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 昭和37年版 犯罪白書 第一編/第七章/四/2 

2 刑の執行猶予

 刑の執行猶予は,明治三八年にわが国に初めて採用されて以来,五十数年の歴史をもつが,その間に数次の改正を経てその適用範囲が順次拡大されるに伴い,裁判の実際ではこれが大幅に活用され,後に述べる起訴猶予制度とともに,他国に類例をみないほどの大幅な運用がなされている。
 刑の執行猶予は,自由刑とくに短期自由刑の弊害を回避するために考慮された制度といわれているが,わが国の裁判の実際では,短期自由刑の回避というよりはむしろ,刑の執行を猶予することによって,その感銘力に訴えて本人の改善更生を促すという点に重点が置かれている。すなわち,自由刑については,三年以下の懲役,禁錮にまで執行猶予をつけることができるばかりでなく,罰金刑についても五万円以下の罰金にこれをつけることができるとされている。刑の執行猶予は,その猶予期間を無事に経過させ,本人の改善更生をはかることにあるから,その期間保護観察に付し,保護観察官または保護司の指導監督,補導援護にゆだね,本人の改善と再犯防止をはかることが望ましい。しかし,保護観察は,ある意味では本人にとって歓迎されない自由の規制ともなりかねないので,わが法は,これを裁判所の裁量的措置にまかせることとし,ただ再度の執行猶予を言い渡す場合に限って,必ず保護観察をつけなければならないものとしている。
 執行猶予が戦前に比し戦後において大幅に適用されていることをみるために,戦前の昭和三-七年と戦後の昭和三一-三五年とを比較すると,I-151表のとおり,戦前においては,第一審で有期の懲役禁錮を言い渡された者のうち,執行猶予のついたものは,一七%前後であったが,戦後においては,この比率が約三倍近くの増加を示し,昭和三五年には約五〇・四%と半数に執行猶予がつけられている。戦後においてこのような高率をみせたのは,刑法の改正によりその適用範囲が拡大されたことも影響しているが,この改正によって拡大された部分を除いて戦前と比較しても,戦後の比率は異常に高いといえる。すなわち,昭和二二年の改正で従来「二年以下ノ懲役又ハ禁錮」を言い渡すときに限られたものが,「三年以下ノ懲役若クハ禁錮」にまで拡大され,また,昭和二八年の改正で「一年以下ノ懲役又ハ禁錮」を言い渡す場合に限り,再度の執行猶予をつけることができるようになったので,この拡大部分を除き,戦前と同じ条件のもとで比較しても,昭和三五年には四七・〇%の執行猶予率で戦前よりはるかに高率である(I-152表参照)。戦後わが量刑は戦前に比して一般に緩和化されたといわれているが,この傾向は執行猶予の適用についてとくに顕著であるといえよう。

I-151表 通常第一審懲役・禁錮言渡人員中の執行猶予付人員と率(昭和3〜7年,31〜35年)

I-152表 「執行猶予の適用拡大」分を除いた執行猶予人員と率等(昭和34,35年)

 次に刑法犯の主な罪名につき,第一審の通常手続で懲役禁錮の有罪の言渡を受けたもののうち,執行猶予がつけられたものの数と率を示すと,I-153表のとおりである。さきに述べた懲役の通常第一審(刑法犯)における執行猶予率は,昭和三五年には四七・三%(I-149表)であるが,この懲役の平均執行猶予率を上回る罪種は,昭和三五年では,単純収賄の九〇・八%,業務上過失致死傷の七三・〇%,業務上横領の六八・五%,公務執行妨害の五四・五%,傷害の五一・七%である。これに反して平均率を下回る罪種は,強盗の二八・三%,殺人の二九・四%,傷害致死の三八・二%,強姦致死傷の四〇・八%である。また,放火,強姦,窃盗,詐欺は,いずれも約四五%である。なお,殺人,強姦致死傷,傷害致死,放火といった重大犯罪についても執行猶予が活発に適用されている点は,注目されなければならない。

I-153表 通常第一審被告人の主要罪名別執行猶予人員と率等(昭和34,35年)

 執行猶予制度は,前述のように,その感銘力に訴えて犯人の改善更生をはかり,必要としない刑罰の執行をできるだけ避けようとする点にその意義があるといわれているから,執行猶予者がその猶予期間内にさらに犯罪を犯すことは,好ましくないこととしなければならない。執行猶予中の者が再犯を犯し刑罰を科せられた場合には,執行猶予が取り消されることがある。執行猶予の取消は,執行猶予者が再犯を犯し,刑罰を科せられたときに,すべて行なわれるとは限らないし,また,執行猶予の取消の数が多いからといって,ただちに執行猶予の運用が適正でないと速断できないが,執行猶予の取消率は,その運用の適否をみる一つのメルクマールということができるであろう。
 I-154表は,執行猶予を取り消された者の統計であるが,戦前には,取消率が五%ないし八%であったが,昭和三一年以降は一五%ないし一八%となっている。ただし,昭和三三年以降取消率および取消人員は,わずかずつではあるが,減少傾向を示し,昭和三五年には一五・四%を示しているのに,好ましい傾向といえるであろう。

