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 昭和38年版 犯罪白書 第四編/第二章/四/3 

3 主要国における取締状況

 前記のような国連の取締機構下において,各国はそれぞれの国の実情に応じて麻薬取締りにつとめ,毎年国連に対し麻薬事犯の処理状況の報告をしており,これを年度別に取りまとめたものが国連経済社会理事会および国連麻薬委員会から発行されているので,主としてこれらの資料に基づき,一九六〇年度現在における各国,特に麻薬事犯の多いホンコン,アラブ連合および米国の麻薬事犯の処理,科刑の実情を紹介することとする。なお,右国連発行の資料によれば,一九六〇年分統計が判明している三四か国のうち,日本はその有罪人数において,ホンコン,インド,アラブ連合,米国,ビルマに次いで第六番目に多い国となっていることは,はなはだ遺憾である。

(一) ホンコン

 ホンコンは約三百万の人口を有するが,一九五九年のホンコン政府発行の麻薬白書によれば,麻薬中毒者数は,確定的なところで約一五万人,不確定数を入れれば約三〇万人に達する。ホンコンの麻薬取締法規は危険薬品取締法,同取締令であるが,一九六〇年四月に麻薬事犯に対する罰則が強化され,密輸出・入,製造,販造,譲渡等の重大事犯については,従来の最高刑一〇年,または五〇,〇〇〇ホンコンドル(八,七五〇ドル)およびこの併科(以下同様)から,一五年および一〇〇,〇〇〇ホンコンドル(一七,五二〇ドル)に引き上げられ,さらに一九六一年二月,製造については無期懲役を定め,単なる所持,使用目的所持,使用等の軽微事犯についても,従来の最高刑一年または五,〇〇〇ホンコンドル(八七五ドル)から三年および一〇,〇〇〇ホンコンドル(一,七五〇ドル)に引き上げられた。一九六〇年中の検挙総件数は一八,八四〇件に達し,その内訳はヘロイン一〇,四四七件,あへん七,〇〇四件,バルビトーン一,三八二件,モルヒネ七件となっており,逮捕者数は一六,二六三人,有罪者数は一五,八六三人となっている。同年中に有罪判決のあった事例を若干あげると (1)へロイン八・一九二キログラムの製造と,粗製ヘロイン八七八・四グラムの所持につき,中国人四人が検挙され(うち,二人は製造,一人が製造に使用された家屋の借受け,一人が原料譲渡),おのおの一二年の刑 (2)タイ船員,中国商人各一人の共謀によって企てられたシンガポールからの生あへん一三・四三七キログラムの船積密輸入につき,タイ船員に対し一年,中国商人に対し四年の刑 (3)中国人によるヘロイン七〇八・七五グラムの販売目的所持に対し四年の刑という量刑になっている。

(二) アラブ連合

 アラブ連合は中近東地方中第一の麻薬国であり,麻薬押収量,検挙事犯数において,世界的にみてもホンコン,アメリカと並ぶ麻薬国である。麻薬事犯の取締りはきわめて厳格で,その取締法規は一九六〇年法第一八二号「麻薬の売買の禁止,ならびに麻薬使用および取引の取締りに関する法律」であるが,その主要な罰則内容をあげると,麻薬の不法な輸出入,販売目的による生産,製造については無期徒刑および三,〇〇〇ないし一〇,〇〇〇エジプト・リーブル(八,六一七ドルないし二八,七二〇ドル)の罰金が規定され,この罪あるいは営利目的による麻薬売買等の罪の前歴を有する者,もしくは麻薬取締り等にあたっている官公吏がこの罪を犯した場合には,前記の刑もしくは死刑が科せられる。営利目的による麻薬の所持,売買,運搬あるいは同目的による麻薬植物の栽培,輸出入,所持,売買等をなした場合は,無期徒刑または有期徒刑および前記の罰金刑が規定されているというように,きびしい内容のものである。一九六〇年中に麻薬事犯により有罪となった者は,エジプト地方三,〇六〇人,シリヤ地方一〇九人(ただしシリヤ地方は六〇年前半期分)となっている。国連経済社会理事会発行の報告書によれば,一九五八年から一九六〇年までの間におけるアラブ連合の麻薬事犯による有罪者二三三人の事例が報告されており,その八九%にあたる二〇八人が無期徒刑の刑を受けている。そして無期徒刑の言渡しを受けている事例中,一番軽微と思われるのは,生あへん一・九グラムの所持であり,そのほか生あへん七〇グラムの所持や,一〇〇グラム台の所持に対しても無期徒刑が言い渡されており,実際の科刑のきびしさからいって,世界第一位である。

(三) 米国

 米国で麻薬に対し連邦政府が法的規制を加えたのは,二〇世紀にはいってからであり,それまでは相当自由に麻薬が使用されており,一八七七年には麻薬中毒者の数は約一一万七千人といわれていた。当時の米国の総人口は約四千六百万人であったから,麻薬中毒者の総人口に対する割合は約四百人に対し一人の割合であった。そして,しだいに麻薬が社会問題として表面化し,一九一四年に至りはじめて麻薬についての聯邦取締法規が制定された。これがハリソン法であり,同法の制定によって麻薬のたんでき,不正取引の減少が現われはじめたが,第二次世界大戦後,再び麻薬のたんでき,不正取引の増加が始まったので,一九五一年にいわゆるボックス・ローを制定し,更に一九五六年に麻薬取締法を制定し,麻薬事犯に対する刑罰を大幅に引き上げ,その取締りを厳重に実施してあた。一九五六年の麻薬取締法の主要な罰則内容をあげると,麻薬の密輸入またはこれら密輸入された麻薬の譲受け,販売等および船内における麻薬の所持事犯につき,初犯者に対しては五年ないし二〇年の体刑,もしくはこれと二〇,〇〇〇ドル以下の罰金の併科,再犯者以上の者に対しては一〇年ないし四〇年の体刑,もしくはこれと二〇,〇〇〇ドル以下の罰金の併科を規定し,麻薬の不正所持その他の事犯につき,初犯者に対しては二年ないし一〇年の体刑,もしくはこれと二〇,〇〇〇ドル以下の罰金の併科,再犯者に対しては五年ないし二〇年の体刑,もしくはこれと二〇,〇〇〇ドル以下の罰金の併科,三犯以上の者に対しては一〇年ないし四〇年の体刑,もしくはこれと二〇,〇〇〇ドル以下の罰金の併科を規定し,特に一八才以上の者が,一八才未満の者に対しヘロインの販売,譲渡,施用等を行なった場合,一〇年ないし終身の体刑,もしくはこれと二〇,〇〇〇ドル以下の罰金の併科,さらには死刑が規定されていることは注目に価する。なお,各州においても,ほとんどの州がこの麻薬取締法と大同小異の内容の法律を制定しており,連邦法と州法の二本立てで麻薬取締りを行なっている。そして一九六〇年中に連邦吏員によって検挙され,起訴された麻薬犯罪者数は,合計二,四六一人に達している。これら麻薬事犯に対する科刑の状況を若干あげると (1)一八才未満の未成年者にヘロインを販売した者が一九五七年に終身刑 (2)ロスアンゼルスで秘密麻薬取締官に対しヘロイン五〇〇グラムを販売した者が,一九五八年に二〇年および二〇,〇〇〇ドルの刑 (3)シカゴで秘密麻薬取締官に対しヘロイン五四グラムを販売した者が,一九五九年に四〇年の刑にそれぞれ処せられており,麻薬事犯に対する科刑のきびしい実情をうかがい知ることができる。