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 昭和37年版 犯罪白書 第一編/第六章/一 

一 精神障害の分類

 精神障害という言葉が公式にわが国で使われているのは精神衛生法(昭和二五年法律第一二三号)の中で,その第三条に精神障害とは「精神病」,「精神薄弱」,「精神病質」と規定されている。
 一般に精神機能は脳髄,とくに人間ではその発達した大脳のはたらきの現われと考えられており,この脳髄に直接的または間接的な障害がおこった場合に種々の精神症状が現われる。その障害は,脳の器質的変化によることもあり,また機能的変化にとどまる場合もある。
 精神障害はまた,その成因によって外因性,内因性および心因性の三つに大別される。
 外因性というのは,脳髄に外部からの原因が加わった場合であり,頭部外傷,各種の脳炎,脳動脈硬化症などによる損傷や変化がそれである。梅毒性の精神障害もこれに加えることのできるもので,進行麻痺と脳梅毒がある。
 外因性のものとしてしばしば問題になるのは,中毒性精神病で,アルコール類,覚せい剤,麻薬,睡眠剤などによる中毒がそれである。これらの薬剤には,その使用が習癖になる場合があって,これを「嗜癖」とよんでいる。この嗜癖がすすんで慢性中毒になり,その基礎のうえに特有の精神症状が起こってくることがよくあるが,これは,これら薬剤の直接作用とはちがった症状である。
 そのほか症侯性精神病または症状精神病とよばれるものがある。これは重い身体の病気で全身的の機能に障害のある場合におこってくるもので,たとえば急性の熱性伝染病や癌の末期など衰弱の著しい時にもみられる。その起こり方は,原因となる外部からの影響力のほかに,その人の素質的条件にもかなり左右されるもので,個人差がみられる。この素質的なものの役割は,さきに述べた嗜癖や中毒性精神病などの場合にもみられる。
 内因性というのは,その人の生来の,見方によっては遺伝的に条件づけられた素質が主な導礎になっておこる障害で,外部的な条件がなくとも,ある時期や年齢になると発病するものである。その主なものは精神分裂病と繰うつ病と「てんかん」である。
 精神分裂病は,以前には早発性痴呆とよばれておわり,思春期ないし青年期に多く発病して,感情と意志・欲動面での障害が特徴である。治癒の困難な場合が多く,ついには精神荒廃をきたす。繰うつ病は繰状態,うつ状態の二つの異なった病相があり,それが交替性か,あるいは周期的に現われる感情障害を主な症状とした疾患である。「てんかん」は痙攣発作が主な症状であるが,精神発作といって意識の障害を伴った発作的な異常状態がしばしばみられる。なお,「てんかん」には外因性のものもある。
 以上のほか,精神病には初老期精神病,老年期精神病がある。これらは脳または全身的な老化現象によっておこる疾患であるが,もちろん素質的な条件にも大きく左右され,ことに初老期精神病には内因性の要素が大きい。
 これらの障害は,一応正常な状態かそれに近い状態にあった者に,ある時期から特有の病状がはじまり,急性あるいは慢性の経過をとって変化するものである。なかには,固定した欠陥状態をあとに残す場合もある。これに対し欠陥や偏倚が常態的に存在する場合がある。精神薄弱や精神病質がそれで,疾病というより,生来性または素質的に固定した欠陥状態である。
 精神薄弱というのは,別名「精神発育制止症」ともよばれるように,精神の発達が遅れるか停止したもので,知能の欠陥ないし遅滞と,人格の未成熟が主な症状である。これに対し,精神病質というのは,感情・意志の面,すなわち性格ないし人格に欠陥または不均衡,あるいは偏倚の顕著な場合である。これらの精神障害は犯罪や非行との関係がふかいので,項をああらためてその特徴について詳しく述べることにしたい。
 最後に,心因性というのは精神的原因によっておこってくるもので,神経症はその代表的な障害である。神経衰弱,ヒステリー,拘禁反応など種々の心因反応などもこれに属するものであって,心理的な原因が除去されれば症状は回復する。しかしながら,そのような症状の発現には,つねに素質的条件が関与している。