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 昭和37年版 犯罪白書 第一編/第二章/五/3 

3 生命犯についての比較

 外国の犯罪現象との比較については,窃盗,詐欺,横領,傷害等のような,犯情の軽いものが多数発生する犯罪では,その比較が困難である。被害の申告が軽微なものにまで正確に行なわれるかどうか,また,軽微なものまで検挙されているかどうかによって,統計の正確度に相違をきたすからである。しかし,殺人,傷害致死のような重大な犯罪は,通常暗数も少なく,未検挙事件も少ない。訴追制度や裁判手続が相違しても,この種の犯罪は,原則として起訴され,有罪の裁判がなされるから,有罪人員の統計によって概括的な比較をすることができる。このような見地から,生命犯の多寡について英,西独両国との比較を行なってみることとする。
 まず,I-28表29表30表31表は,生命犯について日英独三国の有罪人員等を年齢別に比較したものであり,I-10図はこれをグラフ化したものである。

I-28表 殺人の年齢層別・処分別有罪人員と率(日本)(昭和34年)

I-29表 強盗致死の年齢層別・処分別有罪人員と率(日本)(昭和34年)

I-30表 謀殺の年齢層別有罪人員と率(イギリス)(1959年)

I-31表 謀殺・故殺の年齢層別有罪人員と率(西ドイツ)(1959年)

I-10図 殺人の年齢層別有罪人員の率(日本,イギリス,西ドイツ)

 わが国の一般殺人と強盗殺人,同致死の合計に,ほぼイギリスの謀殺にあたるものとみることができる。もっともわが国の殺人のうちには相手方に相当強い挑発のあるもの等のいわゆる故殺にはいるものはあるが,これはそれほど多くあるとは考えられない。その数よりむしろ傷害致死のうちで謀殺と認められるものの方が多いのではないかとおもわれる。西ドイツとの比較では,わが国の一般殺人と強盗殺人の合計が西ドイツの謀殺と故殺の合計にあたる。わが国の強盗致死の統計は,強盗殺人とならない純粋の致死を含むため,これを加えたものを使用すると,西ドイツより範囲がひろくなるが,強盗致死の数は多くないので,概括的な比較をすることができる。次に年齢段階別に三段階に区分して統計をかかげることにしよう。それは,西ドイツでは,少年は一四歳以上一八歳未満であるが,一八歳以上二一歳夫満を青年として一般の成人と区別しているからである。イキリスでも,少年は一四歳以上一七歳未満であるが,一七歳以上二一歳未満について特別の取扱いをしている(両国の少年裁判法制については,昭和三五年度版,犯罪白書三〇七頁以下,三一三頁参照)。このような関係から,これらの青年を日本の一八歳以上二〇歳未満の年長少年と対比した。なお,わが国では他の二国ならばおそらく有罪判決を受けるであろうとおもわれるもので,成人では起訴猶予に,少年では審判不開始または不処分とされているものがあるので,この統計を加えてその区分を明らかにした。審判不開始,不処分とされたもののなかには,無罪にあたるものも一部含まれているが,統計上分離できないのでその数も加えられている。
 I-28表29表30表によって,まず,日英両国を比較すると,日本の二〇歳以上の者の殺人と強盗致死の犯罪率の計は,二七・七であるのに,イギリスの二一歳以上の者の謀殺のそれは二・二にすぎないから,約一三倍である。次に日本の年長少年の率(保護処分も加えたもの)を,イギリスの一七歳以上二一歳未満のものと比較すると,犯罪率はこれまた約一三倍である。なお,イギリスの少年に謀殺が一件もないのに,わが国では少年の殺人が相当数あるので,これまた,イギリスに比して多いこととなる。
 次に,西ドイツと比較すると,ドイツの二一歳以上の謀殺・故殺の計の犯罪率は五・五であるから,日本の成人はその五倍にあたる。年長少年も西ドイツの青年と比して三・六倍にあたり,年少少年も西ドイツの少年の三・六倍である。
 これを要するに,各年齢層を通じてわが国の犯罪率は,イギリスとは格段の差があり,また,西ドイツよりはるかに高いことがわかる。イギリスでは,職業犯罪者は人を死に致すような暴力はあまり使用せず,通常銃器またはその他の武器をもたない傾向が強いといわれているが,このことがこの種の犯罪を少なくしているものとおもわれる。