窃盗には様々な類型があり,窃盗被害の原因もその類型ごとに異なる。したがって,人がなぜ窃盗の被害にあうのかを知るためには,できる限り類型別の分析が望ましい。そこで本項においては,窃盗を車両関係以外の窃盗(以下「一般窃盗」という。)と車両関係窃盗の二つに分けた上,一般窃盗を更に侵入盗,非侵入盗,女子による窃盗の三つに分けて,それぞれについて分析していくことにした。ここでいう車両関係窃盗には,乗物盗のほか車上ねらい及び部品盗を含むが,これら車両関係窃盗を一つの類型として独立させた理由は,この類型の窃盗が,単に量的に増加したばかりでなく,犯行及び被害のいずれの面でも,一般の窃盗とは異なる特性を持つに至っていると考えたからである。
IV-37表 被害者(又は物件)を選定した理由(一般窃盗)
調査対象者の総数は1,137人で,うち男子が1,033人,女子が104人である。犯行時の年齢別で見ると,男子は成人が738人,少年が295人で,女子は成人が26人,少年が78人となっている。犯罪類型別では,男子は侵入盗が397人,非侵入盗が282人,車両関係窃盗が354人である。女子は侵入盗が34人,非侵入盗が55人,車両関係窃盗が15人(15人はすべて少年)となっている。
最初に,犯罪者はなぜその相手方あるいは金品を窃盗の対象に選定したのかを見た結果は,IV-37表(一般窃盗)及びIV-38表(車両関係窃盗)のとおりである。
まず,一般窃盗についてであるが,全体では,第3群中の「相手は不注意たった」を挙げる者が483人(62.9%)で最も多く,次いで第4群中の「相手にしやすい人(家,建物)であった」が443人(57.7%),第6群中の「盗りやすく,逃げやすい所にいた(あった)」が357人(46.5%)と続き,第1群中の「そこに多額の現金あるいは値うちのある物があることが分かっていた」の296人(38.5%)も比較的多い。
IV-38表 その車を選定した理由(車両関係窃盗)
男女別にその特徴を比較すると,第1群中の「相手は魅力ある物を持っていた」を挙げる者は,男子33.3%であるのに対して女子は21.3%にとどまり,第3群中の「相手はお金や物を大切に守る様子がなかった」とする者は,男子が33.9%であるのに対して女子は42.7%と多く,また,第5群中の「相手は警察に届けないと思った」は,男子29.9%に対して女子は42.7%となっている。
さらに,男子について,侵入盗と非侵入盗を比較すると,第3群中の「相手は不注意だった」,「相手はお金や物を大切に守る様子がなかった」など,被害者の被害助長を原因として挙げている者や,第6群中の「相手はたまたまそこにいた」,「盗りやすく,逃げやすい所にいた(あった)」など,偶然的・機会的状況を挙げる者の割合は,成人,少年共に,侵入盗よりも非侵入盗に多い。
一方,男子少年では,第1群中の「そこに多額の現金あるいは値うちのある物があることが分かっていた」とする者が多い(侵入盗54.1%,非侵入盗58.5%)が,男子成人(侵入盗36.2%,非侵入盗33.6%)や女子(32.6%)ではそれほど多いとはいえない。
次に,車両関係窃盗であるが,全体では「相手は不注意だった」が60,2%で最も多い。次いで,「その車がたまたまそこにあった」が50.7%と続き,さらに,「自分の思いどおりにしやすい車であった」の19.6%,「魅力ある車であった」の17.3%の順となっている。
また,これを成人・少年別,手口別に比較すると,乗物盗では,「魅力ある車であった」を挙げる者の比率が,成人(12.0%)に比べて少年がやや多い(24.2%)ほかは,成人,少年共に類似の傾向を示している。一方,車上ねらい・部品盗では,成人が,「相手は不注意だった」(52.5%),「その車がたまたまそこにあった」(32.5%)の順に多く挙げているのに対して,少年では,「その車がたまたまそこにあった」が最も多く (51.4%),次いで「相手は不注意だった」(37.8%)となっている点が対照的である。
さらに,「不注意」を挙げた者にその内容を質問したところ,乗物盗では,「ドア・キーの付け放し」が101人(42.6%)と最も多く,「ドア・ロックをしていない」が71人(30.0%)とこれに続く。また,車上ねらい・部品盗では,「ドア・ロックをしていない」の43人(36.8%)が最も多く,次に,「車を放置」18人(15.4%),「ドア・キーの付け放し」15人(12.8%)の順となっている。なお,女子は,少年が15人いるだけで対象数が少ないため,あえて分析はしなかった。
車両関係窃盗の加害者に対して,「どんなときにねらいやすいか,ねらいにくいか」について自由に参考意見を記載させたところ,成人では83人(42.1%),少年では女子6人を含め103人(59.9%)が意見を記載した。その内容は,およそ次のように概括できる。
[1] 車両関係の窃盗犯行時の最大の条件は,監視の目の有無である。まず,「人通りのあまり多くない時間と場所」が選ばれる。夜は「0時から明け方4時ごろまで」がねらいやすい。逆に,人の出入りの多い所,明るい場所,静か過ぎる場所はねらいにくいという。
