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 平成 元年版 犯罪白書 第4編/第3章/第2節/5 

5 刑務所における収容状況等の変遷

 ここでは,主に行刑統計年報及び矯正統計年報により,昭和元年から63年に至る昭和時代を通して連続して得られる行刑施設の収容状況等に関する資料を用いて,その動向を考察することとする。
(1) 新受刑者数及び女子新受刑者数と女子比の推移
 IV-27図及び付表8表は,昭和元年以降の新受刑者(当該年次に裁判の確定により新たに入所した懲役,禁錮及び拘留の受刑者をいう。)数及び女子新受刑者数と女子比(新受刑者総数に占める女子の比率)の推移を見たものである。元年の新受刑者数は2万9,583人であり,5年以降増加して9年の4万2,094人で戦前での最多人員を記録した後おおむね減少して,17年には戦前で最少の2万7,387人となっている。18年から再び増勢に転じて終戦直後の21年には6万人台となり,戦後混乱期の23年には昭和時代で最も多い7万727人となったが,以後は社会の安定と経済の発展につれておおむね一貫して減少傾向に移り,49年の2万5,728人で昭和時代を通して最少となった後,主に覚せい剤事犯者の増加により再度漸増傾向に転じて,59年に3万2,060人となった後はおおむね微減傾向で推移している。元年と63年との新受刑者数を比較すると,63年は1,341人の減少となっており,その間,人口は6,074万1,000人から1億2,278万3,000人へと倍増しているので,これを人口比で見た場合,元年の人口比を100とすると,63年のそれは47と半減していることが注目される。

IV-27図 新受刑者数の推移(昭和元年〜63年)

 女子新受刑者数について見ると,元年から13年まではおおむね700人以上を占め,特に,元年,2年,9年では1,000人を超えたが,その後減少して17年には昭和時代で最少の439人となっている。終戦直後の21年からは急激な増加に移り,23年には昭和時代で最多数の2,662人を記録した後,多少の起伏を見せながら減少に転じて49年の467人が最も少なく,50年以後はおおむね一貫して増加して60年に1,363人となり,その後は微減傾向にある。昭和初期の女子新受刑者数が多いのは,売春等をも取締り対象とした警察犯処罰令等により拘留刑を受けた者が多数を占める(拘留の新受刑者は元年で女子の59.5%を占めている。)ためであり,終戦直後23年の承多記録は経済的な困窮を背景とした窃盗が激増したためであり,また,50年以降増加したのは主に覚せい剤事犯者によるものである。なお,女子比は,昭和時代を通して2%台の年が最も多いが,4%匹超えた年は,元年及び59年から63年までの5年間である。
(2) 受刑者1日平均収容人員と人口比の推移
 IV-28図及び付表9表は,昭和元年以降63年までの受刑者1日平均収容人員とその人口比(人口10万人当たりの受刑者の比率)を見たものである。元年の1日平均収容人員は3万9,529人であり,6年以降増加して11年には5云1,407人となったが,その後減少して16年に3万8,428人となったものの,19年には5万1,639人と増加するなど起伏を見せながら22年以降急激な増勢に転じ,25年には昭和時代では最高の8万5,254人を数えるに至っている。26年以降は,おおむね一貫して減少傾向に移り,50年の3万7,850人が最も少なく,以後おおむね漸増して63年では4万5,909人となっている。

IV-28図 受刑者1日平均収容人員及び人口比の推移(昭和元年〜63年)

