に重要と思われる,(1)親の指導力の低下,(2)不況による就業の困難化,(3)非行少年と一般少年に見られる意識の変化,(4)少年を取り巻く環境の変化の4点を選び検討を試みた。
(1) 親の指導力の低下 5―3―2―15,5―3―2―16図は,平成元年以降における殺人事犯及び強盗事犯少年の両親の状態の推移を見たものである。
殺人では,両親がそろっている家庭が常に6割以上を占めており,父又は母のいない家庭は4割以下にとどまっており,その割合の変化には一定の傾向性は見られない。 強盗では,両親のそろっている家庭にいる少年の検挙人員が増加傾向にあるが,両親のそろっている家庭は常にほぼ7割を占めており,その割合はあまり変動していない。 殺人・強盗といった凶悪犯罪を両親がそろっている家庭の少年が行っている数及び割合が高いこと,特に強盗の場合は,その数が漸増傾向にあることは,家庭,特に親の少年に対する指導力が低下しているケースが増加していることを示唆している(詳しくは第4章第2節3参照)。 5―3―2―15図 殺人事犯少年の両親の状態別推移 5―3―2―16図 強盗事犯少年の両親の状態別推移 (2) 不況による就業の困難化 既に前記4の5―3―2―10ないし5―3―2―13図で見たとおり,強盗における無職少年の増加傾向が認められたが,その背景には無職少年の増大がある。
5―3―2―17図は,昭和48年からの,15歳から29歳までの青少年の完全失業率の推移を見たものである。いずれの年齢層も上昇が著しく,特に10歳代の少年の完全失業率が平成10年以降10%を超えており,不況の影響下で就業の困難化が進んでいることが分かる。また,5―3―2―18,5―3―2―19図で明らかなとおり,中卒無職者,高校中退者の数や比率については,最近好転する兆しが現れているものの,依然として軽視できない数値を示しており,社会からも受け入れられない無職の少年が多数存在している状況にある。そのような事情もあって,強盗犯において無職少年が増加しているのではないかと思われる。 5―3―2―17図 青少年の完全失業率の推移 5―3―2―18図 中卒無職者等数の推移 5―3―2―19図 高等学校中途退学者数の推移 (3) 非行少年と一般少年に見られる意識の変化 ア 非行少年と一般少年の意識の変化 少年犯罪の発生には,家庭環境・教育環境や就業等社会的環境による影響のほかに,環境等により形成された少年自身の学習意欲・性格・意識が強い影響を及ぼしているものと思われる。
5―3―2―20図は,昭和52年,63年,平成10年の3回にわたって行われた一般少年と非行少年(警察に補導された者)の意識等に関する調査のうち,少年の学習状況・共感性・自己中心性・倦怠感・流行に対する意識・親に対する意識・深夜徘徊・無断外泊についての回答の一部をまとめたものである。非行を凶悪犯罪に絞った調査ではない点,留意は必要ではあるが,非行少年一般に共通すると思われる様々な意識のほぼ20年間の推移がうかがわれ参考になる。 まず,学習状況について見ると,非行少年は,「家で勉強をほとんどしない」者の割合が急激に増え,特に平成10年には,中学・高校男子と高校女子はいずれも75%を,中学女子は60%をそれぞれ超えて,昭和52年よりそれぞれ25ポイント以上上昇している。一般の中高生も「家で勉強をほとんどしない」者の割合が増えているので非行少年のみに限った傾向ではないが,学習意欲の低下に伴う知的水準の低下が懸念されるところである。次に,共感性についての「人が泣くのをだまって見ていられない」者の比率は,非行少年の中学・高校男子のみが低下しており,中でも高校男子は,約20年間で57.4%から30.5%まで27ポイントも低下し,感受性の乏しい者の割合が多くなっていることがうかがえる。その一方で,「私のしたいことは親が反対してもやる」という自己中心的傾向が少年全般で強まりつつあり,非行少年でも約20年間で19〜31ポイント上昇している。もとより,「したいこと」が犯罪以外であれば,問題ではないが,犯罪傾向が認められる少年の場合には犯罪へ向かう危険性も否定し切れない。他方で,「いつも疲れた感じがしている」とする者の割合は非行少年も一般少年も一様に増加を続け,約20年間で30ポイント前後上昇して5割を超えるに至っている。活気を失い倦怠感を抱いた少年が多くなる傾向がうかがえ,少年の近時の陰鬱な心情が現れている。また,「流行の服装や髪型が気になる」と答えた割合に関しては,非行少年が,一般少年より高く,流行に流されやすい一面を示している。さらに,親に対する意識としては,非行少年の方が一般少年より明らかに「親から愛されていない」と感じている者の割合が高く,上昇傾向を示している。なかでも男子の場合,約20年前より23〜24ポイントも上昇しており,いわば親の愛情に飢えている者の割合が増加していることがうかがえる。 