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 昭和37年版 犯罪白書 第一編/第二章/一 

第二章 統計からみた昭和三五年の犯罪の概観

一 刑法犯の概況

 犯罪統計によって犯罪現象を概観するためには,警察統計による犯罪発生,検挙件数,検察統計による検察庁新受理人員,終局処理人員,裁判統計による有罪人員等を参照しなければならないが(この点に関する詳細は,昭和三五年度版犯罪白書三頁以下参照),これらの統計から昭和三五年における犯罪現象およびその傾向を概観することにする。
 まず,犯罪統計書(以下警察統計とよぶ)によって,警察の取り扱った刑法犯の主要罪名別にその発生件数,検挙件数をみると,I-9表のとおりであり,また,そのうち刑法犯について罪名別に発生件数の比率を円グラフにすると,I-2図のとおりである。I-2図で明らかなように,発生件数の最も多いのは,六九・四%を占める窃盗であり,これに次ぐのは,業務上過失致死傷の七・八%,詐欺の五・五%,傷害の四・五%,暴行の三・〇%,恐喝の二・七%であって,窃盗との間に大きなひらきをみせている。これ以外の罪名は,さらにその比率は低く,殺人,強盗,強姦等の凶悪犯罪はいずれも一%に達していない。すなわち,強姦は〇・四%,強盗は〇・二%,殺人は〇・二%,放火は〇・一%にすぎない。

I-9表 主要罪名別刑法犯の発生・検挙件数と検挙人員等(昭和35年)

I-2図 罪名別刑法犯発生件数の百分率(昭和35年)

 次にI-9表によって,発生件数に対する検挙件数の比率(検挙率)をみると,刑法犯の平均検挙率は六三・七%であるが,この平均検挙率を下回るものは,窃盗の四九・六%である。これに対して,業務上過失致死傷は九九・八%,暴行は九七・八%,傷害致死は九七・五%,傷害は九六・三%,横領は九五・七%であって,いずれも高い検挙率を示している。I-9表によって,罪名別に検挙人員の百分率(刑法犯の検挙人員を一〇〇%とし,各罪名の検挙人員が占める比率)をみると,発生件数では六九・四%を示した窃盗が検挙人員では三二・二%と約二分の一弱に低下している。ところが,業務上過失致死傷は検挙人員で二一・二%(発生件数では七・八%,以下同じ),傷害は一四・八%(四・五%),暴行は六・八%(三・〇%)となって,いずれも発生件数の比率よりははるかに増大している。このように窃盗の比率が低くなっているのは,その検挙率が約五〇%ときわめて低率であるためと,窃盗は他の罪種と異なって,一人の犯人が数多くの犯罪を犯すことが多いためである。検挙率の高い業務上過失致死傷,暴行,傷害等は,被害者等によって犯人を確認できる場合が多く,いやしくも被害の届出があれば,これを検挙することが比較的容易なためである。また,これらの犯罪では,同一の犯人が数多くの犯罪を犯すことはむしろ少なく,さらに,一つの犯罪について共犯者がいる場合が少なくないために,その検挙率が増大するのである。たとえば,業務上過失致死傷と傷害では,発生件数よりも検挙人員の方が多くなっている。
 次に特別法犯についてその検挙人員をみると,I-10表のとおり,道路交通取締法令違反(以下道交違反とよぶ)が圧倒的に多く,その総検挙人員の九四・七%を占めている。道交違反は年とともに異常な増加率を示しており,いまや大都市においてはこれをいかに迅速に処理するかが大問題となっているので,項をあらためて詳しく論ずることとする。道交違反に次ぐものは,選挙関係法令違反の一・一%であって,その他はいずれも一%に達していない。

I-10表 主要罪名別特別法犯の検挙件数と人員等(昭和35年)

 次に,検察統計年報(以下検察統計とよぶ)によって検察庁で受理または処理されたものを罪名別にみると,I-11表のとおりである。また,その受理人員を主要罪名別にみて円グラフに示したものがI-3図である。

I-11表 主要罪名刑検察庁新受・起訴および起訴猶予人員(昭和35年)

I-3図 刑法犯主要罪名別検察庁通常受理人員の率(昭和35年)

 なお,検察庁で受理される被疑者の大部分は,通常司法警察員から送致されたものであるが,このほかに特別司法警察関係から送致を受けてこれを受理するものがある。特別司法警察関係とは,たとえば,鉄道,森林,麻薬,郵政等の特別事項について司法警察の権限をもつものである。昭和三五年におけるこれらの通常司法警察と特別司法警察別に受理区分をみると,I-12表のとおり,刑法犯ではその九七・六%,道交違反を除く特別法犯では八三・九%までが通常司法警察員から送致を受けたものであり,特別司法警察関係からは刑法犯では〇・六%,道交違反を除く特別法犯では九・七%が送致を受けたにすぎない。このほか,検察庁受理の人員のなかには,検察官が直接犯罪を探知したものがあり,これは刑法犯では一・九%,道交を除く特別法犯では六・四%を占めている。したがって,刑法犯については,警察統計だけで犯罪の概況を判断することができるが,特別法犯については,警察統計のほか検察統計をあわせて考慮する必要がある。なお,検察統計では,検察庁相互間の移送,家庭裁判所に送致した後に同一事件が逆送される場合には,その都度新受として計上されているので,これらの重複する数は除去して計上することとした。

