第二章 麻薬犯罪の捜査,検察と裁判
一 取締体制
1 法規 麻薬犯罪の概況については,既に第一章において詳細説明したとおりであるが,わが国における麻薬犯罪に対する取締法規について,以下少しく説明してみることとする。 あへんに関する禁令は,江戸時代末期からあり,安政四年八月の日蘭追加条約,同年九月の日魯追加条約,安政五年六月の日米修好通商条約,同年七月の日蘭修好通商条約および日魯修好通商条約等のなかでも,それぞれ,あへんの輸入を厳禁する旨が規定されている。そして,この幕末のあへんに関する禁令は,明治維新政府もこれを継承し,あへんの吸食,売買等は厳罰に処する旨を規定するとともに,医療上必要なあへんについての保護措置を講じている。以下,明治以降の麻薬に関する法令を年代順に掲げると次のとおりである。(1)明治元年四月「太政官の諭告」(2)明治三年八月「生阿片取扱規則」(3)明治九年六月「阿片栽培製練法」(4)明治一一年八月「薬用阿片売買並製造規則」(5)明治一五年旧「刑法」(6)明治三〇年三月旧「阿片法」(7)明治四〇年四月現行「刑法」(8)大正九年一二月「モルヒネ,コカイン及其ノ塩類ノ取締ニ関スル件」(9)昭和五年五月「麻薬取締規則」(10)昭和二〇年一一月「塩酸ジアセチルモルヒネ及其ノ製剤ノ所有等ノ禁止及没収ニ関スル件」(11)同年同月麻薬原料植物ノ栽培,麻薬ノ製造,輸入及輪出ニ関スル件」(12)昭和二一年三月「特殊物件中ノ麻薬ノ保管及受払ニ関スル件」(13)昭和二一年六月「麻薬取締規則」(14)昭和二三年七月旧「麻薬取締法」 以上の各法令の内容等については,一つ一つふれる余裕がないが,これらの法令の変遷の上に現行の各法令が成立しているのである。 すなわち,現行の法令は(1)刑法(明治四〇年四月法律第四五〇号,改正昭和三三年法律第一〇七号)(2)大麻取締法(昭和二三年七月法律第一二四号,改正昭和二九年四月法律第七一号)(3)麻薬取締法(昭和二八年三月法律第一四号,改正昭和三〇年七月法律第六五号)(4)あへん法(昭和二九年四月法律第七一号)(5)あへん特別会計法(昭和三〇年七月法律第三一号)の五法およびこれに基づく規則等である。 その内容について簡単にふれると,現行刑法第一四章阿片煙に関する罪では,あへん煙および吸食器具等の輸入,製造,販売,所持等を禁止し,各事犯に応じ,いずれも有期の懲役刑をもってのぞんでいる。 大麻取締法は,大麻栽培者および大麻研究者を都道府県知事の免許制となし,免許者以外の者の大麻の所持,栽培,譲受,譲渡または研究のための使用を禁止し,違反行為に対しては,三年以下の懲役または三万円以下の罰金に処するほか,各違反行為の罰則を定めている。 麻薬取締法は,麻薬を定義して具体的に列挙するとともに,麻薬の輸入業者,輸出業者,製造業者,製剤業者,家庭麻薬製造業者,麻薬元卸売業者,小売業者,施用者,管理者,研究者をそれぞれ免許制となし,これら免許者以外の麻薬の輸入,輸出,製造,製剤,譲渡,譲受,所持等を禁止し,その違反行為に対しては厳重な刑罰を規定し,麻薬取締官および麻薬取締員の司法警察権等をも規定している。 あへん法は,あへんの輸入,輸出,買取り,売渡しを国の独占事業となし,けしの栽培を許可制度とし,右規定に違反するけしの栽培,あへんの採取,輪出入,譲渡,譲受,所持を禁止するとともに,あへんまたはけしからの吸食を禁止して,違反者を懲役または罰金に処する旨規定し,あへん特別会計法は,あへんの独占事業に伴う経理について規定したものである。なお,麻薬取締法,大麻取締法およびあへん法は近く改正される予定である。
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