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 昭和38年版 犯罪白書 第四編/第三章/三 

三 麻薬受刑者の処遇

 従来,麻薬受刑者はその絶対数が少なかった上に,矯正施設内での処遇も比較的容易な者が多く,あまり目だたない存在であったため,かれらに対する特別の処遇ということはほとんど考えられなかった。しかし,最近に至り,その数もしだいに増加するとともに,一般に刑期も長期化する傾向にあるため,その収容期間が長びき,処遇上にもようやくその困難さを加えるに至っている。
 また麻薬使用受刑者の中には,前述のとおり,出所後再び麻薬し癖に陥る者がきわめて多く,累犯化する傾向が顕著であるため,これら麻薬使用受刑者をその悪癖わら完全に立ち直らせるためには,その処遇上なんらか特別の施策が考慮されなければならないという声が高まりつつある。
 アメリカ合衆国では,麻薬し癖受刑者の治療的処遇をすでに一九三五年から実施しており,この目的のためにケンタッキー州のレキシントン市郊外とテキサス州のフォート・ワース市郊外とに,それぞれアメリカ連邦公衆衛生局所管の病院が設けられていることは,よく知られているところである。これら二つの病院に収容されるものは,麻薬し癖の認められる受刑者と保護観察中の者とが主体であって,さらに病床に余裕のあるばあいは,入院を希望する一般の麻薬し癖患者をも収容している。しかし,それぞれの収容者の資格条件については,法律により厳密な規定が設けられている。収容定員はレキシントン病院が一,二〇〇名,フォート・ワース病院が一,〇〇〇名である。
 現在,これらの病院で実施されている処遇と治療の方法は,一九五五年に組織化されたもので,概略次のようなプログラムによって行なわれている。
(1) 入院時の検診 医師により健康診断が行なわれ,麻薬の禁断治療のための処方が指示される。その結果,身体状況により麻薬使用の必要な場合,および他の疾患を認めたばあいは診療病とうへ送る。
(2) 禁断治療 禁断治療は重警備に近い刑務所風の病とうで行なわれる。ここでメタドンによる代用法とその他の適当な医療を施して禁断症状がとれるのを待つ。禁断症状は各患者の体質,体力,ならびに使用していた麻薬の種類と量とにより,その程度と期間とに差があるが,だいたい初めの二週間で一応軽快を示し,次の約二週間は焦燥感や不眠が残っている。
(3) オリエンテーション 約四週間の禁断治療がすむと,オリエンテーション病とうに移し,ここではまず主治医が指名される。次いで,心理療法担当者,作業療法担当者,看護担当者およびソシアル・ワーカーが決められるが,治療上のすべての責任はいうまでもなく主治医が負う。この病とうにいる期間は約二週間で,その間に集団討議法によるカウンセリングの中で各種のオリエンテーションを与える。また個別面接法による各種の調査や精神医による診断も行なわれ,この間に調査表がほとんど完成される。そして最後に精神医から調査の結果と個人別の治療計画が患者のひとりびとりに告げられ,患者自身によって確認されるよう配慮している。このようにして,オリエンテーションを終ったものは居住病とうに移し,各種の心理療法その他の治療が,計画に基づいて進められて行く。
(4) 心理療法 面接による心理療法は個別法と集団法とが併用されているが,しだいに集団法中心に変わりつつある。心理劇についても指導者たちはかなり高く評価しているが,その実施はまだあまり活発ではなく,むしろ寮生活や作業療法を中心としたグループ・ワークに重点をおき,作業療法家や看護人の指導とカウンセリングにより多くの期待がかけられている。
(5) 作業療法 作業療法は非常に活発に行なわれ,これが両病院の特色ともいえるようである。しかし,美術や音楽による作業療法にはあまり重点をおかず,職業補導と生産的作業療法を重視している。レキシントン病院では印刷,木工,洋裁,農業を四大業種としてとりあげているが,ことに農業は一,〇〇〇エーカーにおよぶ広大な農牧場を有し,と殺場まで備えている。
(6) レクリエーション療法 レクリエーション療法家の監督のもとに,多くのレクリエーション活動が行なわれる。麻薬し癖者は対人関係が消極的で,孤独を好む傾向があるので,つとめてチーム・プレーに参加させるよう努力している。
 そのほか非常勤の牧師たちによって,教会行事と宗教的カウンセリングも行なわれる。また患者達は協議会を開いたり,患者新聞を発行する,し癖者アノニマスを通じて,かれら自身の管理と処遇のために,ある程度の責任をもつことが奨励される。
(7) 医療 身体疾患者のためには,医療病とうが別に設備されており,各科の専門医師が配置されている。また,し癖以外の精神病が発見された場合は,非し癖病とうに収容される。
 以上は,アメリカ連邦公衆衛生局のレキシントンとフォート・ワース両病院における,麻薬し癖受刑者その他の治療と処遇の概況であるが,アメリカ各州においても,それぞれ麻薬取締法の整備と,し癖者の治療と更生のための計画をたてており,中でも麻薬関係犯罪の最も多いカリフォルニャ州では,矯正局所管の定員二,〇〇〇名という全米一の州立更生センターが目下設立されつつある。
 しかしこのような大病院にもいての行きとどいた治療ならびに処遇によっても,麻薬し癖者を完全に社会復帰させるには,なお決してじゅうぶんとはいえず,さらに出院後の地域社会における長期間の指導援助が必要であることが強調されている。その試みのひとつとして,カリフォルニャ州ではハーフ・ウェイ・ハウス(夜間だけ泊まって心理療法を受ける施設制度)の設立が計画されている。
 わが国においても法務省,厚生省その他の関係各機関が目下それぞれの立場から,麻薬問題に対する対策を検討し,計画をすすめつつあるが,麻薬し癖者の治療,麻薬犯罪者の更生を最も効果的に促進するためには,これら各機関が一致協力して,総合的な,かつ強力な施策を打ち出す必要があるといえよう。