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 平成 5年版 犯罪白書 第4編/第9章 

第9章 むすび

 本編においては,我が国における交通犯罪の動向や交通犯罪者に対する処遇等を,各種の統計や法務総合研究所における特別調査結果等に基づいて分析・検討するとともに,これまでの我が国における交通犯罪に関する刑事政策や諸外国における交通犯罪に対する法制度等を概観した。
 まず,交通犯罪の動向等を見ると,近年,我が国においては,交通事故の発生件数及び死傷者数が増加傾向にあり,これを反映して,交通犯罪による警察の検挙人員や検察庁の新規受理人員も増加している。平成4年においては,交通関係業過の検挙人員は,63万8,045人となっていて,警察の刑法犯検挙人員の69.1%を占めており,また,検察庁の交通関係業過の新規受理人員も,受理人員総数の29.1%を占めるに至っている。他方,道交違反の取締件数も894万3,383件に達しており,,また,検察庁の道交違反の新規受理人員も,警察が検挙した道交違反の大半が,交通反則通告制度に基づく反則事件として処理されるため,刑事事件として送致されていないものの,なお新規受理人員総数の55.3%を占めている実情にある。
 次に,交通犯罪に対する処理状況等を見ると,道交違反事件については,前述のように,その大半が反則事件として処理されており,また,検察庁に送致された事件についても,その大半は,略式命令請求がなされて,罰金刑に処されている。このように道交違反については,刑罰の対象になる行為であるとはいえ,その大半が刑事事件とならずに終了し,刑事事件となったものも,その大半が罰金刑により処理されているのが実情である。諸外国においては,フランス,イギリス及び韓国において,我が国と同様の反則金制度を設けているが,ドイツにおいては,一定の比較的軽微な交通違反行為は,秩序違反行為として非犯罪化し,過料の対象としている。また,イギリスにおいても,近時,ロンドン首都圏の指定駐車場所における駐車違反を非犯罪化して制裁金の対象とすること等を内容とする1991年道路交通法を制定し,アメリカのミシガン州においても,軽微な交通違反行為は違反(civil infraction)として,制裁金の対象とするなど非犯罪化している状況にある。このような諸外国の法制度等は,我が国における比較的軽微な道交違反についての刑罰の在り方を考えていく上で,一つの参考になると思われる。
 他方,交通関係業過の処理状況を見ると,交通関係業過の起訴率は,昭和50年以降おおむね70%前後で推移していたが,62年に前年より約20ポイント低下して以来下降傾向にある。こうした背景には,保険制度の普及により被害者の救済が図られ,そのため,被害者も被疑者の処罰を望まない等の事情があり,これらの事情が考慮されて,検察庁の処理の在り方等の見直しがなされたことにより,起訴率が低下したものと考えられる。ドイツにおいても,過失傷害罪を親告罪とし,韓国においても,交通関係の業務上(重)過失傷害罪に関し,例外的場合を除き,被害者の明示した意思に反して公訴を提起できないことなどを内容とする交通事故処理特例法を制定している状況にある。
 ところで,我が国の第一審裁判所における科刑状況を見ると,業過に対する懲役刑及び禁錮刑の実刑率は,昭和40年代からおおむね低下傾向にあったが,その懲役刑及び禁錮刑の刑期を見ると,1年未満の刑期の言渡しが減少している反面,1年以上の刑期の言渡しが増加している。なお,我が国と諸外国の交通犯罪の科刑状況を比較すると,我が国は,人口10万人当たりの自由刑に処された者の比率及び実刑に処された者の比率のいずれにおいても,ドイツ,フランス,イギリス及び韓国より低いことが認められる。
 我が国においては,悪質重大事犯に対する罰則を強化する観点から,業過の法定刑の引上げ等を行ったが,フランスにおいても,過失致死傷罪につき,事故時酒酔い運転等をしていた場合は刑を2倍に加重する旨規定し,イギリスにおいても,1991年道路交通法により,新たに危険運転罪や飲酒運転等致死罪を設けるなどして,危険悪質事犯に対する罰則の強化を図っている。我が国においても,悪質重大事犯に対しては,今後とも,厳正な取締りと処罰が望まれる。
 さらに,交通犯罪者の処遇等を見ると,平成4年における業過の新受刑者数は,昭和46年のピーク時の16.7%と大幅に減少し,また,平成4年の道路交通法違反の新受刑者数も,昭和56年のピーク時の54.0%に減少している。これに対し,交通保護観察対象者の新規受理人員は,52年の交通短期保護観察の導入以降急増しており,平成3年以降やや減少しているが,4年は,6万13人となっていて,新規受理人員総数の66.4%を占めている。
 新受刑者のうち再入者の比率は,業過が23.2%,道路交通法違反が46.6%となっており,同法違反者の半数弱は再入者である。さらに,道路交通法違反の再入者の45.6%は,前刑も同法違反であり,同法違反者については,違反行為を繰り返している場合が多いことが認められる。他方,交通保護観察対象者の終了状況を見ると,保護観察処分少年及び保護観察付執行猶予者共に,一般事件による者に比べて良好であり,,保護観察期間中における再犯率も,一般事件による者より低いが,道路交通法違反の保護観察付執行猶予者については,同一罪名による再犯の比率が,保護観察処分少年や業過の保護論察付執行猶予者に比べて高く,この種の対象者は,違反行為を繰り返す傾向が強いといえる。今後とも,交通犯罪を繰り返す者に対する効果的な処遇の実施等が検討課題であると思われる。
 以上述べたように,最近における交通関係業過及び道交違反の動向や処理状況,交通犯罪者に対する処遇の実情等を踏まえると,交通犯罪に対する刑罰の在り方等については,今後とも,いろいろな角度から研究をしていくことが必要と思われる。