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 昭和61年版 犯罪白書 第4編/第1章 

第4編 犯罪被害の原因と対策

第1章 序  説

 罪と罰の在り方は,どの時代においても,そのよって立つ社会体制,文化,伝統,宗教等によって定められてきたものであるが,これに対する検討は,しばしば,犯罪及び犯罪者の側面から加えられるのが常であった。しかし,いかなる犯罪及び犯罪者にも,その対象としての被害及び被害者は存在するのであって,それは盾の両面,あるいは物の表裏の関係に等しい。すなわち,何をもって犯罪とし,犯罪者をどう処遇するかは,何をもって被害とし,被害者をどう保護するかの問題と同一平面上にあるといってよいであろう。
 しかし,犯罪と被害は相互に密接に関連するものではあるが,両者はそれぞれに独自の側面と問題点を持っており,それぞれが問題点に即した対応と解決を求めているのである。そして,被害及び被害者の分析・検討は,犯罪及び犯罪者の分析・検討と同じ比重を持つといっても過言ではないであろう。
 刑事司法は,国民から私的報復手段を取り上げ,これを国家の手に独占したことによって始まったものである。しかし,人間から応報感情を取り去ることはできず,罪と罰の根底に国民の応報感情が存在することは否定できない。それは現代においても変わるものではなく,正常な社会の一般的感覚であり,法的確信であるということができよう。このような応報感情を超える過酷な処罰は不必要であろうが,一般人の正常な応報感情を満足させないような刑事司法は,国民の信頼を失い,ひいては私的報復の風潮すら生むに至るであろう。この意味からも,罪と罰に関する正常な社会感覚を把握することは,刑事司法の運用上極めて緊要な課題である。そして,このためには,まずもって個々の被害者の被害感情とその正常な範囲及び犯罪被害の実態と犯罪被害の原因等の究明が不可欠である。そして,これらの分析・究明を通して,より有効な被害防止策や被害者及び被害感情に視点を据えた犯罪者の処遇が可能となり,併せて被害者保護のための,より実効的な制度,施策が策定されることとなるであろう。
 本編は,このような発想から犯罪被害を取り上げて特集としたものである。第2章では,犯罪被害の地域的実態を明らかにするため,昭和50年代の10年間における犯罪被害の都道府県別の特性を分析し,第3章では,犯罪被害の年代的実態を見る目的で,最近の時代の流れの中での犯罪被害の変遷を分析した。そして,第4章では,犯罪被害の原因を解明する試みとして,矯正施設収容者の意識調査を通して,加害者から見た犯罪被害の原因を分析するとともに,被害者に視点を据えた犯罪者処遇の方策を探り,第5章では,我が国における犯罪被害者の法的地位と,これを保護・救済するための諸制度運用の実態を取りまとめて紹介することとした。
 また,本編においては,その中に覚せい剤事犯も組み入れている。それは,覚せい剤事犯に付随して発生する様々な事象によって多くの被害を生み出すとともに,犯罪者自身をもしばしば事実上被害者的立場に陥れることが多いので,これを被害者のある犯罪に準ずるものと見たことと,覚せい剤事犯が現在の我が国の犯罪情勢の中で無視できない重要な比重を占めているからでもある。なお,本編において使用する統計資料は,第5章「犯罪被害とその国家的救済」を除いて,原則として昭和59年までのものに限ることとした。