前の項目   次の項目        目次   図表目次   年版選択
 平成13年版 犯罪白書 第4編/第3章/第3節/1 

1 アメリカ

(1) 交通現況

 1988年から1999年までの間のアメリカにおける交通事故の発生件数及び死傷者数はIV-11表のとおりである。

IV-11表 交通事故の発生件数及び死傷者数

 アメリカにおいては,いずれの項目においても,その数値が我が国と比較して格段に高い。我が国とアメリカの人口10万人当たりの30日以内死亡者数を,我が国で統計を取り始めた1993年以降について比べてみると,我が国では1993年に約11人であったが,以降ほぼ一貫して低下し2000年は約8人であるのに対し,アメリカは,約15人から16人で推移している。また人口10万人当たりの負傷者数は,アメリカは,1988年には1,397人と,我が国の約2倍であったが,以後ほぼ一貫して低下しており,1999年には1,187人と,我が国の1.4倍となっている(巻末資料IV-17参照)。
 アメリカでは,1980年代においては,交通死亡事故の半数以上が飲酒運転によるものであった。そこで,連邦及び各州政府においては,1992年に,NHTSA(National Highway Traffic Safety Administration)が議会に勧告し,飲酒運転による死亡事件に対する厳罰化のための法改正等を行い,酒酔い運転の基準となる血中アルコール濃度を血液1ミリリットル当たり0.08グラムに引き下げた。この厳罰化の基準は,現在,19の州,ワシントンD.C.及びプエルト・リコで採用されている。この他,連邦政府は,開栓した酒類容器の車内持込み禁止(Open Container Ban),累犯者に対する厳罰化の推進に関し,各州に対する財政的援助を与えるなどの対策を講じている。

(2) 法制

 アメリカにおいては,各州により,交通犯罪に関する規定や処理手続も相違しているが,ここではその一例として,ミシガン州及びメリーランド州を取り上げる。
ア ミシガン州
 ミシガン州では,交通事犯のうち被害者が死亡した場合について,刑法には,第2級謀殺(Second Degree Murder),意思なき故殺(Manslaughter),自動車による過失致死の罪(Negligent Homicide)が,また,自動車法(Michigan Vehicle Code)には,酒酔い運転等による致死罪(Operating under Intoxicated Liquor Causing Death)などがそれぞれ規定されている。傷害の場合について,無謀運転による事故で被害者の身体機能を失わせたような事案は,重罪的運転(Felonious Driving)として,自動車法により2年以下の自由刑もしくは2,000ドル以下の罰金,またはその併科が科される。アルコール又は規制薬物の影響下での運転により,事故を起こし,被害者の身体機能の重大な障害を生じさせた事案は,同様に,5年以下の自由刑もしくは1,000ドル以上5,000ドル以下の罰金,またはその併科が科される。
 交通死傷事件については,運転者に科される刑罰の種類及び刑の期間は,法律で規定された上,量刑ガイドラインにより規律されている。量刑ガイドラインでは,被告人の重罪前科の数,少年時の前歴,軽罪の前科・前歴の数等の身上に関する事項と,被害者に与えた物理的損害,被害者及びその家族に与えた心理的損害,殺人又は傷害の意思の有無,アルコール又は規制薬物による被告人の能力低下の程度等の犯罪に関する事項を点数化し,その合計点によって,被告人に科すべき刑事制裁の内容が定められている。裁判官は,量刑前調査(Pre-sentence Investigation)の報告書及び量刑ガイドラインの点数に基づいて,最終的な判断をする。また,被害者やその家族は,量刑裁判に先立ち,被害影響陳述(Victim Impact Statement)を書面で提出又は法廷で述べることができる。
 ミシガン州では,裁判所による交通事件の処理が著しく遅延していたことなどを背景に,1978年,自動車法が改正された。これにより,交通事犯は,重罪(felony)又は軽罪(misdemeanor)と,民事違反(civil infraction)とに大別され,従来,軽罪とされていた,速度違反,駐車違反等,直接生命に危険を及ぼさない軽微な交通違反は,民事違反とされ,制裁金及び費用が科されることとなった(交通犯罪の非犯罪化)。その一方で,飲酒運転に関し,血中アルコール濃度の基準引き下げ,累犯者に対する厳罰化などの法改正も行われた。
 交通違反については,違反者が,マジストレイト(市や郡の裁判所の判事)又は地方裁判所裁判官の許に出頭し,交通切符に含まれる要素についての説明を受けた上で,責任を認めるか否かの答弁をしなければならない。
イ メリーランド州
 メリーランド州では,交通死傷事故について,処罰規定が置かれている場合は限定されている。死亡の責任を一般に問える場合は,著しい速度違反,飲酒等の行為が相まって,運転行為の危険性が高い水準に達しており,運転者もそれを認識している場合のみとされている。単純過失による死亡事故の刑事責任を問えるのは,飲酒運転の場合のみであり,傷害については,飲酒運転の事実に加え,生命に危険を及ぼす程度の結果を伴う場合のみである。
 被害者が死亡の場合について,刑法により,自動車による意思なき故殺(Vehicular Manslaughter),飲酒運転致死罪(Homicide by Motor Vehicle while Intoxicated)が重罪として規定されている。傷害の場合について,飲酒運転致傷罪(Life Threatening Injury by Motor Vehicle while Intoxicated)が軽罪として規定されている。
 また,道路交通法には,無謀運転及び不注意運転の罪,速度違反,信号無視等の違反行為が軽罪として規定されている。
 重罪の場合,公訴時効による制限がなく,軽罪の場合,事故発生後1年で公訴時効が成立する。なお,重罪で有罪とされた場合,その者の将来の就職の機会が制限されるなどの不利益が生じる。
 運転者に科される刑罰の種類及び期間は,ミシガン州と同様,法律で規定された上,量刑ガイドラインにより規律されている。量刑は,公判において検察官が勧告することとされており,巡回裁判所の裁判官は,これを踏まえ,量刑ガイドラインに従って量刑を実施するが,比較的軽微な交通事件を扱う地方裁判所の裁判官は,同ガイドライン及び検察官の量刑勧告のいずれにも拘束されない。
 被害者は,公判に出席する権利,公判で意見陳述する,あるいは,書面を提出する権利を有しており,被告人が有罪となって収監された場合には,被害者とその家族は,仮釈放審査について告知を受ける権利を有する。
 2001年1月の州議会に,飲酒運転の取締りに関する法案が提出され,血中アルコール濃度基準の引下げ等が可決されたが,飲酒運転の累犯者に対する制裁強化は否決された。
 IV-12表は,ミシガン州とメリーランド州の主要な交通犯罪に対する罰則等を示したものである。

IV-12表 主要な交通犯罪に対する罰則