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 平成 4年版 犯罪白書 第4編/第2章/第2節/2 

2 女子犯罪の背景

 これまで検討してきたように,昭和20年代以降の刑法犯の動きを見ると,戦後の混乱期の犯罪,経済の高度成長期の犯罪,豊かな時代の犯罪と,各時代における犯罪・非行の量は変化しているが,女子の免罪は,交通関係業過を除く刑法犯で見る限り大きな変化はなく,依然として,窃盗,横領,詐欺などの財産犯が主力となっている。しかし,女子の犯罪者に焦点を当てて見ると,戦後の混乱期の交通関係業過を除く刑法犯の主流は,成人女子であったが,50年以降は,女子少年の台頭が目覚ましく,最近の女子犯罪の増加は,女子少年によるところが大きいといえよう。
 以下,戦後の犯罪動向と関連すると思われる社会の変化について,若干触れておく。戦後の時代区分を,戦後の混乱とその復興期(昭和20年以降30年代の初頭まで),経済の高度成長期(30年代中期以降40年代の後半まで),経済の低成長期と安定期(40年の末期から現在まで)の三つに区切り,その社会的背景を探ることとする。
(1) 戦後の混乱とその復興期の社会における女子の犯罪
 この時期を,戦後の混乱とその復興を背景とする昭和20年から30年代初頭までとする。20年代は,終戦による経済の破たんと道徳観や価値観の崩壊による社会生活の混乱によって,すべての国民が困窮していた時代で,その時代の犯罪は,貧しさゆえ生存するための犯罪が圧倒的であった。女子について見れば,戦後の占領政策として,男女同権が実現し,女子の社会的活動の範囲は著しく拡大されたが,それと関連すると思われる犯罪は少なく,戦後第一のピークを示した25年の交通関係業過を除く刑法犯検挙人員の女子比は1割以下で,人口比1,000人当たりで見ても1.7(男子は18.3)を示したにすぎない。もっとも,刑事裁判統計年報によれば,20年代は,女子の特別法犯が増加しているが,その大部分は食糧管理法違反で,米のかつぎ屋であり,その多くは生活費を得るためのものであった。その他,この時期の女子で問題となった行為は,いわゆる婦女売買とこれに類似の行為,婦女に売春その他の淫行をさせることなどで,これらの犯罪も,敗戦による道徳心の低下や劣悪な経済状態などが原因となった貧困型の犯罪といえるであろう。
(2) 経済の高度成長期の社会における女子の犯罪
 この時期を,昭和30年代の中ごろから40年代の終りころまでとする。
 昭和30年代中ごろになると,社会の安定と経済の高度成長が著しく進んだ。この時期は,地域開発や工業化,それらに伴う人口の都市集中,交通機関の発達など一連の経済施策が推進,拡充され,農産物の増産,工業製品輸出の好調に支えられ,いわゆる「神武景気」が出現したといわれた時期である。家庭における電化及び自動車の普及は,国民生活を著しく変え,「もはや戦後ではない。」が流行語となり,消費水準の上昇に伴う消費的傾向の拡大,価値観の多様化,享楽的有害環境のまん延化等の風潮が出現した時代でもある。40年代に入っても経済の高度成長は持続し,43年には国民総生産(GNP)は自由世界第2位となり,社会の産業構造は大きく変化していった。この時期の犯罪は,経済の復興とそれに伴う社会構造の急激な変化によるものが最も多く,増加の著しい犯罪は,交通関係業過であり,45年にピークを示した。この年,女子の交通関係業過の検挙人員も,女子刑法犯の33.3%を占めるに至っている。46年以降の女子の交通関係業過の検挙人員は明らかにされていないが,その後の女子の自動車免許保有者率の上昇,自動車運転中の交通事故死亡者中の女子比の上昇などから見ても,女子の交通関係業過は多いものと思われる。交通関係業過を除く女子の刑法犯は,この時期においても,依然として窃盗及び詐欺が中心であるが,その数は39年をピークに第二の波を形成しており,急激な社会環境の変化の中で生じた女子の窃盗の増加が,交通関係業過を除く女子刑法犯全体の動向に影響を与えたものと考えられる。一方,この時期,特別法犯においては,売春事犯及び薬物事犯の増加が目立っているが,これらの事犯は,主として暴力団に関連する者が大部分を占めていた。中でも売春については,多くの自治体で,売春取締条例を制定して売春の勧誘などを取り締まったが,この種事犯は検挙が困難なため,余り改善されず,遂に売春防止法が制定され,33年4月から全面的に施行されるに至った。売春防止法違反の送致人員のうち,特に勧誘等の違反の推移については,第3章に記述する。
(3) 経済の低成長期と安定期の社会における女子の犯罪
 この時期を,昭和40年代の終りころから現在までとする。
 昭和40年代後半においても,我が国における経済の高度成長は続いていたが,48年10月の中東戦争に端を発した石油不足は,我が国の経済にも大きな打撃を与え,不況と物価の大幅な上昇をもたらした。とはいえ,享楽的風潮は持続し,享楽的娯楽施設等が急増し,第三次産業就業人口は49年に50%を超えている。女子の犯罪が目立ち始めたのもこの時期である。女子の罪名は,相変わらず窃盗が交通関係業過を除く刑法犯の8割ないし9割を占め,その手口は,デパート,スーパー・マーケット,小売店等での窃盗が大部分であった。注目すべき変化として,女子の交通関係業過を除く刑法犯検挙人員に占める少年比が上昇してきたことである。女子少年の犯罪は,いわゆる「遊び型非行」といわれたもので,非行や犯罪の動機は,貧困型から遊び型へと変化してきたことである。女子少年の犯罪は,大人社会の享楽的風潮を背景に,10代の母や未婚の母の出現をもたらし,この時期,子捨て,子殺し事件等も目立っている。覚せい剤の濫用が再び顕著になったのも40年代の終りのことである。50年代に入ると,犯罪に占める女子少年比は更に上昇し,女子少年の性の逸脱行動や粗暴化傾向が顕著になっているが,これらの犯罪も少年人口の減少傾向に伴って,63年をピークとして減少傾向にある。一方,一般社会における女子の被雇用者は,50年を底に,増加を続け,53年には雇用労働者総数に占める女子の比率は33.7%,と,戦後初めて3分の1を上回るに至っている。女子の社会進出と犯罪の増加との関係がうんぬんされたのもこのころのことであるが,犯罪の増えた分の大多数は女子少年によるものであった。その後の女子の社会参加には著しいものがあるが,交通関係業過を除く女子刑法犯の動向を見ると,成人女子は大きな変動もなく推移し,交通関係業過を除く刑法犯の増加は,女子少年によるところが大きい。交通関係業過を除く成人女子の刑法犯検挙人員は,全般的に見て,やや高齢化の傾向にある。特別法犯,特に覚せい剤取締法違反は,成人女子の犯罪では,現在,大きな問題となっているが,これらの実態については,第3章以下に記述する。