第2節 薬物濫用の危険性 ここでは,主な規制対象薬物について,一般に言われているところに従い,その危険性等について概観する。 [1] あへんアルカロイド系麻薬 植物のけしから採取される麻薬である。けしのさく果を傷つけて得られる液汁を乾燥したものを生あへんと呼び,これを濃縮し,エキス状としたものを発酵させて得られるのがあへん煙(あへん煙膏)であり,吸食(吸煙,飲み下し等により摂取すること。)に用いられる。 これらあへんには,モルヒネ,コデイン等のアルカロイドが含有されているので,これと同様の作用と毒性を有する。 モルヒネは,けしから直接に,又はあへんから抽出精製して得られる天然アルカロイドで,あへんと比べて薬理作用が強い。鎮痛・鎮咳・麻酔作用があり,摂取すると陶酔感を覚えることから濫用されるが,連用によって耐性がつきやすく,服用量が徐々に増加する傾向がある。精神的依存性が強く,慢性中毒になると食欲不振,不眠,記憶力減退又は精神錯乱をじゃっ起する。また,急に摂取をやめると禁断症状が発現する。 ジアセチルモルヒネ(ヘロイン)は,モルヒネを原料として化学的に合成されるモルヒネ誘導体(半合成の麻薬)である。副作用,毒性,依存性,禁断症状共にモルヒネよりはるかに強力であり,危険性が高いことから,我が国においては医療に用いられず,他の麻薬と比べて厳重な規制が行われている。 コデインは,あへんから抽出し,又はモルヒネから合成して作られる。作用はモルヒネに似るが,その度合いは弱い。一般にリン酸コデインとして扱われ,医療に用いられる。 [2] コカアルカロイド系麻薬 南米原産植物のコカの葉に含まれるアルカロイドで,大部分はエクゴニンのエステル類である。 コカインは,その代表的なもので,局所麻酔作用があるが,全身に用いると,最初中枢神経を興奮させ,その後抑制作用を発現するので,多量に摂取すると,呼吸まひで死亡することがある。連用すると,主として精神的依存性を生じる。慢性中毒症状としては,消化器障害,不眠,幻覚,精神障害等が見られる。 [3] 合成麻薬 LSD(リゼルギン酸ジエチルアミド)は,幻覚剤として劇的な幻覚発現作用を有する。摂取により,不安感,恐怖感,うつ状態,陽気,陶酔状態,距離や時間に対する感覚の薄れ等が見られる。医療に関しては適当な用法はないとされ,全く用いられていない。耐性は比較的つきやすいが,依存性は弱いと言われる。連用によって精神分裂など精神異常を来すことがある。 また,同様幻覚作用を有するものとしてMDMAがある。 メサドンは,モルヒネ類似の中枢性鎮痛作用を有する合成麻薬である。 [4] 向精神薬 麻薬及び向精神薬取締法で規制される向精神薬は,バルビタール等多岐にわたり,いずれも中枢神経系に作用して精神機能に影響を及ぼすものであるが,抑制作用や興奮作用を示すものなど,薬理作用は一様ではない。いずれも,睡眠薬,精神安定剤等として広く医療に用いられている薬物であり,濫用された場合の有害性は他の規制対象薬物と比べると低いため,規制の程度は麻薬より緩やかである。 [5] 覚せい剤(フェニルアミノプロパン及びフェニルメチルアシノプロパン) フェニルアミノプロパンは一般名をアンフェタミンと,フェニルメチルアミノプロパンは一般名をメタンフェタミンという。我が国で濫用される覚せい剤は,大部分がフェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩である。 中枢神経興奮作用があり,摂取により,眠気が覚める,気分の高揚,疲労感の減少,自信感の増大,じょう舌,運動量の増大等の状態が見られる。心臓と血管に作用して血圧を上昇させるとともに,食欲を減退させる作用が強いために,やせ薬として用いられていたこともある。 一時に多量を摂取すると,興奮,不安,おう吐感,のどの乾燥感等を来し,めまい,発汗,下痢,震え,心悸亢進等を伴って虚脱状態に陥り,甚だしい場合は死に至ることもある。 精神的依存性,耐性共に強く,連用すると服用量が急激に増加する。連用により,幻覚・妄想を伴う精神分裂症的状態の中毒性精神症状を呈するようになるが,普遍的ではなく,個人差があるといわれる。幻覚のうちで最も多いのが幻聴であり,これにより,被害妄想・関係妄想になることもある。一般に,禁断症状はないとされているが,なお議論もある。 摂取中止後1ないし4週間で中毒症状が消失するが,正常に復した後に摂取当時と同様の妄想・幻覚状態が突然現出すること(フラッシュバック)がある。 [6] 大 麻 大麻草は,桑科の一年生植物で,中央アジアが原産地とされる。生育地の気候,風土などによって成分が著しく異なり,また,各地で濫用されているため,製品も名称も多岐にわたる。インドやエジプトのものは樹脂分が多いため,樹脂を固めて塊状(大麻樹脂)とし,飲物に入れたり,吸煙したりして濫用され,地域により,ガンジャ,ハシッシュ,パンダ,チャラスなどと称される。アメリカ大陸等のものは,樹脂分が少ないので,主に乾燥させた上タバコ状にして用いられ(乾燥大麻),マリファナと称される。また,特殊な濃縮法により,有効成分の含有量が多いクール状の液体大麻も作られており,ハシッシュ・オイルと称される。 大麻の成分の中心はテトラヒドロカンナビノール酸であり,これが加熱されることなどによって,人体に影響を及ぼすテトラヒドロカンナビノールとなるので,摂取方法としては吸煙が多い。 摂取により,じょう舌,思考の分裂,情緒不安定等の状態を来し,衝動的行動に走るようになる。興奮状態が進むと,無責任な行動が見られ,狂乱・暴力的になり,短期の記憶障害や時間に対する感覚の錯誤が現れ,聴感覚が特に過敏になることもあると言われる。一時に多量を摂取すると,偏執思考,幻視,幻聴,妄想,錯乱興奮等の状態に陥り,数時間から数日間持続する。慢性中毒症状としては,幻視,幻聴等の精神異常状態のほか,無気力,無感動,記憶力・集中力の欠如,不安,不眠,狂乱状態等が見られる。 [7] 有機溶剤 毒物及び劇物取締法3条の3及びこれに基づく政令によって,興奮,幻覚又は麻酔の作用を有する毒物又は劇物として濫用が規制されているものとして,トルエンのほか,酢酸エチル,トルエン又はメタノールを含有するシンナー,接着剤等がある。 トルエン,酢酸エチル及びメタノールは,いずれも有機溶剤であり,脂肪を溶解する性質を持っているため,摂取した場合,身体組織に種々の悪影響を及ぼす。中枢神経に対して強い抑制作用を有し,麻酔作用をもたらすことから,飲酒めいていに似た状態となり,過度に摂取すると死亡する例もある。精神的依存性が強く,慢性中毒になると情緒不安定となり,幻視・幻聴を伴った精神障害に陥り,運動神経・視神経が侵される。
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