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 昭和62年版 犯罪白書 第4編/第4章/第2節 

第2節 出所者との接し方

 刑務所に収容された犯罪者は,矯正処遇を受けた後,刑期の長短はあるにせよ,いずれは,満期釈放又は仮釈放となり,再び社会に戻って来る。刑務所からの出所者(以下「出所者」という。)のうち,仮釈放者については,円滑な社会復帰と速やかな改善更生を図るための保護観察が実施されるが,満期釈放者については,本人の申出により,必要に応じ,保護観察所が応急の保護措置を講じているにすぎない。ところで,これら出所者がいかに社会復帰に向けて努力をしても,地域住民がこれを受け容れない場合には,やがては更生意欲を失い,社会への適応に失敗する場合が少なくない。その意味において,出所者の円滑な社会復帰と改善更生を促進し,再犯を防止するためには,地域住民の理解と協力が特に必要となる。
 それでは,国民は,出所者に対する接し方について,どのように考えているのであろうか。「総理府世論調査」においては,「仮に,あなたの近所に刑務所から出所した人が住んでいるとした場合,あなたはどのように接したいと思いますか。」との質問に対し,(ア)「できれば激励したり,援助したりしたい」,(イ)「他の人と差別しないで,普通に接したい」,(ウ)「なるべく関係をもたないようにしたい」,(エ)「どこか他の場所へ転居してほしいと思う」,(オ)「一概に言えない」との選択肢の下に回答を求めている。また,法務総合研究所では,これと同じ質問と回答選択肢をもって「受刑者調査」を行い,受刑者自身の意識を問うとともに,受刑者の家族に対しては,この質問に代えて,受刑者と最も身近な関係にある家族が,受刑者の社会復帰について,どのように考えているかについての「受刑者の家族調査」を実施した。
 まず,一般国民及び受刑者の回答内容をまとめたのがIV-50表である。両者を通じ,  「他の人と差別しないで,普通に接したい」と答えた者の比率が最も高く,一般国民でも51.5%と半数を超えているが,受刑者では76.7%と著しく高い。その反面,  一般国民では,「なるべく関係をもたないようにしたい」とする者が19.9%とかなりの率を占め,出所者との関係を避けようとする者が,5人に1人の割合となっているほか,  「できれば激励したり,援助したりしたい」とする者は,わずか3.0%にとどまるとともに,  「どこか他の場所へ転居してほしいと思う」とする者も3.0%と同じ率に上っている。これらから見れば,一般国民の出所者に対する意識は,過半数の者が,出所者に対しては偏見をもたずに円滑な社会復帰を実現させることに理解を示してはいるものの,積極的に激励,援助をしたいとまで考えている者は極めて少数であり,同時に,地域社会から出所者を排除したいと望んでいる者もごく少数ながら存在していることを見逃すことはできない。なお,一般国民の回答結果を男女の別に見ると,  「できれば激励したり,援助したりしたい」及び「他の人と差別しないで,普通に接したい」の回答を選択した者の率は,男子の方がやや高く,逆に,「なるべく関係をもたないようにしたい」,「どこか他の場所へ転居してほしいと思う」の回答を選択した者の率は,女子の方がわずかながら高くなっており,若干ながら男女間に意識の差が見受けられ,また,年齢層別に見ると,IV-51表のとおり,70歳以上の高齢者は,他の年齢層の者に比べて,出所者に対して拒否的姿勢を示す者が多い傾向にあるが,他の年齢層の者は,いずれも過半数の者が「他の人と差別しないで,普通に接したい」と回答し,更に進んで,「できれば激励したり,援助したりしたい」とする者は,年齢層が高くなるにつれて高率を示す傾向にあり,60歳代は,20歳代の4.6倍となっていることが注目される。なお,作表してはいないが,一般国民について,家族人員別で見ると,家族数が多い者は「他の人と差別しないで,普通に接したい」とする回答率が高い(5人以上の家族では54.9%)のに対し,一人暮らしの者(43.8%)や60歳以上の高齢者のみの家庭の者(47.8%)においてはその率が低く,職業別では,無職の主婦(48.4%)においてその率が低い。このことは,出所者が犯すかもしれない再犯により被害を受ける可能性についての不安感から,出所者をなるべく避けたい気持ちが働いていることの表れであろうか。それでは,受刑者は出所後のことについてどのような不安を抱いているのであろうか。「受刑者調査」においては,特に,「あなた自身が出所後,かりに,刑務所に入っていたということが世間に知れた場合,あなたがとまると思うことや不安に思うことがあれば,その番号に○をつけてください(いくつでもかまいません。)。」との質問に対し,1「まともに付き合ってもらえない」,2「就職できない(仕事につけない)」,3「信用をなくして,たのみごとができなくなる」,4「何かあるとすぐ自分が疑われる」,5「立ちなおれるかどうか心配である」,6 「犯罪に誘われやすくなる」,7「自分自身がひけめをかんじる」,8「家族にいやな思いをさせる」,9「家族を含めて,結婚にさしつかえる」,10「被害の弁償をせまられる」,11「被害者からしかえしされる」,12「その他」,13 「まったくこまることばない」,14「わからない」との選択肢の下に受刑者からの回答を求めているが,その結果は,IV-52表のとおり,「家族にいやな思いをさせる」が総数の76.8%と圧倒的に高く,次いで,「自分自身がひけめを感じる」の42.6%となっているほか,「信用をなくして,頼みごとができなくなる」が38.8%,「まともに付き合ってもらえない」が27.3%,「就職できない(仕事につけない)」が27.2%などと不安を示す者もかなり多く,全体として,出所者であることを地域住民に知られることによって,円滑な社会復帰が困難になると考えている者が多数存在することを示す結果となっている。

