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犯罪白書は,昭和57年版において,「薬物犯罪の動向と対策」として特集を組み,覚せい剤を中心とした薬物犯罪に対する効果的対策に資するための資料等を提供した。
その後の我が国における薬物犯罪の動向を概観すると,覚せい剤取締法違反は,減少してはいるものの依然として高水準を維持し,一方,麻薬取締法違反・大麻取締法違反は大幅に増加し,また,あへん法違反は,一時減少したものの,最近に至って増加傾向に転じている。さらに,シンナー等有機溶剤に係る毒劇法違反も,少年を中心として高い水準にあり,近年,交通関係業過・道交違反を除く検察庁新規受理人員のおおむね1割,地方裁判所の通常第一審における全終局処理人員のおおむね2割5分が覚せい剤取締法,麻薬及び向精神薬取締法,大麻取締法,あへん法(以下,これら四つの法律をまとめて「薬物四法」という。)及び毒物及び劇物取締法の各違反者で占められている上,刑務所における新受刑者のうち覚せい剤取締法違反者が占める比率は,このところ,男子では4人に1人,女子では2人に1人という状態が続いている。 加えて,最近の我が国における薬物犯罪は,相変わらず暴力団勢力が深く関与してその主たる資金源となっているものと認められるほか,濫用薬物の多様化,事犯の悪質巧妙化・潜在化,来日外国人による事犯の急増,外国麻薬密売組織の我が国への進出の兆し等,取締りや処遇等をより困難にする要因が増え,あるいは深まっており,薬物犯罪と薬物犯罪者を取り巻く情勢は変容しつつある上,薬物濫用に起因干る各種犯罪も後を絶たない。 他方,国際社会に目を転じると,薬物の濫用は諸外国においても従来から深刻な社会問題となっており,各国独自の国内的対策がとられてきたほか,薬物濫用問題が国際的にも危機的状況にあり,その地球的規模に立った効果的な抑制が世界共通の緊急課題であるとの認識が醸成され,国連や先進国首脳会議(サミット)等を中心として,新たな視点を含めた薬物濫用撲滅に向けた積極的な国際的取組が展開され,麻薬新条約(次章第2節参照)の採択,国連麻薬統制機構の再編成,マネー・ローンダリング(不法収益等隠匿)防止に向けた金融活動作業グループ(次章第2節参照)の設置等が行われてきている。 このような中,我が国においても,平成2年,「麻薬取締法等の一部を改正する法律」により,「麻薬取締法」を「麻薬及び向精神薬取締法」と名称変更し,向精神薬に係る規制を新たに行うとともに,麻薬についての罰則を強化し,また,4年には麻薬新条約を批准したが,その国内担保措置として麻薬特例法(第3章第1節参照)等が制定され,麻薬や向精神薬の原材料物質に関する規制が強化されたほか,国際的なコントロールド・デリバリー(監祝付移転)を可能とする規定,不法収益の必要的没収・追徴規定,マネー・ローンダリングの処罰に関する規定等が設けられ,4年7月1日から施行されて実務上その運用が定着しつつある。さらに,矯正処遇の面においても,昭和56年以降,覚せい剤受刑者に対する処遇が一層充実強化され,平成5年度(会計年度)からは,覚せい剤濫用防止指導が,いわゆる処遇類型別指導の一環として実施されるなど,薬物犯罪者に対する矯正処遇の充実が図られている。 このように,各分野において薬物犯罪に対する各般の努力が重ねられている一方で,薬物犯罪及び薬物犯罪者の比重が高い水準を続けている現状にかんがみると,これへのより一層効果的な対応は,我が国刑事政策の現下の重要課題の一つであると思われる。 そこで,本白書においては,「薬物犯罪の現状と対策」とのテーマで第4編を構成し,薬物犯罪及び薬物犯罪者に対する有効適切な方策を講じる上での資料を提供しようと試みた。 そのため,公刊されている各種統計資料等に基づき,薬物濫用問題の国際的動向,最近の我が国におけるこの種事犯の動向とその背景,処分や科刑の状況,処遇対象者の処遇の実情等について分析するとともに,諸外国における薬物規制法制と薬物犯罪の現状についても調査を行い,また,[1]平成元年1月1日から6年6月30日までの間に薬物四法違反の罪で有罪判決を受けた者についての各種属性や科刑状況に関する特別調査,[2]覚せい剤取締法違反の罪による受刑者の処遇等に関する特別調査,[3]少年院在院者の薬物濫用経験等に関する特別調査及び[4]覚せい剤取締法違反の罪により保護観察付き執行猶予判決を受けた者の成り行きの実態等に関する特別調査をそれぞれ実施し,その結果に基づき,本編を構成した。 本編は10章からなっている。第2章では薬物濫用問題の国際的動向と国際協力の現状等について,第3章では第二次世界大戦後の我が国における薬物犯罪取締法令の変遷と現行の薬物犯罪取締法令の内容について,それぞれ概観し,第4章では薬物犯罪の現状について,第5章では特別調査結果を含めて検察・裁判における薬物犯罪に対する処分・科刑状況等について,第6章と第7章では特別調査結果を含めて薬物犯罪による受刑者・薬物濫用経験を有する被収容少年の特質と処遇の実態等について,第8章では特別調査結果を含めて薬物犯罪者の更生保護について,それぞれ言及し,第9章で諸外国の薬物規制法制の概要と薬物犯罪取締り等の概況を紹介した上,第10章においてこれらをまとめた。 なお,本編においては,特に断る場合を除いて,人が濫用することにより保健衛生上の危害を生ぜしめるおそれのある物として法令で規制されているものを「規制対象薬物」と,規制対象薬物に係る犯罪を「薬物犯罪」とそれぞれいうものとし,我が国に関しては,薬物犯罪として,薬物四法違反,毒劇法違反及び麻薬特例法違反の罪並びに刑法第2編第14章のあへん煙に関する罪を対象としている。ただ,毒物及び劇物取締法にあっては,主として,人の濫用防止とは異なった観点からの毒劇物の規制が行われていることから,同法違反の罪がすべて上記の意味での薬物犯罪に該当するものではないが,各種統計の多くは,同法違反の罪全体としての数値だけを公表している実情にあるので,資料分析上は,毒劇法違反全体を薬物犯罪として扱わざるを得なかった。 また,本編は,昭和57年版犯罪白書における薬物犯罪特集の続編としての意味をも有するので,主として同白書発刊以後の薬物犯罪状況を見ることとし,我が国の各種統計資料等を分析・検討するについても,原則として同年以降のものを対象とした。 |