 人口比を見ると,戦前で人口比の最も高いのは昭和11年の73で,最も低いのは15年から17年にかけての54であり,戦後では25年の102が最も高く,50年から52年までの34が最も低く,63年では37となっている。元年の人口比を100とした場合の63年のそれは57で大きく低下している。
(3) 新受刑者の主要罪名別構成比の推移
 IV-29図及び付表10表は,昭和元年以降の新受刑者の主要罪名別構成比の推移を見たものである。窃盗は,元年の37.3%から以後おおむね漸増に移り,13年から50%台に,20年から60%台にそれぞれ乗せて21年の71.8%で最高となり,以後は29年から50%台へ,37年から40%台へ,44年から30%台へ,54年から20%台へと漸減し,63年には25.4%となっている。強盗は,14年までは2%前後で推移し,戦時中では低下して1%前後になるものの,21年が3.1%,22年が9.3%へと急増して最高を記録した後漸減し,53年以降は2%前後で準移している。殺人は,元年から3年までは2%台を占めるが,その後はおおむね1.5%前後で推移した後,18年から25年までは1%以下と顕著に低下するものの,26年から1%台に,33年から2%台に上昇して,その後はおおむね2%台で横ばい状態にある。放火は,殺人と類似した傾向を示し,14年までは1%ないし2%台を占めるが,15年以降漸減して21年と23年に9.1%で最低となった後,多少上昇するものの1%を超えることはなく,63年では0.8%となっている。強姦・強制猥褻は,14年から19年までの1%台を除くと,29年までは1%に満たなかったものが,30年以降漸増して44年の5.8%で最高となった後は下降に転じて,63年では1.8%となっている。覚せい剤取締法違反は30年に6.4%を占めるが,その後は顕著に低下したものの47年から上昇に移り,60年には27.1%を占めて窃盗を超えて第1位となり,その後も上昇傾向にある。また,賭博・富くじは,戦前では3%台から9%台の間で推移していたが,戦後は激減し,最近では1%未満となっており,逆に傷害,恐喝は,戦前と比べ戦後の方が各構成比が高くなっている。

IV-29図 新受刑者の主要罪名別構成比の推移(昭和元年〜63年)

 このように,窃盗は戦中・終戦直後の物資不足時に急増し,逆に,殺人,放火はその時期に急減し,強盗は終戦直後の混乱期にのみ急増していること,放火は昭和初期にその割合が高いこと,強姦・強制猥褻は,30年以降46年にかけて急激に増加したこと及び覚せい剤取締法違反の比率が60年以降窃盗を超えて第1位を占めることなどは昭和時代における注目すべき現象といえよう。
(4) 新受刑者の刑名別人員及び懲役刑期別構成比の推移
 IV-30図及びIV-31図並びに付表11表は,昭和元年以降の新受刑者の刑名(死刑,懲役,禁錮及び拘留)別人員と懲役刑の刑期別構成比の推移について見たものである。刑名では,戦前では主に思想犯をその対象とした禁錮が11年の1,755人,12年の1,438人と急増した一時期を除くと元年から23年まではおおむね700人未満の三けた台で推移し,24年以降30年まで二けた台に落ちるものの,車社会を迎え交通関係業過を主とした禁錮が31年を起点として増勢に転じて46年の2,982人で最高を記録し,その後減少に移り,63年では349人となっている。拘留は,昭和初期では警察犯処罰令によるものが多く,元年では総数の19.8%の高率に当たる5,871人であったが,以後は徐々におおむね減少傾向を示し,16年から三けた台,25年から二けた台と急激に減少して現在に至っている。死刑について見ると,死刑を執行された者の数が30人以上となった年は戦前では9年,戦後は23,24,25,29,30,32,34,35の各年であり,52年以降は一けた台となっている。

IV-30図 新受刑者の刑名別人員の推移(昭和元年〜63年)

IV-31図 新受刑者の懲役刑刑期別構成比の推移(昭和元年〜63年)

 懲役刑新受刑者の刑期別構成比を見ると,無期は,昭和元年から49年までは,11年から17年までの0.1%が続いた期間を除いて,おおむね0.2%で推移していたが,48年からはおおむね0.1%に低下している。6月を超えて1年以下は元年から35年までの間は3割ないし4割を占めておおむねその比率が最も高く,次いで1年を超えて3年以下,6月以下の順であるが,36年以降は1年を超えて3年以下がおおむね4割ないし5割を占めて最も高く,次いで6月を超えて1年以下,6月以下の順となっている。6月以下の短期刑は,戦前ではおおむね20%前後を占めその比率が高いが,戦後では,47年から55年まで10%台後半となったのを除き,おおむね10%台前半で推移している。また,5年を超える比較的長期の刑は,昭和当初の元年,3年と終戦前後の19年,20年,22年,23年で4%以上を占めているが,その他のほとんどの年では2%台ないし3%台となっている。
(5) 新受刑者の入所度数別構成比の推移
 IV-32図及び付表12表は,昭和元年以降の新受刑者の入所度数別構成比の推移を見たものである。初度の者(初めて受刑した者)は,元年から17年まではおおむね40%から50%前後で推移していたのが,18年から急激に上昇に転じて21年には76.8%となり,最高を記録した。23年以降は,逆に低下傾向に移り,28年に41.3%となった後は多少の起伏を見せながらおおむね横ばい状況で推移し,63年では39.2%となっている。2度から5度までの者は,元年から15年までは40%前後で推移し,以後下降して20年の17.7%が最低となった後,28年の51.7%まで上昇したが,再び46年の37.9%まで低下し,その後漸増したものの,52年以降は44%前後で横ばいである。6度以上の者は,元年の9.0%から16年の13.9%までおおむね上昇したが,戦中及び終戦直後には顕著に低下して23年の2.6%で最低を記録した後はほぼ一貫して微増に転じ,33年で10%を超え,63年には16.0%に至っている。

