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 昭和37年版 犯罪白書 第一編/第七章/一 

第七章 刑の量定

一 序説

 裁判によってどの程度の刑を受けるかは,裁判を受ける被告人にとって最も関心の寄せられる事柄であるが,被告人に限らず,裁判それ自体にとっても,最も重要な仕事の一つである。裁判官は,法律によって定められている刑の範囲内で(これを法定刑という)具体的な刑をきめて刑を言い渡す。このように刑を決定することを刑の量定とよばれている。
 刑の量定は,まず法律で定めた法定刑の範囲内という制約を受けるが,わが刑法の法定刑は,諸外国の立法例のなかでもとくに幅ひろく規定されているので,裁判官の自由裁量の余地も,またひろいといえるのである。しかし,裁判官の自由裁量にゆだねられているといっても,裁判官の主観的な恣意を許すものではなく,合理性をもったものでなければならない。この合理性をもった量刑は,どのような基準によってなされているのであろうか。この点については,現行の刑法はなんらの規定ももうけていない。ただ,刑事訴訟法は起訴猶予に関する基準として,犯人の性格,年齢および境遇,犯罪の軽重および情状,ならびに犯罪後の情況を考慮すベきものとしているので,一般にはこの規定を量刑の基準として参酌すべきものとされている。また,昭和三六年一二月に発表された改正刑法準備草案には,刑の適用についての一般的基準として,「刑の適用においては,犯人の年齢,性格,経歴および環境,犯罪の動機,方法,結果および社会的影響並びに犯罪後における犯人の態度を考慮し,犯罪の抑制および犯人の改善更生に役立つことを目的としなければならない」と規定している。
 これらの量刑の基準は,刑の量定にあたって考慮すべき要素を指摘したものとして意義があるが,これらの要素がどのような犯罪にどの程度の強弱さをもって参酌すべきかが明らかとされていないので,ただちにこれらによって具体的な科刑が導き出されるものとはいえない。
 刑の量定には,改正刑法準備草案が指摘しているように,二つの大きな目的がある。それは,刑による犯罪抑制的機能と犯人の改善更生的機能である。前者は,刑の一般予防的機能であり,後者は,刑の特別予防的機能である。この両者を量刑にあたってどの程度に考慮するか,換言すると,一般予防に重点を置くか,特別予防に重点を置くかによって,具体的科刑は相違を生ずることになろう。一般的にいって,生命犯の科刑が軽すぎるとか,また,自動車による人身事故の量刑が軽すぎるとかいわれる場合には,主として前者の犯罪抑制的機能の面から論ぜられることが多い。これに対して,短期自由刑は弊害が多いから科すべきでないとか,執行猶予を大幅に活用すべきであるとかいわれる場合には,主として後者の犯人の改善更生的機能の面から論ぜられることが多い。この両者のうちどちらに重点を置いて量刑をするかは,犯罪の種別によっても異なるが,裁判官の人生観または世界観にもつながる問題であるから,一概にどちらを重視すべきものと理論的に割り切ることはできないであろう。
 刑の量定のいかんによって,犯罪を抑制することが可能であろうか。たとえば,少年犯罪の激増は犯罪少年に対する処分の寛大さにその一端の責任があるから,厳罰方針をとるべきであるとか,または生命犯に対する科刑が軽すぎるから,生命犯の増加をもたらしているとかいう主張をわれわれは時折り耳にするが,もし厳罰方針の科刑がとられたとするならば,この種の犯罪を防止することに役立つであろうか。犯罪が発生するのは,社会的環境,家庭的環境または教育のしかた,さらには本人の資質等種々複雑な因子がからみ合って,これらが犯罪を誘発しているのであるから,量刑の面でどれだけ工夫し配慮しても,これだけで犯罪の防止をはかることは困難といえよう。死刑廃止論者の主張のなかに,死刑を廃止したとしても,死刑を相当とする犯罪が増加するものではないという主張があるが,その当否をしばらく論外として,この主張の根底には右に述べたような量刑だけで犯罪を防遏できるものではないという考え方があるのである。