I-154表 執行猶予人員中の取消人員と率(昭和2〜6年,31〜35年)

 次に,執行猶予の期間中に再犯を犯して刑罰を科せられたためにこれを取り消された者につき,執行猶予の言渡の日からどの程度の期間がたった後に再犯を犯したかをみると,I-155表のとおり,昭和三五年には,六月以内には三〇・一%,一年以内には五七・二%が再犯を犯したことになる。執行猶予中の再犯は一年以内が最も危険な時期といえるが,昭和三三年以降,わずかずつではあるが減少の傾向を示している。執行猶予の言渡は,本人に対して強い感銘力を与えるはずのものであるから,期間が経過すればするほど感銘力が薄れ,再犯を犯す危険性が高まるが,期間があまりたたない間はその感銘力のために再犯を犯すおそれが少ないと一応考えられる。しかし,右の統計は,この常識に反して一年以内に五七%もの再犯者を出している。

I-155表 執行猶予取消人員の執行猶予言渡時から再犯時までの期間別人員の率(昭和33〜35年)

 執行猶予者に対する保護観察は,初度目の執行猶予を言い渡す場合と,すでに執行猶予の言渡を受けたことのある者に,その猶予期間中に再度目の執行猶予を言い渡す場合の二種類があり,前者の場合は保護観察をつけるかどうかは裁判所の裁量にゆだねられているのに対して,後者の場合には,必ず保護観察をつけなければならないとされている。検察統計年報によって,執行猶予確定人員の総数のうち,どの程度に保護観察がつけられているか,また,保護観察を裁量的(初度目の執行猶予を言い渡す場合)と必要的(再度目のそれを言い渡す場合)とに分けてその比率をみると,I-156表のとおりである。

I-156表 執行猶予者中の保護観察付人員と率(昭和31〜35年)

 これによると,保護観察の数は,昭和三一年以降逐年増加し,昭和三五年には執行猶予者の一八・四%に保護観察がつけられている。保護観察を必要的と裁量的に分け,その傾向をみると,裁量的保護観察の数は逐年増加を示しており,その比率も保護観察総数の七三・九%に達している。これに反して必要的保護観察は,その実数において漸減の傾向をたどっているばかりでなく,その比率も逐年減少している。
 保護観察付執行猶予に付された者が再犯を犯す等の事由によって,執行猶予を取り消される率はどの程度であろうか。最高裁判所事務総局刑事局の「昭和三五年における刑事事件の概要」(法曹時報一三巻一〇号)により,昭和三〇年から昭和三五年までの各年度において,保護観察付執行猶予が言い渡された者につき,その後昭和三五年末までの間に執行猶予の取り消された者の総数を必要的と裁量的に分けて示すと,I-157表のとおりである。これによると,昭和三〇年に保護観察に付された者四,三八四人のうち,昭和三五年一二月末までに執行猶予の取消を受けたものは,一,二六一人で,その取消率は二八・八%にあたっている。これを必要的と裁量的に分けてみると,必要的保護観察は,二七・七%であるが,裁量的保護観察は,三〇・〇%であって,裁量的が必要的より取消率が高い。昭和三一年の分をみると,裁量的の取消率は三一・〇%であるのに対し,必要的は二七・五%であって,その差は昭和三〇年より顕著である。いずれにもせよ,一般の執行猶予の取消率(これは追求的な調査をしたものでないから,正確な意味では比較することはできないが,ほぼその傾向を推知することができる)は,前述のように一五%ないし一八%であるのに,保護観察付執行猶予が三〇%近い取消率を示していることは注目を要する。

I-157表 保護観察付執行猶予人員中の取消人員と率(昭和30〜35年)

 保護観察制度は,執行猶予期間中保護司の指導監督のもとに置き,適宜必要な援護を与えてその改善更生をはかろうという制度であるから,本来からいえば,保護観察のつかない執行猶予者より取消率が低くならなければならないはずであるが,これが高率を示しているのは,保護観察の運用に遺憾な点があるのと,保護観察対象者の選定に十分でないものがあるためとおもわれる。この後者については,保護観察になじみにくい被告人に対してこれが言い渡されたり,または本来ならば実刑を相当とする被告人に対して保護観察の担保のもとに実刑こかえて執行猶予が言い渡されたりする場合が少なくないとおもわれる。このために,後述するように,保護観察付執行猶予者の保護観察の当初における保護観察所への出頭状況が芳しくなく,その一五・八%が保護観察に付された日から一〇日以内に保護観察所に出頭せず,そのまま所在不明となるものが多いという結果となっている。このような現状を是正し,保護観察制度を軌道にのせるためには,保護観察の運用に工夫と改善をはかるとともに,どのような者が保護観察になじまないかを実証的に明らかにすることが当面の急務というべきであろう。