IV-32図 新受刑者の入所度数別構成比の推移(昭和元年〜63年)

 IV-33図は,昭和62年8月1日現在,全国の刑務所で受刑中の刑務所人出所を10度以上繰り返した多数回受刑者2,122人について,初めて受刑した時の年次別人員を見たものである。最も古い入所年次の者は元年の1人であり,最も新しい年次の者は52年の1人となっているが,同図に23年と31年に突出した山が示されているとおり,終戦後の社会的混乱時と朝鮮動乱後の不況時に入所が急増している。特に,21年から25年までの間に394人(総数の18.6%)が初回受刑者となっており,戦後の混迷・困窮期に犯罪の道に入り,おおよそ40年を経過した今日に至ってもなお立ち直ることができないまま受刑を重ねている人たちが存在することは注目されよう。

IV-33図 多数回受刑者の初入刑入所年次別人員(昭和元年〜52年)

(6) 新受刑者の年齢層別構成比の推移
 IV-34図及び付表13表は,昭和元年以降の新受刑者の年齢層別構成比の推移を見たものである。20歳未満の者の比率は,元年から17年までは10%を下回っていたのが,18年から10%を超え,22年に16.7%と急増して最高となり,26年に少年法適用年齢が18歳未満から20歳未満に引き上げられた時期から急激な減少に転じて28年から1%台となり,その後若干増加したものの,47年には1%を割り,63年ではわずかに0.3%を占めるにすぎない。20歳代は,元年から9年までは40%を上回り,その後下降して19年では29.7%となるものの,戦後は急激に上昇して2C年の57.6%で最高となり,その後もおおむね50%を超えていたが,41年には50%を下回るようになった後,47年以降急激な減少に移り,50年には40%を割り,52年(35.3%)に30歳代(37.0%)に第1位を譲り,57年(24.1%)には40歳代(25.7%)をも下回るようになり,以後はおおむね横ばいである。30歳代は,23年の19.0%を最低としてその後上昇に転じ,55年の41.4%で最高となり,その後は,減少傾向にあるものの63年では29.3%を占め,なお各年齢層を通して第1位を占めている。40歳代は22年(9.2%)が,50歳代は23年(3.2%)が,60歳代は23年と25年(それぞれ0.8%)がそれぞれ最もその比率が低く,以後40年代後半までは多少の起伏を見せながら横ばいないしは微増傾向にあったが,48年以降はいずれも増勢に移り,63年では,40歳代が28.8%,50歳代が13.1%,60歳以上が2.9%と上昇し,新受刑者の高齢化傾向を明確に示している。また,注目されるのは,21年から26年までの間に20歳未満と20歳代の新受刑者が急増して総数のおおよそ6割以上を占めたことであり,終戦直後の混迷が前途ある青少年に及ぼした影響をうかがわせる。

IV-34図 新受刑者の年齢層別構成比の推移(昭和元年〜63年)

(7) 新受刑者の生活程度別構成比の推移
 IV-55表は,昭和元年以降の新受刑者について,生活程度別構成比の推移を見たものである。生活程度「下」の者は,元年から30年まで9割を超えていたのが,その後は急激に低下して45年以降ではおおむね47%ないし54%となる一方,同「中」の者は元年から30年までは2%台ないし5%台であったのが,その後は急激に上昇して,45年以降はおおむね39%ないし48%となっている。これらのことは,戦前及び戦後30年までの受刑者の大半は生活困窮者で占められていたこと,また,近年の受刑者の半数弱は必ずしも生活苦から犯罪に陥っているのではないことを示唆し,その犯行動機等にも変化が生じていることをうかがわせよう。また,生活程度「上」の者の比率は,戦前・戦後を通して1%未満で大きな変化がないことも注目される。