 しかし,犯罪が行なわれた場合にこれが的確かつ迅速に検挙され,かつ,きびしい制裁を受けるということが一般に知れわたれば,犯罪抑制の一つの機能となることは疑いない。諸外国の例をみても,革命政府や独裁政府が樹立された当初においては,ある種の犯罪に対して厳罰方針で臨むという立法が公布される場合が少なくなく,なかには死刑をもって臨むというような強硬的な立法をしたものがあるが,この種の立法はある程度その効果を挙げているといわれている。これはいうまでもなく,刑罰の抑制的機能を利用したものである。
 刑罰を科するということは,それを受ける犯罪者はもちろん,その家族をも犠牲にすることになる。犯罪者といえども,社会の一員であるから,その人的資源を確保する意味においても,刑罰は最少限度にとどめるべきで,これを不当に拡張すべきではない。この意味からいえば,犯人の特別予防的立場を重視すべきことになるが,しかし,その反面,社会の秩序を維持し,その安全をはかるために刑罰の犯罪抑制的機能を無視することはできないとともに,とくに特定の犯罪が続発するような状況の下におわいては,それを防止するために刑罰の機能は重要な役割を果たすことになる。
 以上のように,刑の量定にあたって右の二つの目的をどのように調整するかは困難な問題であるが,裁判の実際では,裁判官,検察官,弁護士といった実務家の間で,長い歳月のあいだに個々の事件の科刑の積み重ねを経て自然にできあがった量刑についての慣行の尺度といったものがあり,この尺度によって具体的事件の科刑が行なわれている。もっとも,この量刑の慣行による科刑といっても,数学の定理や公式のように,これを具体的なケースにあてはめれば,寸分の誤差がなく結論が導き出せるといったものではなく,だいたいのわくがきまっているにすぎないから,このわくのなかで量刑を担当する裁判官の個人差が生ずるわけである。しかし,この慣行のわくを逸脱したような場合には,検察官または弁護人は量刑不当を理由として上訴を申し立て,上訴審による是正を求めるわけである。検察統計年報により,昭和三五年における検察官控訴事件の結果をみると,既済となったものの総数一,〇五三人のうち,あらたに有罪としまたは科刑を重くしたものは,その四八・八%にあたる五一四人,原判決を破棄したが科刑が同じものは,一二・一%の一二七人,控訴の申立がいれられず控訴棄却となったものは,三二・一%の三三八人である。このように,量刑の慣行の尺度のわくをはみ出した科刑に対しては,上訴審による是正が行なわれるが,これは不変なものではなく,時代の流れにしたがって変わってゆくものであり,とくに社会情勢,経済事情または犯罪情勢等の推移に応じて変化する場合が少なくない。このような変化をみるときは,あるいは刑罰の抑制的機能が重視され,あるいはその改善更生的機能に重点が置かれる場合が少なくない。たとえば,自動車による人身事故は最近激増して大きな社会問題となっており,犯人に対する科刑をきびしくすべきであるという声が強くあげられているが,業務上過失致死傷事件(そのほとんどが自動車によるものである)で公判審理を受けたものの科刑状況をみると,I-134表に示すように,昭和二三,四年当時には,禁錮が通常第一審終局人員の五%前後であったが,昭和三〇年には約三三%となり,昭和三五年には約四四%と,著しい高率をみせるようになっている。

I-134表 業務上過失致死傷の通常第一審科刑別人員と率(昭和23,24,29,30,34,35年)

 昭和三六年版犯罪白書(九四頁以下)において,わが量刑の慣行は,次の三点の特徴をもっていると指摘した。すなわち,刑法犯の量刑が法定刑の下限またはそれ以下に集中する傾向があること,刑の執行猶予制度が大幅に活用され,第一審の懲役禁錮の言渡人員中四七・四%(昭和三四年)に刑の執行猶予が付されていること,六月以下のいわゆる短期自由刑の言渡率が戦前に比して著しく低くなっていること等を指摘した。これらの傾向については,昭和三五年も変化が認められないが,以下統計を中心にして昭和三五年の科刑状況を死刑,懲役,禁錮,罰金等に分けてながめてみることにしよう。なお,わが国の科刑は,とくに生命犯,身体犯について,諸外国のそれより著しく軽いといわれているから,生命犯についてわが国とイギリスおよび西ドイツとの科刑の概括的な比較を試みることとする。