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 昭和62年版 犯罪白書 第4編/第3章/第3節/1 

1 受刑者及び受刑者の家族の認識している刑務所の役割と機能

 我が国の刑務所における処遇の目的が「犯罪者の改善更生と再犯防止」にあるとしても,この目的を効果的に実現するためには,その対象者である受刑者はもとより,やがてこれらの者が社会復帰する際に,これを引き受け,一般市民の一人として立ち直らせるための強力な援助の担い手となる受刑者の家族が,ともども刑務所の役割と機能を正しく理解していることが必要である。
 このような意味において,法務総合研究所では,今回の「受刑者調査」及び「受刑者の家族調査」において,特に,「刑務所は何のためにあるのかについて,いくつかの考えがあります。それらについて 1そのとおり 2そうとはいえない 3わからない の3つに分けた場合,あなたの考えに最も近いものをそれぞれ1つ選んでその番号に○をつけてください。」とした上で,その考え方として,A「刑務所は受刑者を教育するところである」(以下「教育する所」と要約する。),B「刑務所は受刑者を入れておくことで,その期間だけ犯罪がおきないよう社会の安全なまもるところである」(以下「社会の安全を守る所」と要約する。),C「刑務所は罪を犯す可能性のある社会の人々に対して,罪を犯せばどうなるかを示すところである」(以下「罪を犯しそうな人々に警告する所」と要約する。),D「刑務所は受刑者に不自由な体験をさせて,ふたたび犯罪をしないよう反省させるところである」(以下「再犯しないよう反省させる所」と要約する。),E「刑務所は罪を犯した分だけ受刑者に対して強制的に作業をさせるところである」(以下「罪の償いに強制作業をさせる所」と要約する。)の五つを示し,そのそれぞれについて,上記三つの選択肢の下に,受刑者及び受刑者の家族に回答を求め,刑務所の役割と機能についてのこれらの者の意識調査を行ったが,その結果はIV-36表のとおりである。

IV-36表 刑務所の役割(機能)に対する受刑者及び受刑者家族の意識

 これによれば,上記五つの考え方の中で「そのとおり」と肯定的回答の多かったものは,まず,受刑者では,「再犯しないよう反省させる所」が67.1%と最も多く,次いで,「罪を犯しそうな人々に警告する所」の61.4%,「教育する所」の59.9%,「罪の償いに強制作業をさせる所」が51.2%となっており,他方,受刑者の家族では,「教育する所」が68.0%と最も多く,次いで,「再犯しないよう反省させる所」が60.7%,「罪を犯しそうな人々に警告する所」が60.4%の順になっていて,受刑者が反省,警告等の役割と機能をより強く意識しているのに対し,受刑者の家族は教育の役割と機能をより強く意識しているなど,両者の意識には微妙な差異が認められる。
 そこで,上記五つの考え方のそれぞれにつき,これを「そのとおり」と肯定した比率及び「そうとはいえない」と否定した比率を,受刑者及び受刑者の家族別に対比させてみたのが,IV-2図である。全体として見ると,受刑者と受刑者の家族の意識はおおむね似通った傾向を示しているが,子細に見てみると,「教育する所」及び「罪の償いに強制作業をさせる所」については,この両者の間でかなりの較差が認められる。すなわち,刑務所の役割と機能を「教育する所」と認識する者は,受刑者の59.9%,受刑者の家族の68.0%といずれも高い値を示しているが,逆に,否定的に認識する者は,受刑者の32.6%に対し,受刑者の家族では11.4%と受刑者に比して3分の1にとどまっている。これは,現に刑務所に収容されている者を出所後引き受ける立場にある受刑者の家族が,受刑者の更生を願い,刑務所における教育に期待をかけていることの表れと見ることができようか。次に,刑務所の役割と機能を「罪の償いとして強制作業をさせる所」と認識する者は,受刑者では過半数であるのに対し,受刑者の家族では28.5%にすぎないが,これは,現実に罪を犯したことにより刑務所において作業に従事している受刑者と,罪を犯したわけではない家族との意識の差が表れたものと見るべきであろうか。これに関し,受刑者及び受刑者の家族とも,この考え方を否定する者が約40%以上に上っていることは注目されるが,これは「強制的に仕事をさせる」という意味を昔ながらの強制的苦役と理解した結果であると捉えれば首肯できるところでもある。なお,刑務所の役割と機能に関し,「社会の安全を守る所」であるとの考え方に対しては,受刑者及び受刑者の家族とも,その半数以上がこれを否定し,さらに,肯定する者は否定する者の半数以下という結果となっており,他の考え方に対する回答結果と際立って異質な傾向を示しているが,これは,受刑者自身,自らが社会的に存在価値を否定されているとか,一般社会から隔離されなければならないほどの危険な人間であるとは認めたくないという気持ちの表れとも考えられ,これが受刑者の家族にも反映しているのではないかと推測される。

IV-2図 刑務所の役割(機能)を認識している受刑者及び受刑者家族の意識対比

 次に,刑務所の役割と機能についての意識を初入者及び再入者(入所2度以上の者)別に,受刑者と受刑者の家族について見たのがIV-37表である。これによれば,受刑者のうち,初入者と再入者とでは,刑務所の役割と機能を「教育する所」と考えるか,「社会の安全を守る所」と考えるか,「罪の償いとして強制作業をさせる所」と考えるかにおいてかなりの意識差が認められる。すなわち,初入者は「教育する所」と考える者が再入者に比べ約12%も高い66.9%にも上っているほか,「社会の安全を守る所」及び「罪の償いとして強制作業をさせる所」との考えを否定する者が,再入者に比べ相当高い率を占めており,それぞれ70.4%,50.4%と大半に達している。これは,刑務所入所の初体験者である初入者にとって,刑務所が受刑者を教育する場であって,単に犯罪者を隔離したり強制作業をさせるためだけの施設ではないことを素直に受け止めていることによるものであろうか。なお,受刑者の家族にあっても,受刑者における初入者と再入者との間ほどの大きな差はないものの,同様に,初入者の家族と再入者の家族との間で意識の差が認められることは興味深い。

IV-37表 刑務所の役割(機能)に対する受刑者及び受刑者家族の意識(初入・再入別)