I-12表 刑法犯・特別法犯別の検察庁通常受理人員と率(昭和35年)

 I-11表によって刑法犯の主要罪名別に受理人員の百分率をみると,大体においてI-9表の検挙人員の比率と一致している。すなわち,最も高率を占めるのは,窃盗の三二・一%であって,これに次ぐのは,業務上過失致死傷の二〇・一%,傷害の一四・〇%である。ただ,これにつづくのは,詐欺の六・三%であって,警察統計(I-9表)で暴行の占めている順位にかわっている。なお,暴行は五・九%で詐欺につづいている。詐欺が検察統計で暴行より上位を占めているのは,検察官に直接告訴,告発する事件のなかに詐欺が多いためである。
 なお,I-11表には,主要罪名別に起訴および起訴猶予として処理された人員を掲げたが,窃盗においては,起訴の五七,九〇二人に対して,起訴猶予は六四,一九一人であって,その数が上回っている。ところが,業務上過失致死傷,傷害,暴行においては,起訴猶予人員に対して起訴人員がはるかに多い。これらの罪種については,略式命令により罰金刑を求刑する場合が多いことが,他の罪種に比して起訴人員の比率を高めている一つの原因である。特別法犯については,後述の第三章特殊犯罪の章で論ずることとする。
 司法統計年報(以下裁判統計とよぶ)によって,第一審裁判所で有罪とされたものを罪名別にみると(第一審の通常の裁判手続で有罪とされたものと略式命令手続によって有罪とされたものを含む。以下第一審有罪人員とよぶ),I-13表およびI-4図のとおり,最も高率を占めるのは,業務上過失致死傷の三三・五%であって,これに次ぐものは,傷害の二一・一%,窃盗の一六・八%,暴行の七・六%,横領の三・六%,詐欺の三・五%,恐喝の二・二%である。窃盗を初めとして財産犯罪の占める比率が低率となっているのは,財産犯罪には起訴を猶予されて起訴されないものが多いためである。これに対して,業務上過失致死傷,傷害,暴行等については,一般に起訴猶予とされる場合が少ないので,有罪人員の増率をみたわけである。

I-13表 刑法犯主要罪名別一審有罪人員と率(昭和35年)

I-4図 刑法犯主要罪名別一審有罪人員の率(昭和35年)

 以上が統計による昭和三五年における刑法犯の概観であるが,最近における犯罪現象の推移をみるために,昭和二一年以降の刑法犯発生件数および第一審有罪人員数をながめてみることにする。この場合人口が増加すればそれだけ犯罪者も増加するわけであるから,刑法上刑事責任の認められている一四歳以上の者の人口(有責人口)に対して発生件数または有罪人員の率を算出し,これによって人口の変動の影響を除去する必要がある。I-14表は,昭和二一年以降の刑法犯発生件数および第一審有罪人員とこれらのものの有責人口に対する率を示したものであり,I-5図およびI-6図は,有責人口に対する率を発生件数,第一審有罪人員別にグラフとしたものである。

I-14表 刑法犯発生件数・一審有罪人員と有責人口10万人に対する率(昭和20〜35年)

I-5図 刑法犯発生件数の有責人口10万人に対する率(昭和20〜35年)

I-6図 刑法犯一審有罪人員の有責人口10万人に対する率(昭和21〜35年)

 I-5図6図で明らかなように,発生件数,第一審有罪人員ともに,昭和二一年から昭和二三年まで急激に上昇し,その後は昭和二九年まで下降線をとっている。ところが,発生件数の率は,昭和三〇年にやや上昇をみせ,その後は再び下降線をとっており,昭和三四,三五年にはゆるやかな上昇をとっている。これに反して,第一審有罪人員の率は,昭和三〇年に大幅に上昇し,その後は毎年上昇しつづけ,昭和三五年には昭和二三年を除いた戦後の最高を示しているのである。
 第一審有罪人員の増加は,一般的にいえば,起訴猶予に値しない,いわゆる犯情の重い犯罪の増加を意味するが,第一審有罪人員の増加は,主として業務上過失致死傷,傷害,暴行等の増加によるものが多く,また,その多くは略式命令による罰金に処せられたものである点を考慮する必要がある。