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 昭和62年版 犯罪白書 第4編/第2章/第4節/2 

2 暴力ざたを起こした一般市民の処分についての国民の考え方

 「総理府世論調査」においては,「スナックで隣り合わせた客と口論し,ビールびんで殴り,全治10日くらいの打撲傷を負わせた者に対しては,一般的にどの程度の処分が必要だと思いますか。」という質問を設け,(ア)「警察に届けず許してもよい」,(イ)「起訴しないで(裁判にかけずに)許してもよい」,(ウ)「罰金にする」,(エ)「執行猶予処分にする」,(オ)「刑務所に入れる」との選択肢の下に回答を求めている。また,法務総合研究所では,これと同じ質問及び回答選択肢により,「受刑者調査」及び「受刑者の家族調査」を行っている。これらの結果をまとめたのがIV-21表である。これらの質問及び回答選択肢に関し,まず,留意したいことは,この質問において想定されている事案が,暴力団関係者によるものではなく,一般市民によるものであって,かつ,飲酒の上での喧嘩であるということ,ビールびんという,場合によっては重大な結果を引き起こす可能性のある言わば凶器を使用した暴力行為であり,その行為態様は,見方によっては,極めて危険かつ悪質なものとも評価し得ること,しかしながら,その結果は,10日間の打撲傷という軽度の傷害にとどまっているということなどであろう。このような事案をいかに処分するかは,行為態様の危険性を重視するか,あるいは,結果に注目するかによって判断が大きく分かれるように思われる。なお,回答選択肢のうち,(ア)と(イ)は,要するに,「処罰しないで許す」ということであるから,ここでは一緒にして分析することとする。

IV-21表 暴力ざたを起こした者の処分についての国民の考え方

 そこで,まず,一般国民の考え方を見ると,「処罰しないで許す」が21.7(ビールびんで殴って約10日間の傷害を負わせた者に対する処分)%,「罰金にする」が27.0%,「執行猶予処分にする」が17.8%,「刑務所に入れる」が9.7%となっており,罰金刑により処罰するのが相当と考えている者が最も多い。もっとも,「執行猶予処分にする」は,通常,懲役刑の執行猶予を意味するものと考えられ,また,「刑務所に入れる」は,懲役刑の実刑に処することであるから,いずれも公判請求を前提とするものであり,このような見方をすれば,この種事犯に対しては「公判請求」により正規の裁判を行うのが相当であると考える者は27.5%に達することになり,「罰金にする」を選択した者を上回っている。したがって,一般国民にあっては,この種事犯を犯した者に対しては,「罰金にする」を含め,何らかの処罰を必要と考える者が54.5%にも上っていると言ってよいであろう。これに対し,受刑者にあっては,「処罰しないで許す」が54.4%と圧倒的に多数で,「罰金にする」の22.6%がこれに次ぎ,「執行猶予処分にする」(8.2%)と「刑務所に入れる」(5.9%)は相当少なく,受刑者は,この種事犯に対し,寛大な考え方を持っていることを示している。これは,受刑者はその立場上加害者の身になって処分を考えている者が少なくないことによるものであろうか。他方,受刑者の家族の考え方は,この両者の中間に位置し,「処罰しないで許す」が33.1%で最も多いが,その率は受刑者よりもかなり低く,次いで,「罰金にする」(17.6%),「執行猶予処分にする」(10.3%)と続き,「刑務所に入れる」(3.6%)はわずかにすぎない反面,「わからない」が32.5%と多いことが特徴的である。
 次に,一般国民の考え方について,年齢層別に見たものがIV-22表である。「処罰しないで許す」を選択した者の率は,どの年齢層も21%台であるものの,「罰金にする」を選択した者の率は,20歳代において最も高く,60歳以上において最低となり,「執行猶予処分にする」を選択した者の率も,20歳代及び30歳代が高く,高年齢層になるに従って低くなるのに対し,「刑務所に入れる」を選択した者の率は,高年齢層になるに従って高くなっている。これらによれば,この種事犯に対し,処罰を必要としないとする者の割合は,各年齢層を通じ,ほとんど変わらないこと,「罰金にする」,「執行猶予処分にする」,「刑務所に入れる」のいずれかを選択し,何らかの処罰を必要とすると考える者の比率は,20歳代が最も高く,高年齢層になるに従ってその率は低下していくこと,しかしながら,20歳代及び30歳代の者は,その半数以上が「罰金にする」又は「執行猶予処分にする」を選択し,何らかの処罰を必要と考える者の中でも,どちらかといえば軽い処分を選択する者の率が高いことなどを指摘することができる。他方,この問題について,一般国民の考え方を都市規模別に見たのがIV-23表である。「罰金にする」を選択した者の率が最も高いのは11大市で,以下,その他の市,町村の順となっており,都市の規模が大きくなるに従って,「罰金にする」を選択する者の割合が高くなる。ちなみに,東京都と大阪府では,これを選択する者の割合が特に高率(東京都39.1%,大阪府35.2%)でこの両都府では,「刑務所に入れる」(東京都3.9%,大阪府8.0%)を選択した者の割合が少ないばかりでなく,「処罰しないで許す」を選択した者(東京都19.5%,大阪府12.6%)も少なくなっており,住民の選択は「罰金にする」に集中する傾向にある。これと対照的なのが町村で,「処罰しないで許す」を選択した者の率が都市規模別の中で最も高く,「罰金にする」を選択した者の率を上回っている一方,「刑務所に入れる」を選択した者も少なくなく,意見が分散しているのが特徴的である。