[2] 盗みやすい車としては,「ドアが自由に開く」状態にあるもの,「ドア・キーの付け放し」のものが圧倒的に多く,次に,「ウインドー・ガラスが手で開けられる」もの,「エンジン・キーの付け放し」などが挙げられる。一方,「多くの車種のドアは,マイナス・ドライバー1本で開けられるから,警報ブザーをつけない限り,安全とはいえない」旨を記載している者もいる。
[3] 日中,人通りのある所でも,「買物,配達などの短時間の用事で,キ一の付け放し,エンジンのかけ放しのまま路上駐車して車から離れる」ものは,ねらわれやすい。
[4] 盲点を指摘する意見として,「事業所の駐車場や住宅の車庫内には,ドア・ロックしていない車が意外に多いので,かえってねらいやすい」とする者も少なくない。また,逆に常習犯でも,よく管理された駐車場や車庫からは盗みにくいし,近くに警察署(派出所)があり,また,飼犬のいる所は最もねらいにくいとしている者も散見され,これらは被害にあわないための条件の一つとして注目される。
次に,被害者からの届出の有無についての予測状況は,IV-39表のとおりである。
まず全体では,「届けると思った」と答えた者が67.1%もあり,「届ける,届けないは半々と思った」の15.9%,「届けないと思った」の11.3%を大きく上回っている。
窃盗の類型別では,「届けると思った」の多いものは車両関係窃盗の75.3%であり,次いで侵入盗の67.7%,非侵入盗の57.3%と続き,被害額の大きい車両関係窃盗と被害意識が強く出る侵入盗に届出予測が高く,逆に「届けないと思った」との回答は非侵入盗が15.7%と他の窃盗類型と比較して最も高くなっている。矯正施設に収容される者の中には,常習者など犯情が特に悪質と判断された者が多く,被害額も高いのが通常であるから,これらの数字が窃盗犯全体に共通するものとはいえないにしても,特に犯情の重い犯罪者が複数の犯罪体験を通じて知り得た被害者一般の届出に対する受けとめ方を物語るものとして,注目されるところである。
IV-39表 被害者からの届出の有無についての予測(窃盗)
次に刑期との関係を見たところ,刑期2年を超える者は,2年以下の者に比べて「届けると思った」と回答する比率が高く,「届けないと思った」の比率は,刑期が長くなるほど減少している。これが何を意味するかは一概に言い難いが,刑期の長い者ほど重大な窃盗を犯している例が多いことも, 一因になっていると考えられる。
現時点における被害感情についての加害者の推測を,男女別及び男子の成人・少年別,窃盗類型別にまとめたものが,IV-40表である。全体では,「処分で納得した」が35.7%で最も多く,「既に許す気になっている」の17.8%と合わせると,少なくとも53.5%の者は,被害者が宥恕又は納得していると推測している。また,被害者は「賠償をすればよい」と考えている旨推測している者は17.5%となっている。
IV-40表 被害感情についての推測内容(窃盗)
一方,被害者の厳しい感情を推測するものとしては,「出所後も憎みつづける」が11.9%,「施設から出てこないことを願っている」が7.5%で,合わせて19,4%に達する。厳しい感情を推測する者が特に多いのは,男子少年であり(非侵入盗の32.0%,侵入盗の24.7%,車両関係窃盗の23.6%),女子においても,25.9%の者が被害者感情を厳しく受けとめているように見受けられる。
ところで,近年,窃盗事件が増加している世相について,窃盗犯罪者自身はどのような認識を抱いているのであろうか。これを探るために,「世の中が豊かになり,お金や物が街にあふれるようになっても,盗みがなくならないのはなぜたと思うか」という質問を投げかけ,幾つかの設問の中から同感できるものを二つ選択するよう求めた。その結果をまとめたものがIV-41表である。
全体では,「豊かになるほど人の欲望はますます大きくなるから(欲望肥大)」が496人(43.6%)と最も多く,次いで,「金持ちとびんぼう人の差が大きくて,不公平だから(貧富の差)」が426人(37.5%),「盗みやすい店や場所が増えたから(盗みやすい場所の増加)」が243人(21.4%),「道徳心がすたれ,普通の人でも簡単に盗む時代だから(道徳心低下)」が242人(21.3%)などの順となっている。
女子では,「欲望肥大」を挙げる者の割合が46.2%と,男子の43.4%よりやや多いが,次に多い項目は,「盗みやすい場所の増加」が33.7%,「貧富の差」が32.7%となっており,2.3位が男子と逆になっている点が注目される。この傾向は,成人女子において特に顕著である。
次に,男子の年齢層別では,30歳代以下の各年齢層とも「欲望肥大」が42.0%ないし52.5%と最も多く,「貧富の差」が35.6%ないし36.9%でこれに次ぐのに対し,40歳代以上ではこの関係が逆転し,しかも年齢層が上がるにつれて「貧富の差」を挙げる者の比率が,大幅に増大する。
また,男子受刑者の刑務所入所回数で比較すると,入所3回以下の者の回答で多いのは,「欲望肥大」,「貧富の差」,「道徳心低下」の順であるのに対し,入所4回以上の者では,「貧富の差」,「欲望肥大」,「盗まれても困らぬ人の増加」の順となっており,この結果は,特に窃盗累犯者の対策と処遇にも何がしかの示唆を与えるものと考えられる。
IV-41表 世の中から盗みが減らない理由(窃盗)