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 昭和62年版 犯罪白書 第4編/第3章/第3節/2 

2 国民の評価

 以上,刑務所の本来有すべき役割と機能についての受刑者及び受刑者の家族の認識について見てきたが,国民は,刑務所が現実にこれらの役割と機能を果たしているかどうかについていかなる評価をしているであろうか。「総理府世論調査」においては,「刑務所は,犯罪者を処罰するとともに,犯罪者の立ち直りに役立っている。」かどうかについての質問に対し,(ア)「そう思う」,(イ)「そうは思わない」,(ア)「一概に言えない」の選択肢を設けて回答を求めている。また,法務総合研究所では,これと同じ質問と回答選択肢をもって,「受刑者調査」及び「受刑者の家族調査」を行った。これらの調査結果をまとめたのがIV-38表である。

IV-38表 刑務所の役割についての国民の評価(刑務所は,犯罪者の立ち直りに役立っている。)

 まず,一般国民の回答結果を見ると,「そう思う」との肯定的回答を示した者が36.8%と最も多く,次いで,「一概に言えない」の34.1%,「わからない」の16.5%,「そうは思わない」と否定的回答をした者の12.6%の順になっているが,「一概に言えない」及び「わからない」と,言わば断定的回答を留保した者が合わせて半数を超えている点が注目され,これは,刑務所に対する国民一般の関心の薄さを示すものとも考えられる反面,刑務所の具体的活動に関する判断資料が乏しく,その実態が必ずしも十分に理解されていないということの一面を示唆しているものとも考えられる。しかしながら,「そう思う」又は「そうは思わない」と刑務所についての一応の判断を断定的に示すことができた者が合計49.4%に及んでいると考えるならば,これらの者のうち,肯定的回答をした者(36.8%)が否定的回答をした者(12.6%)のおよそ3倍を占めている事実は,刑務所についてある程度の知識や関心を持っている国民は刑務所の役割と機能を積極的に評価していると言って差し支えないであろう。なお,男女の別で見ると,断定的回答を示した比率は,男子が54.2%と過半数に及んでいるが,女子では,45.5%と半数にも満たない上,20.2%の者が「わからない」と答えているなど,一般に女子の方が男子に比して刑務所に対する認識度は低いと言える。このような一般国民の回答結果を,更に詳しく,年齢層別に対比してみたのがIV-39表である。全般的な傾向としては,各年齢層によって刑務所の役割と機能に対する意見が分かれているが,特に,20歳代では約57%の者が「一概に言えない」又は「わからない」と回答しており,これが社会的経験の浅さによるものかどうかは不明であるとしても,注目されるところである。また,作表してはいないが,地域別で見てみると,いずれの地域でも肯定的回答が否定的回答を上回るが,その中で肯定的回答をした率が最も高い地域は,東北の42.4%であり,次いで,北海道及び九州の各41.0%,東海の39.7%などとなっており,逆,否定的回答をした率が高い地域は,四国の20.9%,中国の16.5%,北海道の13.1%などで,肯定的回答率と否定的回答率との差が大きい地域は,東北,九州,東海の各地域,反対に,その差が小さい地域は,四国,中国,近畿の各地域となっている。

IV-39表 刑務所の役割についての一般国民の評価(年齢層別)(刑務所は,犯罪者の立ち直りに役立っている。)

 次に,受刑者及び受刑者の家族の回答結果を見ると,受刑者では,「一概に言えない」が37.0%と最も多く,次いで「そう思う」の33.3%,「そうは思わない」の21.3%となっているのに対し,受刑者の家族では,「そう思う」が53.0%と過半数を占めており,否定的回答はわずか9.5%にとどまっている。このように,受刑者の家族において,刑務所の役割と機能を肯定的に回答した者が一般国民や受刑者に比して著しく高いのは,身近な者の更生や立ち直りについての強い期待を反映しているものと言えようか。ところで,現実に刑務所において処遇を受けている受刑者は,一般国民や受刑者の家族に比して,刑務所の役割と機能を否定的に回答した者の率が高いが,これら受刑者の回答の内訳を,入所度数及び不良集団加入状況別に見ると,IV-40表のとおりであり,初人者は2度以上入所経験のある者に比べて肯定的回答をした者の率が相当高く,入所度数の多い者ほど否定的回答をした者の率が高くなっていること,暴力団から離れた立場にある者ほど肯定的回答をした者の率が高く,逆に,暴力団構成員は否定的回答をした者の率が最も高いこと等を顕著に指摘することができ,「刑務所は,犯罪者を処罰するとともに,その立ちなおりに役立っている。」かどうかについての質問に対する受刑者の肯定的回答の比率を引き下げているのは,2度以上の入所経験のある者や暴力団構成員等不良集団に加入している者などであると認められる。

IV-40表 刑務所の役割についての受刑者の評価(入所度数・不良集団加入別)(刑務所は,犯罪者の立ち直りに役立っている。)

 以上に見てきたとおり,刑務所が犯罪者の改善更生に役立っているかどうかという観点からの刑務所についての評価には,一般国民,受刑者及び受刑者の家族の三者の間で,それぞれの立場に応じたかなりの較差があるばかりか,同じ受刑者でも,初入者と再入者あるいは暴力団構成員とこれに無縁な者との間では,相当の開きがあること,刑務所の役割と機能を最も高く評価しているのは,受刑者の引受人として切実な問題を抱えている当該受刑者の家族であること,男女別では男子の方が女子より高い評価をする傾向にあること,他方,一般国民の16.5%は刑務所が犯罪者の更生に役立っているかどうかについて「わからない」と回答し,刑務所に最も期待を寄せているはずの受刑者の家族ですら2割近い者が同じ回答をしていることなどが認められるが,これらの調査結果は,受刑者の中でその改善更生が特に困難と言われる累入者や暴力団構成員に対する処遇の在り方や矯正教育に大きな期待を寄せていると見られる初入者の処遇の在り方などに検討を加える一方,国の矯正行政の円滑・適正な運用が国民の理解に負うところが大きいことにかんがみ,矯正一般についての国民の認識を高める一段の努力をすることの必要性を示唆するものとなっているとも言えるであろう。