また,深夜徘徊や無断外泊を経験している者の比率は非行少年で一様に上昇しており,特に高校男子では,深夜徘徊が約10年間で39.6ポイント,無断外泊が約20年間で27.5ポイントと上昇ぶりが著しく,親の指導力の低下が顕著となってきている。 このような調査結果から見ると,非行少年における学習意欲の低下,ひいては知的水準の低下の懸念,共感性の欠如の蔓延,自己中心性の昂進,倦怠感の拡大,流行に流されやすい傾向の浸透,親に対する不満,深夜徘徊・無断外泊の横行など犯罪へとつながりやすい要因が次第に強くなる傾向がうかがわれるのであって,そのような少年の意識の変化も少年犯罪全般,さらには凶悪犯罪の増加にも影響を与えているものと思われる。 5―3―2―20図 非行少年と一般少年の意識の変化 イ 少年の暴力観 暴力的犯罪を行う非行少年の暴力に対する考え方は近時どのようなものになっているのであろうか。5―3―2―21図は,平成11年に,少年鑑別所に在所していた暴力非行少年(凶悪犯又は粗暴犯の補導歴あり)とその他の非行歴ある少年及び一般の中高生とで暴力観にどのような違いがあるかを調査した結果の一部をまとめたものである。まず,「人から暴力をふるわれるのは,その人が相手を怒らせるようなことをしているからだ」とする者の割合は,男女とも暴力非行少年に多いが,男子に関しては一般中高生との差は小さい上いずれのグループもほぼ5割を占めるなど少年男子全般に暴力を正当化する傾向が強いことが分かる。次に,「今の社会では,強い者が弱い者を押さえつける仕組みになっていて,どうやってもいじめはなくならない」とする者の割合は,暴力非行少年よりむしろ一般中高生で高く,また,どのグループでもほぼ5割を超えており,少年全般にこのような暴力を是認ないし容認するあきらめの気持ちが蔓延していることがうかがえる。そして,「友達がやられた仕返しのためのけんかなら,仲間に加わるのは当然だ」とする者の割合は暴力非行少年男子で特に高く,6割を超えており,暴力への肯定的傾向が強いことが現れている。
暴力非行少年には,一般少年に比して暴力を正当化し肯定する傾向が強いものの,一般少年の場合でも同様の傾向を示す者の割合は決して低くはなく,その点からすると,一般少年の中にも,状況いかんによっては,暴力犯罪に関与しかねない危険性を内包している者が相当数潜在しているのではないかとの危惧を抱かざるを得ない。 少年凶悪犯増加の背景として,このような暴力に対する考え方が広まっていることも何らかの影響を及ぼしているのではないかと思われる。 5―3―2―21図 青少年の暴力観 ウ 若年者及び社会全体の意識の変化 少年と接する機会の多い若年者やその他社会全体の人たちの意識に注目すべき変化は起こっていないであろうか。5―3―2―22図は,少年(ただし年齢は16〜19歳),若年者(20〜29歳),全体(ただし16〜69歳)の意識の変化を昭和60年,平成3年,8年,13年の15年間にわたって民間調査機関である(財)生命保険文化センターが調査したもののうち注目すべき点をまとめたものである。少年層では平成3年から8年にかけて,「他人の権利をいちいち尊重していたら,自分に不利になるだけだ」とする割合が19.3ポイント,「責任を伴うことはできるだけ避けたい」とする割合が10.1ポイント,「多くの人から理解されなくても気のあった仲間さえわかってくれればいい」とする割合が12.8ポイントそれぞれ上昇し,また,若年層も程度こそ違え,同時期に同様な上昇傾向を見せており,全体の動向とは大きく異なり,利己的・無責任・独りよがりな少年や若年者が増加したことがうかがわれる。このような少年や若年者の意識の変化が直接犯罪に結びつくわけではないが,意識の変化は犯罪の質的変化に微妙な影響を与えている可能性があろう。
5―3―2―22図 青少年の意識の推移 (4) 少年を取り巻く環境の変化 少年は精神的に未熟であるが故に環境に影響されやすく,時代の流行にも敏感に反応する傾向がある。ゲームセンター,カラオケボックスに加えて深夜営業飲食店や24時間コンビニエンスストアが登場して,少年を含む多数の人たちが深夜でもこれらの施設を利用するようになったことも,深夜時間帯の路上での少年強盗犯罪が増加するのに影響を与えていると考えられる。
また,携帯電話等は,5―3―2―23,5―3―2―24図のとおり近年急速に普及しており,これによって日常生活における遠隔地の知人同士の意思疎通が非常に便利になったが,それと同時に一面では非行少年グループの離合集散等も飛躍的に容易になり,犯罪の共犯率増大に何らかの影響を及ぼしていることが懸念される。 5―3―2―23図 携帯電話・PHS・無線呼出加入者数(類型)の推移 5―3―2―24図 青少年の携帯電話使用率 |