IV-50表 出所者との接し方についての一般国民及び受刑者の意識(近所に出所者が住んでいたら,どのように接したいと思うか。)

IV-51表 出所者との接し方についての一般国民の意識(年齢層別)(近所に出所者が住んでいたら,どのように接したいと思うか。)

IV-52表 受刑者の出所後の不安(出所後に,出所者であることが世間に知れた場合に困ること,不安なことは何か。)

 一方,受刑者の家族は,当該受刑者の社会復帰について,どのように考えているのであろうか。「受刑者の家族調査」では,まず,「本人が刑務所を出るときには,あなたは,本人を引き取りますか。」との質問を設け,1「引き取る」,2「引き取らない」,3「どちらとも言えない」との選択肢の下に回答を求めているが,その結果は,IV-53表のとおり,  「引き取る」と答えた者が,全体の91.9%へ圧倒的に高く,〔引き取らない」及び「どちらとも言えない」は,それぞれ4.5%,3.6%にすぎない。このように「引き取る」の回答の比率が高ぐなっているのは,今回の調査対象者がいずれも当該受刑者の入所直前までこれと同居していた者であることの影響によるものと思われる。これを受刑者との続き柄の関係で見ると,「配偶者(内縁関係を含む。)」及び「父母」は,「引き取る」とする比率が90%を超えているのに対し,「兄弟姉妹」及び「子供」は80%台にとどまっている。なお,作表してはいないが,家族の引受意思は,当該受刑者が初入者であるか再入者であるか,また,男子であるか女子であるかによって余り変わらず,再入者に対しても家族のきずなが損なわれる傾向は見受けられない。さらに,「引き取る」と答えた家族に対して,その理由を問うた結果は,IV‐54表のとおりである。これによれば,「本人を立ち直らせたいから」が66.7%と最も高く,以下,「引き取ることは家族の義務だから」が14.1%,「本人が帰ってこないと家族が生活に困るから」が13.6%,「ほかに本人を引き取る人がいないから」が4.6%という順になっている。「本人を立ち直らせたいから」と回答した家族について,受刑者との続き柄を見ると,「父親」(77.6%)が最も高く,「子供」(27.3%)が最も低くなっている。ちなみに,「引き取るう,とは家族の義務だから」とか,「ほかに本人を引き取る人がいないから」と回答した者では「子供」が最も高く,「本人が帰ってこないと家族が生活に困るから」とした者では妻(内妻を含む。)が高くなっており,これらは,それぞれの家族の立場に応じて,出所者を引き受ける理由が異なることを示している。なお,作表してはいないが,受刑者を「引き取らない」とした家族の示す理由としては,「本人に立ち直る見込みがないから」,が75.8%,と最も高く,「家族が反対していやから」が9.1%,「その他」が15,2%となっており,その場合の対応策としては,「更生保護会(出所者を引き取ってくれる民間の施設)で面倒をみてほしい」とする者が引き取らないとする家族の51.5%と最も多く,以下,「本人の意思にまかせる」が30.3%,「親せきや雇主など,ほかの人にまかせる」が9.1%となっ了いる。他方,これとは別に,「受刑者の家族調査」においては,「本人が事件を犯したあと,あなたの近所の人や,身のまわりの人は,あなたやあなたの家族に対して,どういう態度をとるようになりましたか。」との質問を設け,1「いやがらせをすることがあった」,2「よそよそしい態度になった」,3「ほかの人と区別しないで,普通に付き合ってくれた」,4「はげましてくれることがあった」,5「その他」,6「本人の事件を知っている人はいない」の選択肢の下に回答を求めているが,その結果をまとめたのがIV-55表である。これによれば,「本人の事件を知っている人はいない」と思っている家族は25.7%となっており,それ以外の家族は,近所の人や身の回りの人の中で本人の事件を知っている人がいると考えていると思われるが,それらの家族の回答状況を見ると,「ほかの人と区別しないで,普通に付き合ってくれた」を選択した者が最も多く(43.2%),次に多いのが「励ましてくれることがあった」(20.9%)で,この両者を合計すると,64.1%に達しており,逆に,「よそよそしい態度になった」とする者は5.0%,「いやがらせをすることがあった」とする者は2.2%にとどまっている。この結果を「総理府世論調査」中の出所者との接し方についての一般国民の意識に関する前記回答結果と対比すると,必ずは,家族に対してどういう態度をようになった)しも合致しないが,これは,一般国民が,言わば当然のことながら,罪を犯した受刑者本人に接する態度と,罪を犯したわけではないその家族に接する態度とを区別し,受刑者の家族に対しては受容的になっていることを示すものであろうか。