IV-22表 暴力ざたを起こした者の処分についての一般国民の考え方(年齢層別)(ビールびんで殴って約10日間の傷害を負わせた者に対する処分)

IV-23表 暴力ざたを起こした者の処分についての一般国民の考え方(都市規模別)(ビールびんで殴って約10日間の傷害を負わせた者に対する処分)

 このように見てくると,一般国民にあっては,質問に係るような暴力ざたを起こした者に対していかなる措置を採るべきかについて,「わからない」との回答をした約2割を除いた者で見れば,その7割近くの者が何らかの処罰をすべきであると考え,しかも,その中では,正規の裁判を前提にして公判を請求すべきだと考える者と罰金にすべきだと考える者とが半々に分かれ,公判請求を考える者の半数以上は,実刑を避け,執行猶予を付すべきであるとの意見を持っており,また,20歳代及び30歳代の者は,どちらかといえば,一般国民全体に比べ,「罰金にする」又は「執行猶予処分にする」を選択する者の率が高い状況にあり,一般国民の間では,この種事犯を犯した者に対して処罰が必要であるとしても,具体的に,いかなる処罰をもって臨むべきかはかなり意見が分かれていると言ってよいであろう。もともと,この種事犯の処分に関しては,加害者の前科・前歴,性癖,犯行に至るまでの被害者の対応,ビールびんでの殴り方・程度,加害者及び被害者の年齢・身体の頑健さ等の状況,示談の有無等具体的事情が確定していない段階で一概に論ずることはできないとはいえ,仮に,実際の事件においてこれらを確定し,当該犯人を処罰することとなったとしても,実際にいかなる処罰をもって臨むかは,実務家の間ですら微妙に見解が分かれるような事案もあるように思われる。そのような観点からすれば,今回の調査において,国民の考え方が分かれたのも言わば当然であるかもしれない。
 それにつけても,忘れてならないのは,実際に被害に遭ったことのある者が,加害者の処罰についてどのような考えをもっているかということであろう。今回の「総理府世論調査」,「受刑者調査」及び「受刑者の家族調査」においては,後記のとおり,犯罪による被害経験の有無についても質問をしているが(本編第3章第1節参照),その中で,「殴る,蹴るなどの乱暴をされたことがある」と答えた者は,一般国民では4人,受刑者では134人,受刑者の家族では20人であった。そこで,対象者が少なすぎる一般国民をさておき,受刑者及び受刑者の家族のうち,暴力行為により被害を受けた経験のある上記の者が,暴力ざたを起こした者の処分について,どのように考えているかを見てみると,作表してはいないが,まず,受刑者では,「処罰しないで許す」を選択する者の率が48.5%と最も高いものの,被害の有無を問わない受刑者全体の場合の54.4%と比較すると低くなっており,「罰金にする」(24.6%),「執行猶予処分にする」(10.4%)及び「刑務所に入れる」(6.0%)を選択する者の率は,いずれも受刑者全体において上記各選択肢を選択した者の率を上回っていること,他方,受刑者の家族では,同じく「処罰しないで許す」を選択する者の率が30.0%と最も高いが,受刑者の家族全体の33.1%よりは低くなっており,また,公判請求を前提とする「執行猶予処分にする」(20.0%)及び「刑務所に入れる」(10.0%)を選択した者の合計は30.0%に達し,受刑者の家族全体でこの両回答を選択した者の率(13.9%)の2倍以上になっていることが注目される。これらからすれば,受刑者及び受刑者の家族という特別の立場にある者ではあっても,被害経験のある者はない者と比較して,加害者の処分に対して厳しい考え方をもっていると言ってよいであろう。ちなみに,法務総合研究所では,昭和50年に,生命・身体犯の被害者に関する実態調査として,48年中に全国の地方裁判所で有罪判決が確定した生命・身体犯の事件の中から,被害者が死亡している事件については2分の1の,被害者が負傷している事件については10分の1の各比率で無作為に917件の事件(その内訳は,被害者が死亡している事件352件,被害者が負傷している事件565件)を抽出し,これらの事件記録を保管する全国の地方検察庁職員をして,事件記録に基づき,調査項目を記載した調査票に所要の事項の記入を依頼することにより調査を実施したが,その中で,被害者又はその遺族について,加害者に対する処罰感情の調査をも行っている(法務総合研究所研究部紀要19,1976年版29頁以下参照)。これに基づき,被害者が傷害を負った場合における被害感情についてまとめたのがIV-24表である。ここに現れたところのものは,被害を受けた経験がある一般国民の考え方を代表していると見てもよいであろうが,これによれば,被害者全体では48.9%の者が「厳罰希望」を選択しており,「処罰希望」と合わせると,その割合は63.6%に達し,被害者の多くは,加害者の処分について極めて厳しい考え方をしていると見られるのであり,資料は若干古いとはいえ,この調査結果は,現在においても,それなりの意味を有していると思われる。このような被害者の立場にも配慮した場合,上記のとおり,国民の考え方が大きく分かれていることをも前提とすれば,たとえ飲酒の上での喧嘩による傷害という,言わば日常茶飯事のようなこの種事犯の処分にあっても,国民のすべてが満足するような処分を実現することの困難さが痛感される。しかしながら,一般国民の過半数が,このような暴力ざたに対して処罰が必要であると考えていることは,暴力否定の考えが広く行き渡っていると見ることもでき,これは,少なくとも,傷害罪に対して厳しい処分で臨んでいる実務の感覚と今回の調査によって明らかとされた一般国民の意識との間に,それほどのかい離がないことを示すものと言ってよいであろう。

IV-24表 傷害事件被害者の加害者に対する処罰感情