IV-55表 新受刑者の生活程度別構成比(昭和元年,5年,10年,15年,21年,25年,30年,35年,40年,45年,50年,55年,60年)

(8) 新受刑者の教育程度別構成比の推移
 IV-56表は,昭和元年以降の新受刑者の教育程度別構成比の推移を見たものである。小学校中退及び不就学は,元年では小学校中退が22.1%,不就学が5.0%を占めていたが,その後は低下して,21年では小学校中退が12.2%,不就学が4.8%,40年では小学校中退が3.8%,不就学が1.3%,6O年では小学校中退が1.5%,不就学が0.3%となっている。一方,高等学校卒業(旧制中学校卒業を含む。)は,戦前では5%前後で,その後も35年まではおおむね1割にも満たないが,40年以降は1割を超えて漸増傾向を示し,60年には16.0%となっている。大学卒業(旧制高等学校卒業以上を含む。)は,戦前は0.5%ないし0.6%であったが,戦後はおおむね1%台となり,60年には1.6%を占めている。このように,新受刑者の教育程度は,元年以降,昭和の時代を通じて向上する傾向を示している。

IV-56表 新受刑者の教育程度別構成比(昭和元年,5年,10年,15年,21年,25年,30年,35年,40年,45年,50年,55年,60年)

(9) 再入新受刑者の再犯期間累積率の推移
 IV-57表は,昭和元年以降の新受刑者のうち前刑出所後の犯罪により再入所した者について,5年ごとに再犯期間の累積率の推移を見たものである。前刑出所後3月未満のごく短期間に再入する者の比率が高い年次は,おおむね10年から20年までの戦時中の時期でいずれも30%前後となっているが,戦後は40年からは低下する傾向を示し,55年以降は13%台で推移している。1年未満の累積率は,3月未満とほぼ同様の傾向を示しているが,55年以降においても1年未満の比率はなお逐年低下している。このように,昭和時代後半は,前半に比べ再入者の中で短期間に再犯に陥る者が減少する傾向にある。

IV-57表 再入受刑者の再犯期間累積率(昭和元年,5年,10年,15年,20年,25年,30年,35年,40年,45年,50年,55年,60年)

(10) 受刑者の出所事由別構成比の推移
 付表14表は,昭和元年以降の受刑者の出所事由別構成比の推移を見たものである。仮釈放者の比率は,元年では5.7%と極めて低いが,8年に10.1%と1割台に乗せ,以後,戦火の拡大に伴い造船等軍需構外作業に従事する者が多くなるにつれて急激に上昇して19年には30.9%を占めている。終戦の直後は,極度の過剰拘禁から仮釈放が積極的に行われたため,更に上昇して,24年の79.7%で最高となり,その後,27年から6割台,39年からは5割台と低下し,57年に戦後最低の50.8%を記録した後,法務当局の仮釈放の積極化・適正化の方針に伴い再び上昇して最近4年間は55%ないし57%で推移している。逃走者について見ると,17年までは3人ないし31人であったのが,18年以降激増して20年の541人が最高となり,その後は減少に転じて,26年から二けた台,46年以降は一けた台で推移し,特に57年と63年は皆無であって,行刑施設の保安の状況が戦後の一時期を除き極めて安定していることを示している。死亡者について見ると,元年の死亡者は424人であったが,その後多少の起伏を見せながら上昇して17年には1,1048人と1,000人台に乗せ,2G年には空襲等による死亡者も含むものの全出所受刑者の15.0%に当たる7,284人が死亡している。その後は顕著な減少傾向に移り,23年以降は三けた台,43年以降は二けた台となり,63年では94人(1日平均収容人員の0.2%)となっている。近時,受刑者の高齢化が進む中で死亡者が減少していることは,行刑施設の給養及び保健・医療態勢が充実していることを示すものといえよう。
 以上のように,昭和時代の収容状況の推移を見た場合,今後の矯正処遇上の問題点となり得る傾向としては,[1]40歳以上の高年齢受刑者が48年以降増加傾向にあること,[2]覚せい剤事犯者の罪名比率が60年以降第1位を占めていること,[3]累犯者の新受刑者中に占める比率が58年以降おおむね6割を占め,特に6度以上の者が微増傾向にあること,などを挙げることができる。