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 昭和37年版 犯罪白書 第一編/第一章/二 

二 刑法犯第一審有罪人員の増加

 新受刑者の数は右のように減少傾向を示しているのに対して,刑法犯につき第一審裁判所が有罪を言い渡す人員は,近年増加の一途をたどっているのである。最近自動車の増加に伴い道路交通取締法令違反は激増しているが,このような特別法犯を除き,純粋な刑法犯だけをとっても,I-1表にみるように,昭和三五年は実数において戦後の最高である二四〇,三三一人をかぞえ,また,有責人口一〇万人に対する率をみても,昭和二三年の四二九・〇に次ぐ三五九・六となっている。刑法犯第一審有罪人員の戦後の推移をみると,戦争直後急激に増加して昭和二三年が著しいピークを示し,その後昭和二八年まで減少し,昭和二九年からは再び増加に転じ,そのまま上昇傾向をつづけて昭和三五年に至っているのであって,この傾向は有責人口との対比率によってもほぼ同様であるといえる。

I-1表 刑法犯第一審有罪人員と有責人口10万人に対する率(昭和21〜35年)

 ここで気づくことは,新受刑者の戦後の増減を比較してみると,昭和二八年または二九年までは両者はほぼ同様な傾向をたどっているが,それ以降については,新受刑者が減少傾向を示しているのに対して,刑法犯第一審有罪人員は逆に増加を示しているということである。常識的に考えると,昭和二九年ごろまでのように両者の線はほぼ一致しなければならないはずである。しかるに,両者が相反する傾向をたどり,そこに統計上のアンバランスがみられるのは,どのような理由からであろうか。
 まず第一に考えられることは,裁判所が刑法犯について刑の執行猶予を大福に活用し,自由刑の実刑を言い渡す場合が少なくなっているのではないかということである。しかし,I-2表にみるように,懲役,禁錮の言渡があったうちで刑の執行猶予に付される数は,最近の五年間そう増加を示していない。すなわち,執行猶予率はやや増加の傾向をみせ,昭和三五年には五〇%をこえているというものの,その実数をみると,昭和三一年,三二年に比してむしろ減少しているのである。したがって,執行猶予がその理由とは考えられない。

I-2表 懲役・禁錮刑言渡人員中の執行猶予付人員と率(昭和31〜35年)

 第二に考えられることは,検察官は自由刑を求刑するときには公判請求を,罰金または科料を求刑するときには主として略式命令請求手続をとるが,この公判請求の数が減少しているのではないかということである。昭和三一年以降の刑法犯の起訴につき,公判請求と略式命令請求別の数をみると,I-3表に示すように,刑法犯起訴数は,昭和三一年の二三四,五三四人から昭和三五年の二六三,六五九人と約一二%の増加をみせているが,公判請求人員は,逆に昭和三一年の一二二,八二五人から約一二%減少して昭和三五年には一〇六,八一一人となっている。この反面,略式命令請求人員は,昭和三五年には昭和三一年の約四〇%の増加を示している。

I-3表 刑法犯の起訴人員とその内訳(昭和31〜35年)

 これらの統計によって知りうることは,昭和三一年以降起訴に値する犯罪は増加しているが,公判請求を相当とする犯罪(主として懲役禁錮を相当とする犯罪)が減少しているために,第一審有罪人員の増加をまねいたとともに,新受刑者の減少を生じたものといえるのである。
 第一審有罪人員の増加は,警察における検挙人員の増加と関係をもつものであるが,このほか起訴率の増加とも密接な関連がある。検察官は,犯罪の証明があると認めた場合でも,諸般の情状を考慮して起訴猶予処分に付することができるとされているため,たとえ犯罪発生件数が増加し,犯人の検挙数が増加したとしても,起訴率が低くなれば,起訴数が減少し,その結果第一審有罪人員も減少することになる。これに反して,起訴率が高まれば,起訴数が増加し,第一審有罪人員も増加することとなる。そこで,刑法犯の起訴率を昭和三一年以降のものについてみると,I-4表のとおり,昭和三一年の四五・五%から昭和三五年の五六・二%へと五年間に一〇%強の上昇をみせており,また,昭和三〇年の起訴率四一・〇%と比較すれば,約一五%の上昇をみたことになる。このような著しい起訴率の上昇の原因がどこにあるかは検討を要する問題だが,起訴率の上昇をみたのは,主として略式命令請求が増加したためであるから(二一一頁参照),いわゆる罰金事件の増加ということができる。これを罪種別にみると,後述するように,傷害,暴行,業務上過失致死傷等の増加が主としてこれにあたるといえよう。

I-4表 刑法犯の起訴率(昭和31〜35年)

 このように,公判請求事件が減少していることが,新受刑者の減少をもたらした一つの原因であるということができるが,公判請求をするかまたは略式命令ですませるかは,検察官の裁量にゆだねられている部分が大きいので,検察官の裁量については今後検討を要すべきものがあるといえよう。しかし,刑法犯の犯罪者のなかには少年の占める比率が少なくなく,しかも,少年に対しては検察官はすべてこれを家庭裁判所に送致して,その処分をまたなければならないとされているから,この犯罪少年がどの程度に増加しているか,また,その処分はどのように行なわれているかをあわせて考察しなければなるまい。新受刑者の減少といい,また,刑法犯第一審有罪人員の増加といっても,家庭裁判所で処理されて,刑事裁判所の審判を受けない犯罪少年が相当数あるから,これを度外視しては,犯罪傾向を正しく認識することはできないからである。