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 平成15年版 犯罪白書 第5編/第1章/1 

第5編 変貌する凶悪犯罪とその対策

第1章 はじめに

1 犯罪情勢の悪化と国民の不安

 終戦後の混乱期から再出発した我が国は,驚異的な経済発展を遂げ,五十有余年を経た現在では,世界有数の経済大国となっている。近時の不況が暗い影を投げ掛けてはいるが,様々な耐久消費財の普及や,世帯当たりの年収の動向を見る限り,国民の平均的な経済水準は決して低くはない(5―1―1図)。また,高等学校等への進学率は90%を超えるなど青少年への教育熱も高く,我が国の社会は,経済的にも文化的にも高度に成熟した段階に到達し,犯罪の少ない平穏な社会の継続を誰もが期待していたところである。

5―1―1図 世帯当たりの年間収入及び主要耐久消費財等の普及状況

5―1―2図 国民の犯罪情勢に対する認識 「犯罪が増加している」との認識を有する者の割合

5―1―3図 警察官の犯罪情勢に対する認識 「10年前と比べて犯罪が増えていると思うか」という問いに対する回答の割合

 ところが,このような社会の成熟化とは裏腹に,近年,犯罪情勢は悪化の一途をたどっている。国民の生命・身体・財産等を侵害する犯罪の大半が含まれる一般刑法犯(交通関係業過を除く刑法犯)の認知件数は,最近20年間で154万717件(昭和58年)から285万4,061件(平成14年)へと1.9倍に,人口10万人当たりの発生率で見ても,1,289(昭和58年)から2,240(平成14年)と1.7倍に増加するに至っている。中でも,阪神・淡路大震災とオウム真理教による凶悪な多数の刑事事件の発生により著しい社会不安が生じた後の平成8年以降,認知件数が1.6倍に増加し,発生率が1.6倍にと急激に上昇している。
 このような犯罪情勢の悪化は,統計上の数値から明らかであるが,国民にも,刑事事件の捜査や防犯活動に当たる一線の警察官にも共通に認識されているところである。すなわち,内閣府が平成14年12月に実施した「社会意識に関する世論調査」によれば,日本の誇りとして「治安のよさ」を挙げた者の割合は26.9%にまで低下しており,民間調査機関である(財)生命保険文化センターが実施した「生活者の価値観に関する調査」では,犯罪が増加しているとの認識を有する者の割合は,8年の61.9%から13年には79.8%に上昇していることが認められ,これら一般国民の調査結果と警察庁による警察官の犯罪情勢に対する認識調査とを併せ考えると,治安に対する国民の意識が「安全」から「不安」へと大きく変化しつつあることがうかがえる(5―1―25―1―3図)。国民は成熟した社会での急速な犯罪情勢の悪化に対して戸惑いを示し,治安の悪化に対する不安感を募らせつつあると言えるであろう。こうした意識の変化は,急速な犯罪情勢の悪化に対する適切な対策とその実行の必要性を社会に投げ掛けている。