詐欺の調査対象者は218人であるが,本項では人員の少ない少年(9人)を除き,成人209人のみを対象として考察する。このうち,無銭飲食・宿泊又は無賃乗車による詐欺(以下「無銭詐欺」という。)を犯した者は59人である。詐欺は,一般的には知能犯として行われ,性質上,経済取引の外形を伴うことが多いが,無銭詐欺の場合は,欺罔行為が単純で,被害額も大きくなく,累犯者が多いなどの特性を有し,一般の詐欺とは行為特性においても行為者特性においても異なるものがあるため,本項においては,詐欺を一般の詐欺と無銭詐欺とに区別して考察することとした。刑務所入所回数別に見ると,初人者は98人(うち無銭詐欺9.2%),再入者(入所2度以上の者)は111人(うち無銭詐欺34.2%)である。
詐欺は,相手を欺罔して錯誤に陥れ,財物を交付させたり財産上不法の利益を得るという犯罪であるため,必ず加害者と被害者が何らかの交渉を持つことになる。そこで,まず,被害者は加害者とどのような面識関係にあったのかを見ることが必要であり,その調査結果がIV-42表である。
一般の詐欺では,32.0%が「よく知っていた」,11.3%が「顔か名前程度を知っているだけ」としており,この二つを合わせると,加害者側が多少とも面識があるとしている者が被害者となる可能性が高いことを示している。これに対して,無銭詐欺では,「よく知っていた」が8.5%,「顔か名前程度を知っているだけ」が11.9%で,「面識なし」が78.0%と圧倒的多数を占めており,無銭詐欺では面識のない者が被害者として選ばれることが多いことが窺える。
IV-42表 被害者との面識の有無及び程度(詐欺)
また,被害者に多少とも面識があったとする者は,初人者では45.9%と比較的多いのに対し,再入者は28.8%に過ぎず,再入者では被害者との面識がなかったとする者が60.4%を占めている。さらに,別に入所回数ごとに面識の有無・程度を質問した結果によると,入所回数が多くなるにつれて,被害者との面識がなかったとする者の比率が高くなる傾向が窺える。
次に,加害者は,いかなる理由から,その相手を被害者として選んだかを調査したものがIV-43表である。
IV-43表 被害者を選定した理由(詐欺)
一般の詐欺において,過半数の者が肯定の回答を示しているのは,「相手にしやすい人だった」(54.7%),「相手は沢山のお金を持っていた」(52.0%),「相手は不注意だった」(51,3%)の各項目である。詐欺が欺罔によって,財物又は財産上不法の利益を得る犯罪であることから, 一般に相手にしやすく,金持ちであること,又は不注意な相手であることが被害者選定理由として多数を占めるということは,首肯できるところである。ところが,無銭詐欺において肯定回答が多いのは,「相手はたまたま,自分の行動しやすい所にいた」(54.2%),「相手にしやすい人だった」(49.2%),「相手は警察に届けないと思った」,「相手がたまたまそこにいた」(共に45.8%)の各項目であり,偶然性によって被害者が選定される場合が多く,また,犯行を見逃してもらえるかどうかが重要な要素となる傾向が見られる。
さらに,刑務所入所回数別に見ると,初人者では,「相手にしやすい人だった」(54.1%),「相手は沢山のお金を持っていた」(52.0%),「相手は不注意だった」(50.0%)の各項目に半数以上が肯定しているほか,「相手は危ない話に乗ってきた」(23.5%),「相手はもうけ話を頼みにきた」(22.4%)など,被害者の誘発ないし助長的態度をほのめかす回答も少なくない。一方,再入者では,偶然性による選定や,見逃してもらえる相手の選定等が重視され,無銭詐欺と似た傾向を示している。
なお,この設問に追加して,詐欺の被害を受けやすいとみなされる性格評語を10種提示して,経験上当てはまるものを複数選択させたところ,一般の詐欺では,「人を信用しやすい」を選ぶ者が最も多く(63.3%),次いで「お人好し」(39.3%),「話の内容を確かめない」(37.3%),「人情味がある」(28.0%)の順となっている。また,無銭詐欺が多く挙げた被害を受けやすい性格評語は,「お人好し」(55.9%),「人を信用しやすい」(47.5%),「人情味がある」(37.3%)などである。
一般の詐欺は,経済取引の外形を伴うことが多く,被害者にも落ち度のあることが少なくない。被害者が欲にかられ,目先の利益につられて損をする例は枚挙にいとまがない。このような詐欺の被害者について,加害者はどのように考えているのであろうか。この点に関し,加害者が事件の責任を自己と被害者のどちらにどの程度あると見ているのかを質問した結果が,IV-44表である。
IV-44表 責任の所在についての加害者の意識(詐欺)
一般の詐欺では64.7%が「すべて自分が悪い」としており,また,28.7%が「被害者も少し悪いが大部分は自分が悪い」としている。先に見た被害者選定理由においては,「相手は不注意だった」とする者が51.3%にも上っていたが,相手に不注意はあるにしても,なお騙した方が悪いと思っているとする者が大多数となっている。これは,被害者選定理由が,犯行前に騙しやすい,あるいは騙されやすい被害者を選定するに際しての判断に関するものであるのに対し,責任の有無・程度に関する質問は,事件後の責任の帰属に関するもので,質問の視点が異なることによる差とも思われるが,注目されるところである。一方,無銭詐欺になると,「すべて自分が悪い」とする者が84.7%に上り,加害者が一方的に悪いとする傾向は更に強くなっている。
最後に,加害者は罪の償いについてどう考えているかを調査したものが,IV-45表である。
IV-45表 加害者の贖罪意識(詐欺)
一般の詐欺では,「弁償だけでなく,更生する必要がある」とする者が77.3%にも上るが,無銭詐欺では54.2%で,一般の詐欺より20ポイント以上も低く,「施設収容によってすべて終わる」とする者が18.6%もある。
また,「裁判所の処分に従うだけでよい」や「施設収容によってすべて終わる」とする者の比率は,刑務所入所回数が多くなるほど高くなる傾向が窺える。この点について入所回数別に質問した結果では,再入者は,それぞれ11.7%,14.4%がこれを選択しており,うち4回以上の入所者について見ると,それぞれ14.3%,20.6%と上昇している。