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 平成 3年版 犯罪白書 第4編/第3章/第4節 

第4節 まとめ

 これまで述べてきたことから明らかなように,業過を除く刑法犯全体について見ると,主として検察官の訴追裁量権の適切な運用によって,起訴人員に占める40歳以上の中高年齢層の者,特にその中でも60歳以上の高齢者の占める割合の増加は,ある程度コントロールされ,社会一般の高齢化の現状から見れば,はるかに低い状態に抑えられている。しかし,それでも,これまで検討してきた窃盗,詐欺,傷害,殺人及び覚せい剤取締法違反の5罪名について見れば,起訴人員においては常に,また,実刑判決言渡し人員においては,殺人の場合は別として,その他の場合は常に,それぞれ程度の差はあるものの,40歳以上の中高年齢層の者の占める割合が徐々に増加しており,かつ,その中で60歳以上の者の占める割合も,いまだかなり低い状況にあるが,やはり増加傾向を示している。犯罪者の高齢化は,検察及び裁判の場でも,静かに,しかし確実に,始まっているのである。
 ところで,検察官は,被疑者について犯罪の嫌疑があるときでも,刑事訴訟法248条により,犯人の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときには,起訴を猶予する処分を行うことができる。また,裁判所は,被告人について犯罪の証明が十分であり,かつ,刑を免除すべき事由がないときに限り刑を言い渡すのであるが,そのときでも,刑法25条により,3年以下の懲役若しくは禁錮又は一定額以下の罰金に処すときは,情状により1年以上5年以下の期間,その執行を猶予することができる。
 このように,検察官の職務遂行過程も,裁判所の職務遂行過程も,共に裁量権に基づいて職務遂行対象者を分類する作業であるところに特徴があるが,両者の裁量権を比較して見た場合,検察官の裁量権は,裁判所のそれよりも,見方によれば広いといえる。例えば,何らかの罪により懲役刑の実刑に服し満期出所後5年以内に軽微な窃盗を犯した者がいるとしよう。窃盗の法定刑の種類は,既に述べたとおり,懲役のみである。検察官は,上記の基準に適合する場合には,法律上,この者を起訴猶予処分に付すこともできるのであるが,裁判所は,いったん検察官によってこの者が起訴されてしまうと,犯罪の証明があって,中止未遂等刑を免除すべき事由がなく,かつ,判決言渡しの時点においていまだ満期出所後5年以内ならば,刑法25条の制約により,執行猶予判決を言い渡すことはできず,実刑判決を言い渡すことしかできないのである。もっとも,このように実刑に処せられた者であっても,[1]刑の執行によって,著しく健康を害するとき,又は生命を保つことのできない虞があるとき,[2]年齢70歳以上であるとき,[3]子又は孫が幼年で,他にこれを保護する親族がないときなど,刑事訴訟法482条に定める事由があり,かつ,必要やむを得ないと認めるときは,検察官は,刑の執行を一時的に停止することができるので,法制度上,犯罪者の処罰という社会的要請と刑の執行に適さない犯罪者の保護という個別的要請との均衡を保つ考慮は,払われている。
 このような観点から考えると,将来,犯罪者の高齢化が進めば進むほど,検察官の適宜適切な裁量権の行使が,ますます重要性を帯びてくることとなろう。