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 昭和62年版 犯罪白書 第4編/第2章/第3節/1 

1 親子間における殺人事件の犯人に対する処分の実情

(1) 親殺し
 IV-10表は,上記違憲判決以降の昭和49年から60年までの間において発生した尊属殺事件の認知・検挙状況を見たものである。尊属殺には,配偶者の尊属を殺害したものも含まれるが,実際は,被害者の約96%は加害者の実親・養親である。尊属殺の認知件数は,年次によって若干の増減があるものの,年間40件台から60件台で推移し,同判決以後においても急激な変化は認められず,60年には最低の40件にとどまっている。なお,作表してはいないが,警察庁の統計により,49年から60年までの間に認知された事件の加害者及び被害者について見ると,加害者は,20歳代及び30歳代の者によってその大半が占められ(20歳代34.9%,30歳代34.7%),そのほとんどが男子で,検挙人員中に占める女子の割合は,多い年でも20%台以下である。他方,被害者の年齢は,50歳代が24.1%,60歳以上が62.2%となっており,この両者で86.3%を占めている。

IV-10表 尊属殺事件の認知件数及び検挙人員(昭和49年〜60年)

 次に,昭和49年から60年までの間の全国の検察庁における殺人及び尊属殺事件被疑者の処理状況を,3年ごとに区切って見たものがIV-11表である。尊属殺の起訴率は,49年から51年までの間は52.0%,52年から54年までの間は48.1%,55年から57年の間は50.0%,58年から60年までの間は39.7%となっており,おおむね,殺人全体のそれよりは低い(55年から57年までの間においては殺人の起訴率が39.3%と極端に低くなっているが,これは,特定の受刑者が刑務所の看守等合計2,249人を殺人未遂罪で告訴し,これらがすべて嫌疑なしとして不起訴処分に付されたという特殊事情があるためである。)。他方,尊属殺の犯人が起訴猶予となる事例はごくまれにしかないが(総数で見ると,起訴猶予率は,殺人が5.8%であるのに対し,尊属殺は1.6%である。),「その他の不起訴」に付される割合はかなり高く,そのほとんどは精神障害による心神喪失を理由としたもので占められており,尊属殺を犯した者の中に精神に障害のある者が少なくないことを示している。

IV-11表 検察庁における殺人・尊属殺事件被疑者に対する処理状況(昭和49年〜60年)

 さらに,昭和49年から60年までの間に,全国の第一審裁判所で言い渡された殺人及び尊属殺事件の被告人に対する判決を3年ごとに区切って見たのがIV-12表である。尊属殺を犯した被告人に対する科刑状況を総数で見ると,死刑の言渡しを受けた者は3人(1.2%),無期懲役刑は9人(3.2%),15年を超える有期懲役刑は3人(1.2%),10年を超え15年以下の有期懲役刑は39人(16.0%)となっている。ちなみに,殺人一般においては,死刑の言渡しを受けた者が36人(0.3%),無期懲役刑が130人(1.1%),15年を超える有期懲役刑が156人(1.3%),10年を超え15年以下の有期懲役刑が821人(7.0%)となっている。他方,懲役3年以下の軽い刑の言渡しを受けた者の割合は,総数で,殺人一般が4,643人(39.8%)であるのに対して尊属殺は55人(22.6%)となっており,また,執行猶予率は,殺人一般の3,022人(26.7%)に対して尊属殺は37人(15.2%)にすぎない。これらから見れば,尊属殺を犯した者に対しては,一般の殺人を犯した者より平均的には重い刑が科せられていると言えよう。しかしながら,尊属殺を犯した者の中で,死刑又は無期懲役刑の言渡しを受けた者は極めて少なく,同罪により有罪判決を受けた者の4.5%にすぎない。

IV-12表 殺人・尊属殺事件被告人に対する第一審言渡状況(昭和49年〜60年)

(2) 子殺し
 IV-13表は,被害者が実子・養子である殺人事件(嬰児殺を除く。)の検挙件数及び嬰児殺の認知・検挙状況について見たものである。我が国には,嬰児殺という犯罪構成要件はないが,警察庁の統計では1歳未満児の殺害を嬰児殺として取り扱っている。まず,実子・養子が被害者となった殺人事件の検挙件数は,昭和54年に177件,58年に153件と例外的に多いものの,それ以外の年は,年間130件ないし140件台で推移している。これに対して,嬰児殺の認知件数は,50年の207件を頂点として漸次減少し,60年には129件となっており,これに伴い,検挙人員もほぼ同様の推移を示している。なお,嬰児殺においては,検挙人員中に占める女子の割合が極めて高く,常に90%前後を占めている(一般の殺人の場合におけるそれは約20%前後である。)のが特徴的であるほか,警察庁の54年から60年までの間の統計によると,被害者の94.4%は加害者の実子・養子となっており,嬰児殺のほとんどは,母親によって犯されていると言ってよい。

IV-13表 子殺し事犯の認知・検挙状況(昭和49年〜60年)

 これら子殺しに対する事件処理及び科刑状況については,検察及び裁判の実務においてこの種事件が一般殺人として取り扱われるため,嬰児殺を除き,特別な統計資料は存在していない。そこで,ここでは,統計上検索可能な嬰児殺のそれらについてのみ見ることとする。IV-14表は,昭和49年から60年までの間の全国の検察庁における嬰児殺の処理状況を,3年ごとに区切って見たものである。起訴率は,54年以前の各3年が50%台であるのに対して,55年以後の各3年は30%台に減少し,代わりに起訴猶予率が増加している(起訴猶予率は54年以前の各3年は20%前後,55年以後の各3年は30%前後である。)。この期間における殺人一般の起訴猶予率は5.8%であるから,嬰児殺の起訴猶予率は相当高いということになる。次に,49年から60年までの間において,全国の第一審裁判所で言い渡された嬰児殺事件の被告人に対する判決を,3年ごとに区切って見たのがIV-15表である。死刑,無期懲役刑及び15年を超える有期懲役刑を言い渡された被告人は皆無で,懲役3年を超える刑が言い渡された者は7人にすぎず,大部分の被告人(総数の91.2%)には懲役3年以下の刑が言い渡されている。執行猶予率は84.4%で,殺人一般の26.7%に比較すると,嬰児殺の量刑は著しく軽い。

IV-14表 検察庁における嬰児殺事件被疑者に対する処理状況(昭和49年〜60年)

IV-15表 嬰児殺事件被告人に対する第一審判決言渡状況(昭和49年〜60年)