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 昭和38年版 犯罪白書 第四編/第五章 

第五章 麻薬犯罪の対策

 前四章において麻薬犯罪の実態とこれに対する捜査,検察,裁判,矯正,保護の実情をみてきた。そこで,このような麻薬犯罪に対しては,いかなる対策をもって臨むべきであろうか。
 その第一は,目新しいことではないが,国民一般に麻薬の害毒のおそろしさを周知徹底させることである。麻薬中毒者の半数近くが,単なる好奇心から麻薬に手を出して中毒におちいったものであることは,統計上にも明らかである。さらに,さきにも述べたように麻薬犯罪は需要者と供給者との相関関係によって,しだいに伝ぱ増大してゆくおそれがあるのであるが,国民一般の麻薬に対する認識を深めることによって,まずこの関係を断ち切り,あらたな需要者を作らないようにすることが先決問題である。さきに内閣に設けられた麻薬対策推進本部でも,この点を麻薬対策要綱の第一に取り上げ,関係行政機関の広報活動のみに頼ることなく,報道機関の協力を得ることと地域活動の徹底をはかることを強調しているのである。
 第二は,取締りの強化である。麻薬犯罪の取締りにあたっているのは,主として通常の警察官と麻薬取締官(員)であるが,そのほか税関職員や入国警備官などもこれに協力している。これらの取締機関の活動は,しだいにその成果を上げてきつつあるようであるが,麻薬犯罪の暗数を考えると,その検挙数はいまだきわめて少数である。少量で高価な麻薬の流れを追ってこれを検挙することは,まことに困難なことであるが,国民を麻薬禍から救うためには,これらの機関のいっそうの努力を期待しなければならない。とくに,従来ややもすると,各機関の捜査の線が交差し,重複するおそれがないでもなかったが,取締りの実効をあげるためには,今まで以上に各機関相互の連絡協調を望みたい。
 取締りの重点は,おのずから密輸入と暴力組織による密売の二つに分ふれるが,密輸入事犯を検挙するためには,関係各国との情報の交換,共助が絶対に必要である。麻薬犯罪対策についての国際協力は,従来から,いくつかの国際条約に基づいて行なわれているのであるが,今後いっそうこの方面に力を注ぐ必要があろう。
 暴力組織による密売事犯に対しては,もっとも強力な捜査体制をとるべきである。暴力団の資金源は,従来,恐かつをはじめとしてダフ屋,ノミ屋,パチンコの景品買い,エロ写真売り,売春管理など,いずれも社会に害悪を及ぼす種類のものであったが,麻薬密売はこれらの行為以上に深刻な害毒を流すものである。これらの徒輩を徹底的に検挙することによって,麻薬密売は,資金源として割に合わないものであることを痛切に感得せしめるべきである。なお麻薬犯罪者に対する科刑は,近年しだいに重くなりつつあるが,さきにふれたように,諸外国にくらべると,なおはるかに軽いと思われる。麻薬犯罪が国際的色彩の濃い犯罪であることと思い合わせて,科刑はさらに重くするよう努力する必要があろう。政府においても,麻薬取締法等の改正の一環として,麻薬犯罪に対する罰則の強化を企図している。すかわち,第四三国会に提出された改正法律案では,営利目的によるヘロインめ密輸出入および製造については,最高刑として無期懲役を規定し,その他の違反についても,それぞれ罰則を強化している。この法律が施行されたあかつきには,科刑はさらにきびしくなると思われるのである。
 さて第三は,麻薬使用者,とくに,し癖者または中毒者に対する措置の強化ということである。さきに述べたように麻薬中毒者は,治療のために入院しても禁断症状がとれるとまもなく退院するものが多く,しかも同じような経過で何回も入院をくり返しているものもある。強制措置としては,自傷他害のおそれがあるものについてのみ,精神衛生法によって精神障害者に準ずる措置がとれることになっているにすぎない。そこで治療のための収容を強化することが必要であるが,さきに立案された麻薬取締法等の改正法律案においてもこの点を取り上げ,麻薬取締官(員),警察官等が麻薬中毒者またはその疑いのある者を発見したときは,都道府県知事にこれを通報する義務を規定し,さらに麻薬中毒審査会の審査によって,これに対し六月をこえない期間入院措置をとることを定めている。
 しかしながら,このような措置を講じても,現実にに,もっとも危険な麻薬中毒者は矯正施設に収容される場合が多いであろう。諸外国においても,もっとも有効確実な麻薬使用の中止手段は,矯正施設に収容することであると考えているものもある。そこでわが国の矯正施設においても,麻薬使用の経験をもつ被収容者の増加に対応して,麻薬使用に至った原因を発見し,その徹底的な治療を試みる計画がたてられている。
 その方針としては,まず麻薬使用経験者を適当な施設に収容し,各ケースごとに麻薬に対する生理的,心理的および社会的依存性を診断調査し,その状態に応じて,身体的な健康の回復をまって,社会の生産的な成員として普通の生活ができるような職業訓練ないしは教化活動を行ない,さらに集団あるいは個別の心理療法,カウンセリングを通じて,なぜ麻薬を使用するに至ったか,またなぜ人生の問題を麻薬に逃避することによって解決しなければならなかったかを反省させ,麻薬使用への衝動を抑制しようとすることが考慮されている。この計画は,現在各面から検討中であるが,これが実施の段階に至れば,麻薬中毒者の更生に相当な効果を上げることができるであろう。
 しかしまた,施設においていかに麻薬から遠ざかり,心身の健康を回復し得たとしても,社会復帰後の措置に万全を期さないかぎり,再び麻薬を使用し,あるいは,その密売行為に立ちもどる危険性はきわめて大きい。その意味で,たとえば,従来きわめて制限されていた仮釈放制度を,より有効に活用するとか,また場合によっては仮釈放,満期釈放の別を問わず,一定期間保護観察を行ないうるような制度を考慮することも必要ではあるまいか。
 以上のように,麻薬犯罪に対する対策は,いろいろな方面からこれを考えなければならないのであるが,いずれにせよその対策は,一般国民の協力なくしてはその実効を期することは困難といわなければならない。麻薬追放のため,この際国民の総力をあげてこれに協力することを期待したいのである。