IV-53表 受刑者の引受けについての家族の意思(続き柄別)(受刑者が刑務所を出るとき,本人を引き取るか。)

IV‐54表 受刑者の家族が受刑者を引き取る理由(続き柄別)(受刑者を引き取るのは,どりいう理由か。)

IV-55表 近隣者等の態度についての受刑者の家族の意識(受刑者が事件を犯したあと,近所の人や身のまわりの人

 他方,「受刑者の家族調査」においては,「本人が将来,刑務所を出たあとのことで,あなたが不安に思っていることがありますか。次のうちから,あてはまるものに,いくつでもよいですから,その番号に〇をつけてください。」との質問に対し,1「本人に立ちなおろうとする自覚や意思があるか」,2「本人に働ける職場があるか」,3「悪い仲間から誘われることはないか」,4「借金が返せるか」,5「被害者に対して慰謝料とか弁償金が払えるか」,6「本人と家族とが仲良くやっていけるか」,7「本人が親せき,職場,近所の人などとうまく折り合っていけるか」,8「その他」,9「とくに不安はない」,10「わからない」との選択肢の下に回答を求めているが,その結果は,「本人に立ちなおろうとする自覚や意思があるか」(44.0%)が最も多く,次いで,「本人に働ける職場があるか」(41.5%),「悪い仲間から誘われることはないか」(35.5%),「本人と家族とが仲良くやっていけるか」(19.7%),「本人が親せき,職場,近所の人などとうまく折り合っていけるか」(19.4%)という順序になっている。これらは,受刑者の家族の中に当該受刑者の更生意欲,出所後の就職,さらには地域住民等との人間関係に不安を抱いている者が相当いることを示しており,受刑者が円滑かつ成功裏に社会復帰を遂げる上での問題点を提起するものでもあると言えよう。
 このように見てくると,一般国民の半数以上の者は,出所者に対して偏見をもたずに普通の人と同じように接したいと考え,出所者の円滑な社会復帰について理解を示しているように見受けられるが,逆に,地域社会から出所者を排除したいと考えている者も,少数ながら存在しており,また,「一概に言えない」として態度を鮮明にしていない者が若い年齢層ほど高いことも見逃すことはできず,犯罪者の円滑な社会復帰を図る上で,国民の一層の理解を得ることの必要仕が痛感される。それにつけても,受刑者の社会復帰にとってその大きなよりととろどなるべき,ものは受刑者の家族であろうが,今回の調査対象となった受刑者の家族は,当該受刑者の入所前にこれと同居していた者に絞ったという事情があるとはいえ,ぞの9割が,当該受刑者の出所に当たり本人を引き受ける意思をもっており,当該受刑者が再入者である場合においてもその意思にさほどの変わりがないという事実は,受刑者を円滑に社会に復帰させ,その再犯を防止する観点からは,注目すべきものがある。そして,このような受刑者の家族の大半は,近隣者等から差別されずに普通に付き合ってもらい,一場合によっては,励ましてくれたと感じているようであるが,このような理解ある近隣者等の存在は,受刑者の家族にとって大きな支えとなっているであろう。しかしながら,他方において,受刑者やその家族は,当該受刑者の出所後の社会復帰についてかなりの不安を抱いており,その不安が,受刑者においては,「信用をなくして,頼みごとができなくなる」,「まともに付き合ってもらえない,」,「就職できない(仕事につけない)」などで,それぞれ約3割ないし4割を占め,これらはいずれも地域社会とかかわりのある事柄であることにかんがみれば,今回の調査結果は,受刑者の社会復帰にとって,地域住民の理解と協力がいかに重要であるかを改めて浮き彫りにするこ与となったとも言えよう。